猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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【マリア像】の教訓 11:16

昨日の島原新聞を読んで愕然とした。久し振りに、悔しさと情けなさと悲しみが込み上げてくるのがわかった。「もう終わったことだからブログに取り上げるのはやめよう」という思いと「いや、後続のため書き残しておかなくては」という思いで葛藤した。

2013年、文化庁は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を世界遺産正式推薦候補に決定したが、内閣官房地域活性化統合事務局・有識者会議で「明治日本の産業革命遺産」が推薦候補に挙がり、政府は後者を2013年度の世界遺産候補に正式決定した。当時の関係者や県民にとって《寝耳に水》で落胆は大きかったが、再び2015年、政府は閣議了解を得て正式な推薦書を世界遺産センターに提出した。2016年の世界遺産委員会の審議を経て、同年、世界遺産が誕生するだろうと期待が高まったにも拘らず、今年2月、ユネスコの諮問機関イコモスから推薦内容の不備を指摘され、政府は一旦、推薦を取り下げ、構成資産の再検討に入ったのだ。国家も絡んだ二転三転の異常な展開である。

しかも「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産13か所のうち、島原半島(南島原市)の2か所の候補のひとつ【日野江城跡】が、今年5月に構成資産から外されることに決定した。何かに呪われているのか?と思ってしまう。そして今回の【マリア像】・・・

日本彫刻界の重鎮の一人である親松英治氏は、40代の頃に【島原・天草の乱】の舞台となった原城跡を訪れ深く魂を揺さぶられた。その後、彼はライフワークとして30年間という気の遠くなる歳月をかけ【マリア像】の制作に命を削ってきた。高さ9,5メートルの巨大作品を造るために、アトリエの屋根を高く増改築し、高級木材である巨大クスノキを材料にした寄木造りで見事に完成させた。親松氏は評価60億円といわれるその作品を、犠牲者の慰霊・鎮魂のために無償で寄贈したいと南島原市に申し出たのだ。親松氏にとって、原城近くへの【マリア像】設置は、人生の集大成の完結編だったのだ。

南島原市はその申し出を有難く受託し、運送費や建屋の建築費などを含めた約三千万円の予算案を市議会で可決した。南島原市、いや島原半島全体にとって千載一遇のチャンスだった。そして、400年近く経った今でもローマ法王(バチカン)から《殉教》と認められていない3万7千人のキリシタン信者や原城攻めで命を落とした1万人近い幕府側の人々の慰霊・鎮魂が、巨大【マリア像】の《顕現》で実現する目前だった。この【マリア像】を肉眼で見ることで、現代や未来の人々の意識がどれだけ覚醒し、多くの【祈り】に繋がったことだろう。

政治も人間が行っている限りは、試行錯誤の連続である。しかし、行政の長となる政治家は“選挙”という住民からの禊(みそぎ)を受けて信任を得た以上、企業や各種団体のトップと異なり、50年後、100年後あるいは500年後の地域社会の未来を深く洞察し、時に住民全員を敵に回しても、英断を下す必要があるのではないだろうか? 多くの人々の努力と市議会決議を翻した事で起こった今回の顛末は、あまりにも情けない気がする。



 

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【母の遺言】その1 17:43
昨年、ある友人の女性(60代)が「母が生前、私にいろんな言葉を書き残してくれました。その一部をお持ちしました。お時間があられる時に読んでください」と、彼女のお母様による直筆の文章がコピーされたA4の紙6枚をプレゼントしてくれた。一人の母親が娘に残した【遺言】である。亡くなった方の筆跡をたどりながら読むという緊張感が、次第に内容に引き込まれ、やがて深い感動に代わっていくのがわかった。彼女の母親は、自分の人生で発見した真理を【無形の財産】として愛する娘に託し、より豊かな人生を過ごして欲しいと願ったのである。

「・・・この示唆に富んだ文章をブログに掲載して多くの人に読んでもらってもいいですか?」「お恥ずかしい内容ですが、私はかまいません」彼女の母親は日本舞踊の師範であり、生前は多くの知識人や芸術家、宗教家、哲学者などと深い親交があり、猛烈な読書家だったという。母親が娘に向ける《無償の愛》の一端を垣間見た気がした。そのまま活字に落として添付させて頂いた。了承していただいて本当にありがとうございました!!




私達の故郷は、どうやら「あの世」らしい。
そして私たちの本体は霊魂(=意識体)である。

この地球という学校に来て、いま寄宿生活をしている。故郷に帰りたがってはいけないから、学校に入る時に、一時的に故郷の記憶は、みんな消去させられる。この学校での生活は制約があって、努力しないと非常に生活しにくいように仕組まれている。だから、誰もがいやおうなく勉強する。

ここでは、肉体という不便な入れ物の中に各自が閉じ込められる。「あの世」では見たいものは何でも見えた。他の人達の気持ちも、そのままわかった。どこへでも行きたいところへすぐ行けた。
これでは楽で、便利すぎてなかなか努力しないから、この世の制約のある入れ物の中で、霊魂という生命体の本体を勉強させるのである。

この学校の寄宿舎では、だれもが、努力して食べていかねばならない。他人に負けたくない。向上もしたいと考えるようにできている。そうしなければ、生活しにくいのである。こうして勉強している間に、やがて入れ物「肉体」が老化し、故障し、こわれて、なつかしい故郷「あの世」へ帰れるようになる。

ただ、学校に入る時に故郷のこと「あの世」の記憶は消去されているし、なるべく学校でいろいろ学ぶために、この学校は最高の場所だと教えられる。そのため、入れ物「肉体」は、なるべく大事にし、老化や故障を起こさないようにし、他の仲間と仲良くするのが良いのだ、などということを、学校に入ってから自然とおぼえるように仕組まれている。

また、学校で効率的に勉強させるために、故郷で親しかった者や、昔、学校で知り合いであった霊魂たちを、なるべく一緒にするようなこともよく行われる。学校や寄宿舎での記録は、全部残しておかれるし、今度、この学校(地球や他の惑星などの三次元空間)へ再教育のために入る時に、それを参考にして、入学日(生年月日)とか入れ物(肉体)とか仲間が定まることになる。

さらにこの学校で学習したことは、霊魂の中に貯えられ「あの世」故郷で整理され霊魂のものとなるし、また再び学校に入学した時に、それが生かされることになると考えれば、大体ご理解いただけよう。
こう考えると「あの世」のことや「死は終わりではない」などという事は、人間は知らない方が良い、ともいえる。

ただ、人間という生命体の本体である意識のレベルが進化し、高くなったので、生と死の原理などが、われわれ人間に、徐々にではあるが明らかにされてきたのが、現在の状況である。
人間は野獣より、神に一歩近づいたのだ。だから、天地自然の理(ことわり)を、レベルに合わせて少しは知ってもよいし、もっと知るよう努力すべきだ。
(カナダのトロント大学教授・ジョエル=ホイットマン博士の論文より)
 
  1. 人間の本質は「あの世」と「この世」を行ったり来たりすること。
  2. 「あの世」には10か月〜800年ぐらいいること。平均して「あの世」にいるのは40年ぐらい。
  3. いろんな人種、民族に生まれてくること。
  4. 性別を時々変えること。
  5. 人間は、自分の本質を高めるために「この世」に存在していること。
  6. 許し、奉仕するのが正しい生き方であること。
  7. われわれの本質は不死(不滅)であること。
  8. この世の「どこで、どのような性別で、いつ生まれるか」は、自分の意向が強く入って決まること。 
                   
    (片桐すみゑ著「輪廻転生」人文書院より)


あらゆるトラブル(障害)は、自分を成長させるために来る。
クリア(解決)出来ない問題は、引き寄せるわけがない。
同じ波動同志しか、同調しないので、その人の器にふさわしい問題しか来るわけがない。
すぐにクリア出来ない問題も来るが、それから逃げるかどうか試されている。
そのお試しは、いっぱい来る。でも、サポートしてくれる人を引き寄せるのでクリアできる。
逃げなければ本当に奇跡のようなことが簡単に起こるので、成長の為、逃げないで受け入れる事。
 
あるがままに見る、ということは「あの人は、こういう面と、こういう面と、こういう面を持った人なのだ」と、ただ受け入れて、ただ見るだけの事です。良い、悪い、嫌いでの判断ではない。
あるがままに見ると、心が楽になる。
 
直感の時代=心の眼で見る。心眼で物事の本質を見抜いて、情の部分をクリアするようにコントロールすること。閃く(ひらめく)時、それは真我からの情報である。ここが自分の本質の部分だ。
これからは「直感・知恵」と「頭・知識」の両方をバランスよく使うこと。
 
上手に生きるコツ(定理)
都合の悪い事は考えないでおこう。単純で万能な良くなるコツを知って生きよう。(ものは使いよう)
常に現実的であろう。何事も能率的にやろう。ピンチを乗り切る事。
外見や職業より、自分の心が休まる人が良い。
想念(=意志)とは、超微粒子の波動エネルギーであり、すべての存在物(宇宙)の源である。
同時に、想念はすべての存在物(宇宙)に影響を与える。
想念力が強く、高度なものであると、思いの実現は早く、完全なものになる。
人間性が高まれば高まるほど、高度の波動エネルギーが生まれる。
 
人間が地球に現れたのは200300万年前。最近200300年の間に、人間は40数億年もかけて作り上げた地球の環境を破壊することに全精力を費やした。地軸移動(ポール・シフト)は35万年に5回起きている。地軸気がゼロに近くなった時に、地軸が横転する。
 
  1. 「心で考えること」は、抽象的な観念などではなく、きちんと物質化されて身体に影響を与えながら作用する。
  2. 物事をプラス思考でとらえると、β‐エンドルフィンが分泌される。このホルモンは、若さを保ち、ガン細胞を駆逐し、人を楽しい気分にさせてくれる。
  3. 世のため、人のためにならないこと、人から恨みを買うようなことをすると、脳は滅びの方向へと誘導し始める。
  4. 人間の基本的欲求は、段階的に高まっていく。血流は、春の小川のようにサラサラが最良。プラス発想の真髄は、とてもプラスには思えぬことを、プラス発想で考えるところに存在する。
    (自分に起きることは、すべてベストと思うようにする)

誰が考えても正しい生き方、人から非難されることなく、楽しく充実した生き方、これこそが「自己実現」という人間の目的である。

生まれつき絵がうまいとか音感が鋭いといった天賦の才能は、過去世(前世)の人間の先天脳に刻み込まれたものが、今世のその人の段階で開花したものといえる。
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『花の癒しと幾何学アートの世界』 in 速魚川・その2 23:23



























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【書き記し】その2 13:21


  ★ 「ひみのみこ」さんのHP ⇒ http://aobanohikari.blog.fc2.com


「書き記し」  眛鷭集
 
 いくつかの時と思いを込めて 今 語るべき事
 
 何の労力使うことなく 指ひとつで
 世の中 すべてが解るかのよう
 しかし、その中が全てではない
 いつの間にか洗脳されて
 本来の道から 時間をかけて少しずつ少しずつ
 離れていく 
 
 これも一つの魔物か
 
 それは身体も心も 動くことを拒否し、むしばみ
 仮想現実の世界へと走り
 箱から聞こえてくる声のみ信じ
 やがて人間としての尊厳も 夢も絶たれる
 箱の向こうは 何兆もの言葉が組み合わされたもの
 そこに人の想い入ってこそ
 真実はあろうか
 
 人の想い入る言葉か
 箱の人工の言葉か
 音も 空気も 感じてこそ 物体として認識し
 箱は箱として知識として利用するにのみ
 人と箱と共存共栄でバランス保ち
 しかと惑わされず 選別し 使いこなせよ
 箱に支配されず
 囚われとならぬよう警告する
 

 
先日、人工知能と囲碁の対決で人工知能が四対一で圧勝しました
パソコン、スマホ この四角い箱は、この世に、なくてはならない物になった
将来、人工知能が発達して自分の意思を持ち人間を支配する
人と人工知能、立場が逆転になる恐れもあるとの警告でしょうか





「書き記し」  眛鷭熟
 
 香(かぐわ)しい 木漏れ日
 そなた訪れ いと嬉し
 
 遠い彼方の日
 名もなき地に舞い降りて
 人々の声々聴き 幸せ願い幾年
 
 そなたと過ごす このひと時
 ひとつ音でも奏でようか
 ひとつ舞いでも披露しようか
 
 風に 鳥は鳴き
 風に 桜は舞う
 青は 輝きに 青を増し
 光がやさしく わらわを包む
 
 同じ時を過ごすことを
 喜びましょう
 いと嬉しく
 いと幸せのこと候

 


 この良き日 忘れぬよう
 共に感謝申し上げまする
 
 
久々の参拝でした
鳥居には「八巻弁財天宮・法虎成徳大善神宮」と書かれています
大村公園の隅に うっそうとした木々の中に鎮座されてます
名まえをネットで調べても何の神様が祀られているのか分かりません。
祠の中に、龍と虎の彫り物があります。
弁天様と???かな?
晴れた日でも 少し薄暗い所にあります。鳥居がないと通り過ぎます
どうしても写真をりたくてお願いをして撮らせていただくと
それはそれは
奇跡に近い(笑)
とても綺麗に奥の緑が霊気あふれて(って霊能者ではないのですが…)
新鮮な気が充満しているように思えました。
そしてこの「書き記し」書きました。
こんな風に歓迎されてるような気がして…勝手な想像です





「書き記し」   眛鷭充
 
 猪原 様
 
 ゆかり遠き地の彼方より
 縁ありて その地に座さり
 長き幾月を経て
 今、大きな曲がり角というか
 岐路に立っておられる
 
 人集まりし地にて
 水は いつも清きにて流れ止まらず
 潤い、濁うことなく動き続ける
 
 心のままに未来への灯りを大切になされ
 進みなされよ
 
 遠き過去からの想い
 先への想い
 叶えられるも良いでの
 
 ただし人を良く見られよ
 魔は 姿形を変え 隙からはいるゆえ
 感情のままに走るでなく
 思い込み持たず
 先見の心の目を持ち 進まれよ
 
 重き歴史の流れを忘れず先人の想い携え
 訪ねる人 感謝し
 清き水を絶やさぬよう
 今を大切に
 動かれるようお頼み申します

 
 
猪原様、思いのまま書いてます。
何か節目というか…改造?変化というか…何かを予定されているのでしょうか?
大きな動きがあるように思います。
すみません。これも私の勝手な想像です。
歴史の重さと何かの力が支えておられるのか…
私の想像は勝手に走り出します
間違っていたらすみません。ただの「妄想」ととらえてくださいませ。





「書き記し」   眛鷭夙
 
 見知らぬ道とて 道はある
 今は見えず 途方に暮れ
 この変わらない景色が永遠に続くと錯覚する
 
 無情にも時は止まることはない
 そこに一羽の蝶がひらひらと舞ってきたなら
 それは私の化身
 心迷う そなたに一瞬のオアシス
 共に傍にいるという証
 今、周りの景色が昨日と変わらずとも
 良いではないか 安ぜよ
 そなたにしか できない道(こと)が
 必ずある
 人の一生は短い
 今世で 成し遂げられずとも良い
 魂の時からしたら 一瞬のこと
 今思う事 今すべきこと
 少しでも分かっていれば
 半歩でも進めるはず
 やがて 
 周りの景色はおのずと変わってくるであろう
 
 見知らぬ道は、未知なる道
 何時の日か
 末には知る道となる





「書き記し」  
眛鷭酋
 
 何をもって 現実と申すのか
 妄想の世界と現実(うつつ)の世界
 思い込みの中には真実もあろう
 そして偽りの罠もあろう
 それは誰が決め 誰が認めることはない
 
 今 そのものが
 その現実(うつつ)の世界にて
 夢の世界と言えば夢の世界
 いつかは還る世界への途中
 
 星の流るる速さを考えれば
 全てが無であり やがて消えゆくもの
 そこに残る光は粉々に散り
 やがて還るところへ還り
 ひとつの魂となり また生まれ変わる
 
 まぁそう言うと
 何と人の時の儚きものか
 
 大事なのは
 現実・妄想どちらでも
 真実と思われるところの裏に罠があり
 虚と確信の中にも真実は あるというもの
 
 それが今世の見極めか
 ゆえに現実と妄想の世界は表裏一体にして
 見極めて進むことが
 人が生きる現実というのであろうの





「書き記し」  
盪綾
 
 この地において
 この星の この地の宿命というか
 地球が生まれ 自然の流れは太古より続き
 全ての流れに偶然と必然とが重なり
 地が騒いだのであろうか
 
 それは幾度となく
 日の本の各地で繰り返され
 血を流し 涙を流す
 
 これを
 悪魔の仕業か
 神の仕業か
 ほかの仕業か
 誰にも分からぬ
 
 自然は時に諍い
 沢山の人を苦しめた
 自然も太古より
 生き続けているというもの
 それも真実
 
 ただ
 我が子泣く姿、苦しむ姿
 見て喜ぶ親(神)などないことは確かであろう

 
 
四月十六日熊本地震が起きました。
沢山の被災者の方にお見舞い申し上げます。
この地震が起きったとき、どうして?
っという疑問が人々の中に有ります。
神様なんて…いない。そう思う人もいるかもです。
私が思うに…理由はわかりませんが、神様も共に
苦しんでおられると思います。
あの阿蘇神社が崩壊したのも心が痛みます
一日も早い復興を願います。





「書き記し」  盪綾衆
 
 覚えておいでか
 なつかしくもあり
 遠い彼方の思い出が 一瞬にしてよみがえる
 
 木の葉落ちる音も
 雨のしずくも
 海からの風も
 足元に生える苔も
 そなた訪ねる日を喜び
 
 再び一つになることで
 何かが結ばれ 共に共鳴し
 一筋の光となりて
 吾とそなたを包む
 
 ここに言葉があるだろうか
 通じる魂に説明も言い訳もいらぬ
 
 遠い遠い過去から未来へと続く道の途中
 
 また いつかめぐり逢うであろう互いの魂
 ほんに本日はなんと
 喜ばしく有り難いものでありましょう
 

 
宗像大社から車で十五分、フェリーで二十五分
大島に鎮座する中津宮は、湍津姫神(たぎつひめかみ)が祀られています
滞在時間十五分の間に、急いでお詣りしました。
なぜか懐かしい感じがしました。
こんな風に言ってもらえるといいなという妄想です





「書き記し」  盪綾銃
 
 常々 人集う祠 人知れずたたずむ祠
 何の違いがあろうか
 何の違いもありはせぬ
 
 人の魂の中に神が居り 祷りしとき
 その地と共鳴し内在神が下りてくる
 
 どんな立派な祠に 何千回と足を運び
 供え物をし 何万回と祈っても
 心なくば 届く声も届かぬ
 
 じゃが 足運ばずとも 我の名を呼び
 欲をすて 己すてし時
 一瞬の無に 魂が走り 
 そこに力が働き天に届く
 そしてすべての祷りは 己に返ってくる
 
 祠は形に過ぎず
 あくまでも形に過ぎずが
 語らずとも 太古より 
 そこに 我はおる
 
 祷る人がいる限り 我はおる
 
 何の為に祷り 
 何の為に拝みたてるのか
 いまひとつ 考えて見られよ
 
 我は いつでも そなたの声
 聞き逃さず そなたを待っておるでな





「書き記し」   
盪綾住
 
 我らは 変わることはない
 この静寂の森の中で 
 ずっと人々と交わり たたずんできた
 
 そうの 幾年月 
 数えてもしかたないこと
 
 幾千年の時の流れに
 苗木の木は どっしりと空へ伸び
 両手いっぱい青葉を広げ
 足元の石は苔むし
 天からの雨露に濡れ
 甘露となり 人々のところへ流れゆく
 
 これも時の世か
 今は 祷りし声も 遠くなり
 人訪ねること 絶え絶えに
 いつの頃から 人との交わり
 途絶えはじめたか
 
 せつなき心もないではない
 じゃが
 我らは 変わることはない
 陽が昇り 陽が沈み
 昨日も 今日も 明日も 変わることはない
 
 この静寂の森の中で
 ずっと永久に人々の幸せを思いながら
 祷り続け ここに座するのみ

 
| 【書き記し】2016年起 | - | - | posted by ino-haya - -
【書き記し】その1 17:12
昨年の12月だっただろうか、長崎市在住の友人N女史が一人の友達を伴って正午近くに来店した。「久しぶりに瑞穂町の岩戸神社に参拝して来ました。」と、茶房・速魚川の日替わりランチ【一汁三菜】を注文した。「良かったねぇ!きっと良いことがあるかも。岩戸神社は、ちゃんと神様が《人払い》をしてくれたでしょう?」「ところが、今日は一人の女性がおられました。」「へぇ〜 珍しいね。」とか会話をしていたら、駐車場に一台の車が止まった。

車から降りて当店に近づく女性を窓越しに見たN女史は「きゃあ〜!!」と悲鳴に近い声を上げた。「ど、どうしたの!?」「か、彼女は、い、岩戸神社にいた女性です!!」「・・・え〜!?」その女性もN女史たちを見て「え〜!?」と、ビックリした様子だった。人の出会いと別れに偶然はない、というがまさにその通りだった。この日、岩戸神社が取り持つ縁(?)で、N女史とその女性は速魚川で再会し急速に親しくなっていった。

月に一度、岩戸神社で祝詞を挙げ、弦楽器の奉納演奏をするというその女性は、昨年暮れから「言葉」が降りてくるようになったとN女史から聞き、是非その「言葉」を教えて欲しいと頼んだら、本人が直接メールで送付してくれるようになった。内容を読んで言葉を失った。まるで神典研究家で画家でもあった岡本天明によって昭和19年から開始された自動書記『日月神示』のようだった。
彼女にメールを送付すると、以下のような返事が返ってきた。


私の「書き記し」ですが、自動書記「日月神示」とは全く違います。
自動書記をされる方は最初か最後に神様の名を教えてもらいます。
「日月神示」の場合は宇宙の神様といわれる「国乃常立命」と言われる神様からの神示です。
私の場合は、最初に文字とイメージがいくつか浮かんで一気に書き上げます。
自動書記と似てると思いますが、神様の名前を教えてもらえない今の状況では、私の妄想の詩です(笑)
でも書いた内容は、メッセージ性があると思います。不思議ですが書き終えた瞬間、それは私のものではないのです。
なので猪原さんに送りました。
もしかしたら、猪原さんが、これをいろんな人に見せるのではないかと思ったのです。
それは自慢とかではなくて、いろんな人が読んで、それぞれが感じるものがあれば、それが音霊となり、その人のものになると思っています。私の「書き記し」とはそういうものだと思っています。


今後、このブログに【書き記し】のタイトルで連載していくつもりだ。受け取り方は人それぞれで異なるだろう。自分の人生に何かヒントになる言葉を見つけられたらそれでいいと思う。でも、不思議な事って実際にいろいろ起こるものだ。こんな歳になって、なんだかウキウキワクワクしてくる。この【書き記し】が降りてくる女性は、普通の穏やかで気さくな女性で、神社や仏閣を訪れるのが楽しい、と話していた。人生を楽しむことは「権利」ではなく、ひょっとしたら「義務」なのかもしれない。



   ※書き記し(かきしるし)
      出てきた言葉を書きとめてます。 
 
「書き記し」   十二月三十一 大晦日
 
宇宙、木星、気、御心、善悪、終始、裏表、ノアの方舟、
祷り、接点、永久、回転 


 
 陰は陽にあらず 陽は陰にあらず
 陰は必ずしも陰でなく
 陽は必ずしも陽ではない
 光よりも早く届くもの
 それは人の想い
 それが助かる一筋の希望
 祷られよ
 信じて祷られよ
 信じて一路の光となりて進むなり   

 
  このマークを突然書きたくなりました。その後に単語がいくつか出てきました。
このマークは以前からよく見たことがあったのですが、名前が大極(陰陽)マークというのもネットで調べて分かりました。これは勾玉でしょうか?二つに見えますね、翡翠とかでできた勾玉を見るたびに、私はいつも人間の胎児に見えます
人間の内在心なのでしょうか?白と黒、善と悪、けっして交わってはいないが、いつでも背中合わせで逆転します。
不思議なマークです。




「書き記し」  一月一日 元旦
 
 長い路をたどると
 そこには果てしない光と大地
 何故にそこにたどり着こうとするのか
 それは たどり着くことが目的ではなく
 進もうとする 己の意志 魂
 涙 喜 苦悩・・・
 それぞれが 己の道標となり 道をつくっていく
 進んでいけば そこに
 必ず見えてくるものあり
 我は己の
 空となり
 星となる





 
「書き記し」一月四日

 感じたものは幻想となり
 その瞬間、光と闇に戻っていく
 静寂は音を呼び
 音霊は気を産む
 気は精霊となり
 魂と結びつく
 そして光と闇の輪廻へと誘われ
 やがて無となり
 宇宙の藻屑となり
 それは果てしない世界への旅立ちとなる
 今を正直に生き
 共に携えて心ひとつになると良い
 始まりもなければ
 終わりもない
 さぁ 
 恐れることはない
 簡単なことだ
 今は前を向くと良い
 そこから来たものたちが感じさせてくれよう



 
「書き記し」 一月四日

 この者たちが 生きるすべに
 何の語らいがあるのだろうか
 弱きものは強し
 強きものは弱し
 それは真実
 木の葉の芽吹きに
 誰の許しが必要であろうか
 心が関わり始めると
 動き始めるのが世の常
 全てのものは現(うつつ)の法則に流れるとなり
 ここに魂の息吹を感じられよ
 共に歩んでいく者たちは気づかぬまま
 木の葉の露となり
 滴となり
 いつか大海へと集まるであろう




「書き記し」 一月四日


 この心の中に
 柱を立てよ
 それは真(まこと)の柱となるが魔にもなる
 安ぜよ
 怖れが真(まこと)を目覚めさせる
 その柱は天高く
 宇宙の彼方へと続くなり
 だが足元に気をつけられよ
 魔はいつでも足元にすり寄る
 怖れを忘れず天を仰ぎ
 出来る限り 動かれよ
 そこに行くべきステージである故
 焦らずとも良い
 そのまま そのまま
 ゆっくりと ゆっくりと

 
森の中、木々に囲まれて高い木と木の間に光が差し込み
上を見ると少しだけ青い空が見えます。
それは森を抜け町を抜け日本を抜け地球を背にどこかへ続いています。


 

 
「書き記し」一月八日
 
 和をもって制する
 ありきたりな言葉
 丸はすべてに無限であり
 小さくなっても
 大きくなっても
 丸は丸で和となり
 和は和で丸の形をしておる
 人の和
 世の和
 宇宙法則の和
 回転し光放ってやがて点になっても
 また再生し
 どのような時にでも戻ってくる
 けっして消えるものではないが
 忘れてはいけない
 和をもって制す
 己の魂の奥の奥
 本当は気づかれているはず
 その和の玉を磨き
 穢れなき心で
 動かすことで己の心も癒されよう
 
 それが疲れて曇りをきたしたとしても
 磨こうとする心が
 少しずつ光りを取り戻す
 やがて
 それは放射状に広がり、
 どのような場所にでも光を届ける
 その想いが、必ず、すべてのものに届く
 その心
 その思い
 和に持って作られたものゆえ
 大事になされよ
 
 太古の陽は…古(いにしえ)の時を刻み 
 その遥か遠く昼夜問わず、
 己の上に光を届けておられる
 信じなさい 無限の愛を
 そして進みなされ
 光と共に 己の道へ

 
※お気づきでしょう。太古より輝く陽とは太陽のことですね(笑)
そして日本の総氏神様「天照大神」様…の想いを感じますね


 

 
書き記し」一月二十一日

 意で参れ 意で参れ
 己の照らす光の温もりを感じるであろう
 いかなるものが何を邪魔する
 逆風が何を隠し 何も見せまいとしても
 感じる心のままに意で参ることができるはず
 ただし…そこは困難な道である故
 事怠らず邁進するが良い
 答えはあるのに
 そこを避けて通るは 己の迷いと過信ゆえ
 意て参れ 意て参れ 
 我は御心と共にあるでの

 
 意で参れの「意」は本来なら「出て参れ」の「出」です。パソコンに入力するときに
、あえてここで「意」を使いました。「意」というのは自分の「意志」が確立したうえで出てくる…という意味があると思います。形だけではなく本心から思い行動することが大事ということでしょうか



 
「書き記し」一月二十一日

 遠い古(いにしえ)の彼方
 深い深い海の底に眠るは そなた
 過去の思いとしがらみは もう忘れるがよい
 それは古(いにしえ)の幻 
 そして今も幻の一路である故
 恐れることはない
 だが幻といえど そこは迷宮ゆえ 油断せず
 過去の幻の想いは
 魂の奥の奥の礎となっておるからして
 それもひとつの道と思い
 その深い海から上を見上げよ そして息をして
 目をさまして 今世へと誘(いざな)われて浮いてくるがよい
 音のない世界は やがて鼓動の泡が吹き
 そこから音が産れ その泡は上へ上へと
 教えずとも昇るであろう
 目覚めし時は今
 地上へのステージを昇り
 再び、三度(みたび)
 今世の息吹を感じ
 新たな幻の今世へと おいでませ

 
海で亡くなった前世の記憶なのかもしれないという思いが、ふと浮かび 何百年も海の底に眠り
目覚めて生まれ変われる瞬間、ってこんな感じなのかなっと…あとは羊水の中の赤ちゃんとも思われます。
不思議ですね〜確証のない夢物語と思ってください(笑)





 
「書き記し」一月二十二日

 音霊
 始めに感じるは母の声
 遠くより響き渡り、その時に己の存在を知る
 母の声は音霊となり すべてに響き、良し悪しも
 その魂の耳へと届く
 己の声の始めは 
 この世に反発するがごとく
 この世に己の存在を示すがごとく
 その声を全身で叫び響き渡す
 その音霊の波動は その存在を森羅万象へと導く
 音は喜怒哀楽を育て感じさせるゆえ
 せめて己の発する音霊だけは日々気を付けられ
 良い音を出すが良い
 そうすることで宇宙のあまた すみずみまで届く故
 心から清く澄みゆく魂の音を放ちなされ
 汚れた音は体も精神(こころ)も壊し魔を呼ぶゆえ
 せめて せめて 己だけは この事を心にとめて 
 良い音を奏でるがよい それがすべての願い故 頼み申す 

 
ひとつの生命が産れるとき、初めて聞く音はお母さんの声ですね。そして生まれるときは部屋中に
響き渡るように産声を発します。そうして世の中のいろんな音を聞いて育ちます。
良い音とは 人にやさしい言葉のことでしょうか…悪い言葉は誰も幸せになりませんね、


 
 
「書き記し」 一月二十三日

 涙…己の流す涙は何故(なにゆえ)?
 人の為?己の為?その滴に 
 そなたの想いが入ってるのであろうか
 そこに疑念の念が入れば それは偽りの涙
 そこに理由なく 心の底からあふれ出る涙ならば
 魂からの叫びである由、その滴が消える時に
 魂のなんなるかの叫びも消え去る
 涙は いつかは乾く
 乾いた涙の奥にはまた、柔らかい和泉が湧く
 涙は流すもの、流しなさい 流しなさい
 そして人は強くなり優しくなれる
 涙とは浄化 心の滴と 受け取りなされ

 
人の言葉に…人の想いに…何故だか涙があふれる時があり、あと理由なくあふれる涙もあります
何の涙かわからない涙は自分でもわからない魂の涙でしょうか…



 
 
「書き記し」二月六日

 陽、出る線と
 陽、沈みゆく線の彼方に
 龍の眠るところあり
 人々の願い、悲しみの声、
 聞き届き抱えて
 向かいし声の所へと走る
 善と悪
 戦いは終わらぬ
 龍は 今日も声なき声をかぎ分け
 飛び回り 神と人とを結びつける
 陽、出る線と
 陽、沈みゆく線の彼方に
 龍の眠るところあり
 今日も神と人の間で働こうぞ

 
 
「書き記し」二月七日

 宇宙の無限の彼方より
 産れし声を感ずるか?
 それを人は神ともいい電波の粉の集合体とも言ふ
 共鳴しながら不思議な力の元で声を届かせ
 働きに忠実に生きるものである
 それを伝えし人は選ばれしものと言うものもあるが
 全てが善であるわけでもなく、
 その声を正しく伝えるものも数人である
 大多数は己の欲望のまま悲しき言葉を伝えるものもあり
 区別するは己の心なり
 正義の声、真実の声を聴こうとするなら
 心の耳をしっかりと開き受け止めて下さるよう願います
 そうすることで、己、己の家族、友人知人
 広くは日本人、そして世界の人の救いとなる故、
 己の内在の神を目覚めさせよ


 
 
「書き記し」二月九日
 
 己ひとりで生きていると勘違いされるな
 人としては一人でも
 光が、風が
 いつでもそばにいるではないか
 何故気づかぬ
 生まれてきた意味が分からぬとも良いではないか
 
 陽と共に、風と共に、
 さえずる小さな小鳥たちとともに
 己とともに生きるものすべて傍におるで
 さすれば…すべてが愛おしく思うであろう
 
 今の暗闇の心のよどみに流されぬよう
 時を止めて、体で感じるが良い
 人は一人で生まれ
 一人で違う世界に行く
 永久に何度も生まれ変わっても
 共に…常に傍にいるのは
 この大自然なり
 
 今の己が忘れたとしても
 大自然の神は 
 お前を忘れない
 だから安ぜよ
 畏れ忘れず感謝するたびに
 己を優しく包むでな
 全ては平等で愛なり

 
 
未熟な私に神様の事を教えて下さる方がいます。
病床にあり立ち上がれないほどのご病気で、まさに命を削って教えてくださりました。
私は何度も病床の淵におられる、その方に質問をします。
その方の声を聞かなくてはいけないと思っています。
その方の遺言かもしれません。
全ての人に向けたメッセージ、いつの日か大勢の人に伝えたいです


 
 
「書き記し」二月十六日
 
 いくつかの神の前に
 己の姿をさらけ出すことができるか
 全ての自然の前に 何も持たず裸で
 その身を ゆだねることができるか
 人として あるならば
 まず全てのものに感動し 謝れよ
 その内在神を呼び起こし
 過去のルーツに目を向け 
 天を仰ぎ 木の葉の根元を見られよ
 そこに何かがある
 気づきなられ
 そこにある自然の習わしを
 畏(おそ)れることは 恐ろしいことではない
 敬(うやま)うことは 恥ではない
 心に 真の弓を射ちて言葉に表すと
 「謝」ということじゃが
 難しくもあるが
 案外、簡単なことゆえ
 己の無知さを知り
 少しでも感ずることあらば
 そなた自身、成長することあり 
 気づく心を大切になれると良いでの

 
 
人は自分を中心にすべて、廻っていると勘違いしています
自然の前で 神の前で
裸になると 何も持っていないこと 一人では何もできないことに
気づきます。
感謝の「謝」は
言葉(弓)を相手に届くように射ることです。
感じて有り難く思う「感謝」
本当に悪いと思って謝る「謝」と
想いを言葉にのせて心から相手に射ることで、やっと相手に通じます


 
 
「書き記し」二月二十日
 
 無数の星ありき
 主(ぬし)らにとり 点にしか見えぬ星も
 ひとつひとつ物語あり
 この点とて光という線でたどっていけば
 壮大なものが映し出されている
 それは人の導きとなり 道標となる
 夜の空を仰ぎなされ
 澄みたる空気のもとに 空を仰げば
 月の光により点と光が結ばれ
 そなたの道標が 映し出されるであろう
 ただし
 疑いの心、誤った目でみてはならぬ
 一瞬でも 気の迷いあれば
 そこは魔界の道であるゆえ
 心して太古からの
 素直な想いを思い出し
 無になり 空になり
 夜空を見上げよ
 己の心とが ひとつになるとき
 必ず 月の光が導き
 星と星が輝くよて
 その標(しるし)を…その標を
 見失わず
 そこから何かを感じ
 己の力とされ
 踏み出されんことを願い祀る

 
 
ロケットが月までいくことも珍しくない時代になりました。
それでも多くの人は 夜空に夢をはせます。
月があり
星があり
遠い銀河があります
澄んだ夜空を見上げ
数々の物語と神々様のメッセージをうけてください


 
 
「書き記し」二月二十五日
 
 月満ちるとき
 青き血潮の名流るる音聞こえし
 波のはざまに
 ゆらりゆられしわが命の源
 眠りし魂は
 ここに目覚め 
 息吹とともに流るる
 主(ぬし)迷いしとき
 心静かに
 青き血潮の流るる音聞くがよい
 
 陽出ずる時
 赤き血潮の燃える音聞こえし
 陽炎の向こうに
 ゆらりゆられしわが命の源
 目覚めし魂は
 ここに目覚め 
 熱き体とともに流るる
 主(ぬし)決めしとき
 赤き血潮の流るる音聞くがよい

 
 
青き血潮は静脈、赤き血潮は動脈でしょうか
脈をさわれば 血液が休みなく流れているのを実感します。

 


「書き記し」 盻熟
 
 おお…ようやく来られたか
 久々の ここでの再会に
 木々は ざわめきし風は舞い踊る
 太古より そなたの魂と共に生き
 巡り巡り再び 
 そなたと ここに出会える喜び
 
 木々の間の陽光は我(わらわ)なり
 鳥のさえずりは我(わらわ)なり
 時空次元、万象を超え
 再び、三度(みたび)
 この一瞬の交わりにて
 そなたは我(わらわ)を求めし宿命
 我(わらわ)は、そなたを守りし宿命
 
 さぁさぁ
 何も考えずともよい
 言葉はなくてよい
 すでに、そなたの魂には入っているでの
 魂は 浄化されたよし
 また機会あるとき
 おいでなされ

 
太古より、ご縁あり守ってくださっている神社仏閣。
お詣りすると神聖な気持ちになれますね。
人々がお詣りされるとき、必ず風が吹いてきます。
それは神々様の「よぅ来られたな〜」というささやきでしょうか
先日、宗像大社にお詣りさせて頂いた時に、木々の間から
「木々の間に差し込むわらわの、光を感ずるか」と
言われた気がして、その言葉だけスマホにメモしました。
その時のイメージです
祝詞上げ終わった瞬間、烏が鳴き、細石神社のお詣りの時も烏が来ました。
jリーグの紋章でもある神々様のお使いの「八咫烏(やたがらす)」
その八咫烏だったらいいな〜っと思いました。





「書き記し」 盻充
 
 静寂の中に
 言葉はいらぬ 
 澄みきった空気のなかに 声なき声
 祷りの奥に…
 依代(よりしろ)の息吹を感じるであろう
 
 そこは神の座る祭場
 そして人々が祈る祭場
 太古より受け継がれていく神聖な祭場
 
 声なき声、姿なき姿 そこで
 己の奥の内在神を 呼び起こし目覚めさせよ
 
 祷りしとき 一光が走り
 四方八方へ広がり宇宙を超え
 最後は己の魂へと届く
 
 気づき目覚めしとき
 再び その光は時空を超えて
 静寂の世界へと還る
 
 ここは標の場にて
 主(ぬし)いつでも心の祭場をもち
 迷いし時は そこに還るとよい
 心より祷りし時、
 依代の息吹 感ずることであろう

 
 
宗像大社の高松祭場に行った時に、空気が神聖すぎて
思わず後ずさりしてしました。
ここは古代より現在まで続く
天上より依代(よりしろ)に神臨願われる祭場です。
その時のイメージです。
※高松祭場は岩や大きな樹木を依代としていて
依代とは神霊がよりつく対象物のことです
磐境(いわさか)・神籬(ひもろぎ)といい
日本の神社の原型といわれています





「書き記し」 盻夙
 
 古の時より聖域なる島あり
 日の本の基なりき 神々集う島
 神々と民との精霊の交わりし地
 一筋の光が 天より降りし
 四方八方に瞬時、一直線に走る
 
 何光年もの空間を飛び越え
 宇宙の基とも交わる
 
 神々と民との祷り届け通じる光なり
 聖域は掟厳し、何人も入らずこと 約束なり
 
 朝に 祷りし
 夕に 祷りし 
 永久(とわ)に続く祷り
 
 玄海の灘に浮かぶ
 太古の精霊集いし島
 そこは日の本の基なりし地
 その名は沖の島
 
 

 
福岡県の宗像大社の沖ノ島
女人禁制なので今世では上陸は叶いません
でもネットやテレビでどういう島か見ることができます
ありがたいですね
近代化して古いものが切り捨てられる世の中ですが
古より続くものが受け継がれているとは
本当に有り難いです。
近いうちに世界遺産に登録されそうですね
日本の誇れる聖地です。





「書き記し」 盻酋
 
 迷わずとも良いことじゃ
 正し気と思う中にも誤り気もあり
 誤りし気と思う中にも正し気あり
 迷いし時こそ 心の風の行き先を感ずるが良い
 主(ぬし)まとわりつく風が
 更なる行き先を示すであろう
 誤りし道でも案ずるな
 正しき道を正しく見る目を養う周り道ゆえ
 そう焦らずとも悲しむこともない
 暗闇の中、迷えば迷うほど暗闇の奥へ奥へと進む
 やがてうずくまり己の耳に手をあて
 人は己の誤りし心しか聞かず全ての音を絶つ
 そして心のふたも閉じて 
 その身を暗闇にゆだねる
 魔はいつでも忍び寄る
 そこにホンの少しの勇気をお持ちなされ
 顔を上げなされ
 暗闇ほど 光差し込むところ
 一層輝いているでの
 誰の暗闇にでも光は届くでの
 案じて顔を上げて光を見られよ
 主(ぬし)には常に守りし神仏おるでの
 主(ねし)涙するとき、我は悲しみ
 主(ぬし)笑う時、我は喜ぶ
 目には見えずとも共に添うておるゆえ
 迷わずとも良いことじゃ
 案じて進みなされよ

 
 
 
真っ暗な部屋に入ると、ほんの少しの光が見えるとホッとします
光の中の影(暗闇)はなかなか気づきません
影は知らず知らず忍び寄ります。
心休めるときの影は有り難いのですが、
影を支配させてはいけません。
それと同時に光だらけでもいけません。
ちょうど良いバランスが自然も人も生きやすいのですね





「書き記し」 眛鷭
 
 祭りとは何ぞや
 それは古よりの長く深い神々様との
 約束…確認と申せばわかりやすいか
 神々が決めたことでも人が決めたことでもない
 宇宙の生まれを知らぬようにして
 宇宙を知るがごとし
 その意味は深く探るものでもない
 時代の流れと共に祭りの姿形は変わりとも
 神々の息吹と人々の祷りの声一つとなるとき
 大宇宙の波動をゆるがし祭りが終わる
 全ては心なり
 全ては思いなり
 真摯に神と向き合い祭りを終えることで
 全てが終わり全てが始まる
 祷り祷られて
 日の元の神々 ここに有り
 祭り終えて 共に幸あらんことを

 
 
 
日本各地…全世界にて、あらゆる信仰をされてる方々が
神々の命を受けて宇宙・地球・国々の為に動かれています

 




「書き記し」 眛鷭衆
 
 生きとし生きる世の中に 苦しむ民あり
 心むしばまれ何を求め戦うのか
 暗黒の雲の中に 鋭く光り、笑う目
 欲まみれ・悪しき心を好む心 
 見るに耐えず
 
 人が泣きさけぶ声を神々が喜ぶことなどない
 神々は堪えず光届けようと働いておられる
 戦いの向こうに何もないことは解っているのに
 何万年も繰り返される人々の戦い
 悲しきかな人間、愚かな人間
 
 だが人の手にこそ力あり
 人の声こそ力あり
 
 今こそ まず何が起こっているのか
 何が起ころうとしてるのか 
 知る
 そして 遠い出来事ではなく
 そなたの身内が悲しみ 泣いている姿として
 見よ 
 感じよ 
 考えよ
 
 おのずと何をすべきか分かるであろう
 我らとともに手を取りあい
 正しき光へ導くよう力をお貸しくだされ
 そなたの気づき、力こそ
 光の道なり

 
 
世界中が日本のように戦争なく平和な国ばかりではありません。
ミサイルが飛びかい、子供たちが泣き叫ぶ
自分の国の威厳を保つために威嚇してくる国。
神の名のもとに…と自分の命と人を殺すことを正当化する人
家族団らんで美味しい夕飯を食べながらミサイルの飛びかう映像をみている私たち
日本にもいろんな問題があります。
そんな戦国の世の扉を開けさせたらいけません
何かがオカシイと思っていながら、何もしない私
そんなモヤモヤとしたときに書き記しました。





「書き記し」 眛鷭銃
 
 主(ぬし)に伝えし事は今はない
 そうそうに急ぐものではない
 「時」には
 必要なものと必要でないものとを運ぶ道なり
 今、伝えしものがないとて
 これで安ぜよと言ふことでもない
 何もないことが意味のないものでもなく
 何もない時こそ
 自身の廻りを見渡し
 見ずとも そこに目が行き
 気になるものが 今 そなたがすべきこと
 いついつでも頼りにされても己が成長しないゆえ
 まぁ何の為に生き、何の為をすべきかなど
 生まれる前に学ぶべきものを授かっているはず
 ゆえに いついつも我を頼るな 甘えるな
 何も申さぬ教えが
 意味あるものであるとも悟り 忘れるでない
 まぁまぁ
 時に、このようなことも 標(しるし)として
 伝うるも面白ぅもののよう

 
 
 
どこらかの声なのか妄想なのか
わかりませんが、何か今回はいい加減にせよ〜っという感じ?
何をもって、書き記ししてるのか・・悩み多き私に下った言葉でしょう
少しおちゃめな感じの書き記しです(笑)





「書き記し」 眛鷭住
 
 天より降りし水の玉
 霧が滴(しずく)となり青葉に伝い地に降りる
 やがて土に眠り 再び目覚めしとき
 更なる水の旅へと誘(いざな)われる
 その流れは絶えずして形変え
 行き先は分からずして
 その動きも止められず
 赴(おもむ)く流れにも逆(さか)らえず
 
 時に ひとところに流されるさまあり
 そこで清き水 変わり果ててしまい 
 澱(よど)んだ水へと変わり
 悲しきかな 小川のせせらぎ聞きながら
 隅の方で澱んだ世界に しばし留まる
 
 しかし
 それも長くは続かない
 やがて天よりの 雨ふりし時、
 上(かみ)から来た水は 
 その澱みを下へと流してくれる
 時間かかりし時もあれば
 激流となり一気に押し流すときもある
 それは各々(おのおの)の時なり
 まぁ それもまた運命(さだめ)なり
 
 流されし水は
 更なる行き先を求めて また旅にでる
 最後は 行くべきところへたどり着き
 大きな海に還(かえ)る
 そしてやがて 時を経て 
 穏やかなる陽の光を浴びて
 甘露(あまつゆ)となり 天に昇る

 
 
 
人の一生って こんな感じなのでしょうか
「土へ眠り、再び目覚めしとき」とは天より命を頂き
母の胎内に宿り十月(とつき)眠り人として誕生するときでしょうか
今、自分はどんな水の色をしているのでしょうか
いつまでも 透明で 穏やかな小川の流れでせせらぎを奏でたいです





「書き記し」 眛鷭住
 
 春とは
 芽吹きしもの遊び戯れるとき
 それもひと時なり
 
 堪(こら)えていたもの 一斉に解き放たれ
 誕生する
 時に人は その流れについていけず
 この時期 バランスを崩される
 
 春は 笑い
 春は 喜ぶ
 短し命を 愛おしみ 
 幸せを 表現することのみに
 静かなる情熱を解き放つ
 
 どうぞ
 その力を感じ受け取ってくだされ
 愛おしく思ってくだされ
 
 春は
 春は
 地球の喜び
 生きる喜び
 
 この芽吹きの音を聞き逃さず
 花びらの散りゆく姿を
 その目に焼き付け
 土に還りしときを見送り
 再びくる春の眠りを感じなされ
 
 春とは
 無限∞の始まりと終わりが混(ま)じるときなり

 
春は大自然の「生」を一番感じる季節ですね
季節の変わり目、芽吹くとき、人は体調を崩しやすいといいます。
多分この時ばかりは大自然と人間の時のスピードの速さが違い
人は追いつけないせいでしょうか?
春と言えば「さくら」、桜は日本人にとって魂の花です。
| 【書き記し】2016年起 | - | - | posted by ino-haya - -
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