猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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「What is this?」その34 20:57
すでに師走だというのに今年の冬の “ 暖かさ ” は一体どうしたのだろうか? 速魚川中庭の日本石亀は冬眠どころか、活発に池の中を泳ぎまわっている。観測史上最大と言われる中南米沖のエルニーニョ現象が直接原因と言われているが、このような地球温暖化と異常気象は、経済成長を前提とした国家間や企業間の過当競争を解消するか、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料(枯渇燃料)使用を即座に止めない限り、取り返しのつかない災厄を招くことになるだろう。現在、パリで開催中のCOP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議)で、開催国フランスのオランド大統領は「我々先進国が排出するCO2による地球温暖化こそが、ISによるテロ行為を生み出す根本原因である」と明言した。先月、パリで起きた同時多発テロ事件の凄惨な記憶はまだ生々しい。《因果応報》という事なのだろうか・・・

師走も中旬を過ぎると、遠方からわざわざ【わら敷き】を買い求めて来店する人が増える(下の写真)。正式な名称はわからないが、島原では【わら敷き】と呼んでいる。文字通り、稲や小麦の藁(わら)を編んで作った敷物である。では一体、何に使用する敷物なのか?


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「What is this?」その33 12:09
バンドソー、マルノコ、カンナ、トリマ、ルータ、カクノミ、クギ打ち機、チェーンソー、ドリル・・・・電気やエアーやエンジンを動力として木材を加工する機械の種類は数限りない。 便利で楽で素人でも木材の色んな加工が可能になった。 同時に昔から使われてきた【手道具】が市場から凄い速度で姿を消しつつある。

下の写真は、全国のホームセンターはもとより古い金物屋にもほとんど置いていない木工具『チョウナ』である。 
漢字で「釿」あるいは「手斧」と書き『チョンナ』『チョウノウ』と呼ぶ地方もある。 【道具曼荼羅】では以下のように説明されている。

チョウナは古い木工具である。 わが国では西暦紀元ごろ、すなわち弥生時代中期の遺跡である登呂の木製遺物にも、明らかにチョウナで加工した痕跡が残っていた。 古墳からもさかんに出土している。 形も機能もほとんど今日のそれと変っていない。 オノ(斧)で打ち割った木材の表面をこれで平らにしたり、梁の端を削ったりするのに使った。 さらに平滑にしたい時は、ヤリガンナ(槍鉋、鐁)でその上を仕上げた。

現在、60歳以上の大工さんは弟子時代や若い頃に、この『チョウナ』を使った経験を持っている。 「振り下ろして手前に引くので、慣れない頃は自分の足のスネまで切り込んで怪我をした事があった。」と多くの大工から聞いた。 昔から「弁慶の泣き所」と言われる脛をちょっとぶつけただけでも息が止まるほど痛いのに、こんな刃物が直接スネに突き刺さったら人間はどんなリアクションをとることになるのだろうか?  


現在もこの『チョウナ』を使う人は多い。 梁や柱や家具の表面に『チョウナ』や『ヤリガンナ』のタッチを残すことで自然木の趣や重厚さ、手作りの味わいをより明確に表現するためである。

写真の大小の『チョウナ』の内、小さい方はミニチュアで実用品ではない。但し、造りは火づくりの鍛造品で切れ味も本物と同じである。 女性に人気が高く当店で展示販売している。 もちろん本物のチョウナも時々注文を受けることがある。 刃幅のサイズも用途によって異なり、道具職人の町・兵庫県三木市の鍛冶屋に注文する。 しかし『チョウナ』を造れる職人も現在ではほとんどいなくなったと聞く。


 
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夜の実験・・・・・ 11:44
池永氏のもうひとつのこだわりは、作品の光源はあくまでも「蝋燭(ろうそく)」であり、一定の灯りである電球ではいけない、ということだ。

 蝋燭の灯りは、人の神聖な出来事に欠かせないモノである。    例えば、結婚式やお祭りやお葬式など。    神聖な灯りを通して、人の心は解(ほぐ)れ、柔らかく、たおやかになる。    また、蝋燭は空気の流れで揺れて不規則に変化し、次第に減っていって、最後に消えてなくなるという性質から、彼女の灯りの作品に無限の表情を生み出すと言う。

 早速、暗くなるのを待って、速魚川の路地(?)に置き、蝋燭を灯してみた。   言葉を無くした・・・・・   路地や壁に映った灯りとその影が、不思議な動きで揺らぎ、まさしく生きて呼吸をしているのだ!・・・・     そして、なにより、美しい・・・・・   

 使用されている竹は、竹林から切ってきたばかりの「青竹」ではなく、ちゃんと下処理を施した竹であり、編むための長い竹ひごや籐(とう)も処理が済んでいるプロ仕様のものだ。   材料を厳選し、処理加工をするのは、当然と言えば当然であるが、「PL法」が施行されて、製作側の責任がより明確に厳しくなったからである。    例え、天然素材を使うにしても、利用者にとって安全であり、経年変化を起こさず、耐用年数が長い作品づくりが、今後、作家やメーカーには求められるのだ。

 昼間は、オブジェとして見て楽しみ、夜は灯りとその影の変化を楽しむ、というオリジナル作品だ。    もちろん、一個一個が異なるカスタム・メイドなので、ユーザーの条件も、ある程度反映できるそうだ。     ちなみに、添付写真の作品は、一台が、35000円である。(消費税、送料別)

 来年の7月に、速魚川ギャラリーにおいて、池永朗子の作品展が決定した。   ひょっとしたら、櫨(はぜ)を原料にした手作りの和蝋燭や石の彫刻との共同作品展(コラボレーション)になるかもしれない。    請うご期待。
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「 What is this ? 」その28 11:43
日本の三大祭のひとつで、360年の歴史と伝統を持つ「長崎くんち」の、今年の踊町(おどりちょう・出演者)のメインは、【こっこでしょ】だった。

 担当の踊町の演し物は7年に一回廻ってくるようになっているが、「長崎くんち」で一番の人気がある【こっこでしょ】は、代々、樺島町が守ってきた演し物である。   全ては諏訪神社に奉納するために始められた行事(1630年代頃から)であるが、10月の7,8,9日の三日間行われ、9日に「おのぼり」で締めくくられることから「くんち」と呼ばれるようになったと言う。

 10月7日までの本番前に「庭見せ」という行事が行われ、神輿(みこし)などの演し物を中心に展示し、スポンサーや一般客などを接待するが、今年の樺島町の夜の演出に使われたのが、添付写真の「路地行灯(ろじあんどん)」である。

 製作者は、大分市の池永朗子(あきこ)氏である。    樺島町の【こっこでしょ】のリーダーが、三宅一雄氏で、小生の家内の姉婿にあたり、その長女・陽子ちゃんと大学時代(純心大学)の同級生だったことから、制作を依頼されたという。

 池永氏は大学を卒業後、大阪に就職し、再び大分に戻り、「大分県 竹工芸・訓練支援センター竹工芸科」に入学して、竹工芸を一年間学んだ。   現在、別府市竹細工伝統産業会館に勤務している。

 彼女とのご縁は、【こっこでしょ】の前日の10月6日に、三宅家にお祝いを持っていった時、三宅の義姉から、「庭見せに使った行灯だけど、もう終わっていらなくなったので、島原に持って帰れば?」と言ってくれたことから始まる。    速魚川の夜の演出に使えるなあ、と思って3体とも持って帰り、ギャラリーに展示していたら、多くの客からかなりの反響があったのだ。

 「魚を捕る道具ですか?」、「これをひっくり返して、松明(たいまつ)みたいに使うんでしょ?」とか、想像力豊かにいろんな質問をされたが、路地行灯だと説明すると「へぇ〜!!」と感嘆の声を発するのだ。    京都で見かけたり、雑誌などで見た「路地行灯」とは、形も趣も異なっている。   全てが竹と竹ひごで出来ており、棕櫚縄(しゅろなわ)や籐(とう)がアクセントをつける程度で、和紙などは張っていない。

 全長1.3メートルほどの丸い竹の片方を、等間隔に割って放射線状に広げ、竹ひごで間を縫っていくと、このような「路地行灯」が出来上がる。    しかし、添付写真のような造形美つまり【アート】が入ってくると、素人では簡単にいかない。      芸術性とオリジナリティーが求められるひとつの作品であり、ホウキ型のスタイルも含めて、世界でオンリーワンの池永朗子ワールドなのだ。

 池永氏がなぜ、【竹細工による灯りの世界】を追求し始めたのか?・・・・・やはり世界的に有名な「イサム・ノグチ」作品との出会いがあったからだと言う。    しかし、ノグチ氏が「灯りは、太陽のように。」と想いをつづっているのに対し、池永氏は、「もっと、暗くてもいいんじゃないか?  もっと心細い、心もとない灯りでもいいんじゃないか?・・・・・そんな灯りを作ってみたい・・・でも、材質は?・・・」、別府生まれで、竹林が好きな池永氏にとって、その時初めて【竹と灯り】が結びついたという。

 最初はメールや電話でやり取りをしていたが、12月16日に大分から遠路はるばる自ら運転する車で、正式な作品を持って来てくれた(添付写真)。    「まだ見たこともない速魚川の流れをイメージして作りました。   従って今回は、下を竹ひごで、上を籐で編んでみました。」という。     すごく、繊細で優しくたおやか、それなのに力強い不思議な作品だ。

 初めてお会いしたのだが、まだ20代後半の若さでありながら、驚くほど芯が通った礼儀正しいキュートな女性だった。      「この人は将来、世界に出て行く人だ」と、本能的に感じた。 
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「 What is this ? 」その27 11:36
添付写真の【道具】らしきものを見て、「はみ切り」あるいは「はんきっ」と見事に答えた人は、40歳代以上の、しかも大都市圏内ではなく、農村地帯で心豊かに幼少時代を過ごせた人である。

 草原などで牛や馬、羊、ヤギなどの草食動物が、草を噛みちぎり咀嚼(そしゃく)していることを、「草を食(は)む」と言う。        「はみ」は「飼葉(かいば・牛馬の餌)」のことだが、ひょっとしたら「食む実」が「はみ」になったのではないか?・・・と、勝手に推測してしまう。

 穀物を収穫し、【千歯こき】などで脱穀した後の乾燥させた藁(わら)を、「はみ切り」で短くカットし、食べ易くして牛や馬などの餌として与えていた時代があった。    なにしろ相手は牛や馬である。    飼っている頭数によっては、相当な量を毎日切らなくてはならない。     これだけでも重労働である。

 「はみ切り」が島原地方では訛(なま)って、「はんきっ」と呼ばれてきた。   身近に、促音便(?)で、面白い土地名の呼び方がいろいろある。     「魚洗川」を「いわらご」と読むのは「いお・あらい・がわ」が訛ったもの。    「礫石原」は「くれいしばら」が「くれしばる」になる。    

 数年前に、南有馬町にある原城跡で上演された、天草四郎を主人公にした新作能・「原城」は、「はるのしろ」と読む。    この時は、狂言師・野村萬斎を移動時間の関係で、大分県からヘリコプターで連れてきた。

 全国で地名変更が進められているが、その地方独特の呼び方をする地名や方言は、ちゃんとした歴史性や由来からくる貴重な文化遺産である。      合理性や便利さを優先させて、昔から続いてきた地名を簡単に消していく風潮はいかがなものだろうか?    地方の自治体が本気で生きのびようと思っているなら、絶対に【残すべきだ】。

添付写真の「はみ切り」は、地元の森岳公民館から研ぎを頼まれた際に撮影したものである。    支点のピンをはずせば、超大型の包丁と同じで、1000番の砥石で一気に研ぎあげた。    刃先が欠けにくいように、少しだけ「蛤刃(はまぐりば)」状態に研いだ。

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その26 21:41
添付写真は、昨日のコラムで紹介した熟年男性から頂いた、もうひとつの珍しいモノである。
「掛け算、割り算専用の計算機」で、ご本人が昭和40年代まで使われていたという。    テーブルの大きさぐらいのどでかくて高額な「電子卓上計算機」が登場するまでは、この機械が主流だったらしい。
二桁以上の掛け算や割り算も算盤(そろばん)でできるが、暗算の場合は九九(くく?)を暗記しなくてはならず、恐らくそういう習慣のない欧米で発案されたものと思われる。
そういえば、亡くなった父が生前(昭和40年代)、我が家の「便所」に、掛け算割り算の九九を紙に書いて貼っていた。
複雑怪奇な九九だなあ・・・とか思いながら、覚える気もなくただボーと眺めて用(金便)を足していた記憶がある。
不肖の息子は、【勤勉な日本人】の素養に著しく欠けていたのだ。
ご本人は現役時代、昭和電工の技術部門に勤務され、この計算機を昭和40年代まで実際に仕事に使い、退職後も大切に保管されてきたのだ。
そんな大切なものを頂いてしまった。
掛け算や割り算の数字を、本体正面の覗き窓に、上下動するキーを使って設定し、右端についているハンドルを巧みに回転させると、答えが下の覗き窓に出てくるようになっている。
操作を実演しながら説明してもらったが、完全には理解できなかった。
今度来られた時に、もう一度詳しく聞いて操作をマスターしたいと思っている。
しかし、これを使って仕事をしているシーンが、もしも映像に残っているなら凄いだろうなあ・・・・
ボディーには「Tiger Calculator」とメーカー名が刻まれている。
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その25 21:36
先日、当店を訪れた熟年の男性から凄いモノを頂いた。
「自分が持ってても仕方ないから、この店に飾ってください」と言われて、いくつかの骨董品をもらう事になった。
添付写真は、実際に日清・日露戦争で使用された「ロウソク式の携帯信号灯」である。
まだ電池が一般に普及していない時代、夜中の携帯灯は光源がロウソクだった。
信号灯は、夜間に光の暗号を使って情報を伝える道具であるから、明らかに戦時中に軍事目的で使用されたモノである。
左から信号灯本体、ロウソクケース、色ガラス板とケース、それらの一式を収納した携帯式ケース。
本体も各ケースもすべて銅製で、精度も保存状態も非常に良好である。
やっぱり昔の道具は渋くて良い。
色ガラスは緑と赤と透明の三色。
本体の窓に、「目的」によって色違いのガラスを装着交換して、敵に知れないように味方に重要な情報を送ったのだろう。
その窓の丸い蓋を巧みに開け閉めして、モールス信号みたいに暗号を送っていたシーンを想像してしまう。
しかし、この道具を使う時の状況や心理状態は、尋常ではなく命懸けだったのだ。
そして、この道具が使われたことで、多くの敵味方の人間が死ぬ事になった事実は動かし難い。恐ろしい道具でもある。
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その24 21:17
森の中に朽ちつつある切り株、その前方に千個ほどの【木の卵】が溢れ、その間から新しい木の芽が伸びようとしている・・・・・。
添付写真は、来たる6月11日(金)から20日(日)まで、速魚川ギャラリーで開催予定の木工家具作家・上田長次郎氏の作品展のポスター用写真(候補の一枚)である。
上田氏は、当店に先駆けて6月上旬(4日〜8日)に、佐世保玉屋の6階美術サロンで、作品展を開催する。
彼は、作品展に向けて、木工作品とは別に、【木の卵】を千個彫る事を目標に挙げた。
いろんな種類の自然木を旋盤で卵形に削り出し、その表面を一個一個、再度小刀で削っていく。
卵形などの規則的な球面を再度、小刀で削ることは、素人ではほぼ不可能である。
角材などを小刀で削って、不規則な球面にする事は誰にでもできる。
自信がある方は、実際に卵形の木を削ってみるといい。
球面を360度、同じ厚さで削ることの難しさにぶち当たる。
そして、ひとつでも失敗して厚く削った球面に基準を合わせ始めたら、地獄だ。
つじつまを合わせる為にどんどん卵は小さくなってゆき、最後はなくなる。
収束するスパイラルとして、卵は永遠に出来ないという事になる。
世界遺産の法隆寺や薬師寺を再建した事で有名な宮大工の棟梁・西岡常一(故人)は、仕事が途絶えた時、絶対に民家の一般的な建築工事はしなかったし、弟子にもさせなかったという。
寺社仏閣専門の宮大工と言えども、仕事がなくては生活できない。
彼等のほとんどは農業を営んで急場をしのいだという。
そして毎日、暇を見つけては釜の木蓋(きぶた)を作っていた。
木蓋には宮大工の技術の基本が凝縮されているという。
ブランク時に、技術のレベルを落とさないための日頃の鍛錬だったのだ。
上田氏は仕事が切れた時、黙々と【木の卵】を削る。
一個の卵のツルツルの球面が、何千角形かになっていく・・・・それを千個作るとなると、気の遠くなる作業だ。
上田氏の日頃の鍛錬を目的とした、手段としての【木の卵】削り・・・・  そして結果としての、この【木の卵】を試験的に当店で展示販売したところ、すごい人気が出てしまった。
卵の表面が多面体にしてあるために、手の指紋に吸い付いて滑らない。
従って、テレビを観ながらでも握っているだけでツボを刺激する事になる。
なんと、天然木を使った最高の手作り「健康器具」になってしまうのだ。
握るだけでツボを刺激する卵、いわゆる【つぼ玉】と銘打って、一個700円で、中高年のお客や贈りものとして若い女性の間で売れ始めている。
もちろんテーブル・マスコットとしても癒しを演出する優れたアイテムである。
作品展の会場で、木工作品と千個の【木の卵】の存在感を、上田氏がどのように演出するのか、今から楽しみである。
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その24 13:13
数年前に、二階の倉庫の奥にみすぼらしい壺があったので、「これは、何の壺やろか?・・・きたない壺やねえ・・・茶房・速魚川の入り口に置いて、花瓶にでも使えばよかやろ。」と二階から下ろしてきて、その後ずーと入り口の扉の横に置かれ、水を入れて花瓶として使われてきた。
時には、仕舞い忘れて外に置きっぱなしの日も結構あった。
「誰か盗って行っても、仕方なかねえ・・・でも、そんな物好きもおらんやろけど・・」
2日の美術刀剣展の際に、松井氏の友人で「株式会社・にくせん」の社長・酒井氏から、「この壺は、すぐに仕舞うように」と言われた。
酒井氏には、自ら所有する美術刀剣と槍を、今回の展示会に出品協力してもらったのだが、それとは別に立派な「大茶壺(だいちゃつぼ)」を2個、会場に展示してくれたのだ。
2つの茶壺には、それぞれの説明書が添えてあり、その片方の文には、「真壺(大茶壺) 焦釉短頚壺(こいゆうたんけいこ)約500年〜400年前、宋代の朱印貿易船積載御茶壺と思われる。茶壺は茶道での御道具として一等上位の御道具である。当年採れた新茶を、茶屋元で【くるみ】と呼ばれる柿の実大の金糸でできた袋に詰め、それを20個ほど壺に入れて、その周りを薄茶で敷き詰めた後、和紙で封をして袱紗(ふくさ)を掛け、組紐で結んだ。茶道家に届けられた茶壺の中の新茶は、亭主によって招待客に振舞われ、その後、茶室の一等上位段の床の間中央に置かれ、茶の湯一席を華やいだものにした。」
もう片方の文には「真壺(大茶壺) 灰釉短頚壺(かいゆうたんけいこ)
約500年〜370年前、宋〜明代の朱印貿易船積載御茶壺と思われる。輸出茶の産地は現在の福岡県山門郡あたりと思われ、同じく福岡県三池より、御朱印船によって積み出されたものが、有明海の島原沖で暴風雨に遭い沈没したらしく、近年になり、近郷の漁師の網によって引き上げられたものである。」と記されている。
古来より、全釉彩(全体に釉薬を塗って焼いた壺)の壺を【真壺(まつぼ)】、半釉彩(半分ほど釉薬を塗って焼いた壺)の壺を【茶壺(ちゃつぼ)】と呼んだ。
織田信長が、国内で作る茶壺は、すべて半釉彩(はんゆうさい)にするように命令したので、全釉彩(真壺)は唐物、半釉彩(茶壺)は国産とされてきた。
茶道具として一等なのは、唐物いわゆる【真壺】であるらしい。
添付写真は、茶房・速魚川に無造作に置かれていた壺であるが、酒井氏の話では、なんと【真壺】だった!!。
確かに壺全体に釉薬が塗られている。時価100万円は下らないという(!?)。
酒井氏は、貴重品の【真壺】を展示してある会場の出入り口の足元に、それも無造作に、同じ【真壺】が置いてあると、来場した観客が混乱するし、第一、洒落にならないと、慌てて「すぐに仕舞うように」指示したという。
無知もここまでくれば「重要刀剣」並みだ。
変な瓶(かめ)だとは思っていたが、まさか500年も昔に御朱印船で渡って来た【真壺】だったとは・・・・。
明治10年に猪原金物店を創業した猪原信平は、茶道裏千家の師範だったと聞いていた。
代が下っていくに従って・・いや、特に5代目は下品で無知で無作法な人間に成り下がってしまった・・・・・。     先祖のかわりにいろんな人がやって来て、小生を少しづつ教育してくれているようだ。(もう手遅れだ)
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その23 11:31
鏝絵職人で左官の佐仲氏が当店にやって来て、「家の解体現場で良い拾い物をしたので、見てみないか」と言われるので、その拾い物が預けてある現場まで一緒に行った。
馬車(?)だった。それもかなり保存状態が良い。
車輪は樫の木で出来ており、しっかりした鉄製の金輪がはまっている。
後輪には棕櫚(しゅろ)の木を使ったブレーキも付いており、「こりゃあ、えらい拾いもんばしたですね!?」と言うと「これば、なにかイベントの時に使って、子供達に見せたりしたら歓ぶじゃろなあ・・・」とおっしゃる。
荷台の側面に焼印がしてあり「長崎市五島町」とあった。
昭和の戦後ぐらいに作られたものだろう。
後部のプレートには「吾妻町0000」と許可書があり、恐らく吾妻町で農家が使っていたものと推測できた。
総重量は百数十キロ。大人二人でも持ち上げる事はできない。
「軽トラックには積みきらんかったけん、友達のユニック(クレーン付きトラック)ば借りて来て、ここまで運んだと。偶然見かけて、声ば掛けたけん手に入ったけど、黙っちょったら、今頃は家の廃材と一緒に壊されて埋められちょった。」
・・・・・また複雑な気持ちになった。
解体を請け負った業者にすれば、時間との戦いだから、捨てた方が算盤勘定に合う。
しかし、この馬車を今作るとなれば、数百万円はかかるだろう。
いや、もう作れる職人すらいないだろう。
確かに、実用的な需要はないので「無用の長物」かも知れないが、使い方によっては凄い価値を生み出すお宝だ。
「きれいに整備して、猪原金物店に置いておくね?イベントの時には、引っ張り出してすぐに使えるじゃろう?」
「そ、そうですね・・・ディスプレイに使えばおもしろかでしょうね・・・しかし・・そんなスペースがあるやろか?・・・」
てなことで、近いうちにお目見えする事になる・・かも知れない。乞う、ご期待!!
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