猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
金物店の裏では喫茶店も営業しています。

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松音寺の安庵・その2 14:59
 そもそも、庵を作ろうとした理由は、日本人の古来からの生活様式を、園の子供達に身近に知って欲しかったから、あるいは、地域や寺や園の関係者の集会や娯楽の場として【癒しの空間】を提供したかったからだという。

 スイッチひとつで、あるいはお金で何でもできる昨今。     「便利で、早くて、安い」が現代人の価値基準だが、最近はその反動からか「スロー・ライフ」という言葉もボチボチ耳にし始めた。

 「かまど」こそ、スロー・ライフの象徴みたいな存在だ。     羽釜でご飯を炊いていた時代、「はじめチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いてもフタとるな」という、炊き方のマニュアル歌みたいなものがあった。      かまどには「火の神」を、井戸には「水の神」を祀り、仏壇や神棚と同様に、日頃の感謝と畏敬の念を忘れなかった。     今となっては、遠い昔の事だ・・・・

 添付写真が、安庵の土間に完成したばかりの「かまど」である。     正面右側の焚き口のフタを開けているが、内部にロストルの格子が覗いている。     この焚き口から薪などを入れ、フタを閉めて燃やす事で、ご飯や鍋が炊ける構造である。    焚き口の奥には、煙突につながる穴があり、熱せられた空気は羽釜や鍋を加熱した後、そこから屋外に排出される。     また、その空気(酸素)の流れを作らないことには、薪は燃焼しないし、部屋の中は煙だらけになり大変な事になる。 

 これは、西欧の暖炉や五右衛門風呂なども同じ構造で、空気を引く「煙突」の存在がいかに重要かを物語っている。     燃焼した薪の灰は、次々とロストルの格子の隙間から下に落ちて、溜まるようになっている。    添付写真の焚き口の下に穴(煉瓦を置いてあるが)があるのは、灰のかき出し口だ。     灰のかき出し口は、同時に空気の取り込み口の役目もしている。

 貯まった灰は、袋などに詰められ、畑などに土壌を中和するために撒いたり、囲炉裏や火鉢の灰としてちゃんとリサイクルされた。    現在のように産業廃棄物やゴミにはならなかったのだ。
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松音寺の安庵・その1 15:06
島原市の隣町・有明町の大三東(おおみさき)地区に、松音寺(しょうおんじ)というお寺がある。     そこのご住職・蒲池興照氏は、同じ敷地内の清華保育園の園長でもある。

 地元の島原新聞で不定期的に掲載される彼のエッセーを読んで、感銘を受けていた。    高校の先輩でもあり、「かまち・こうしょう」の名前は昔からよく耳にしてしていたが、最近までお会いする機会はなかった。

 昨年のある日、茶房速魚川の【夜の茶房会食】の予約が入り、「家族の誕生会をします。」という内容だった。     茶房に食事の配膳をしながら、その家族の誕生会を垣間見て、「こんなに素朴で愛情に満ちた素晴らしい家族が、まだ日本に存在するするのか・・・・」と感動したのだった。

 後から、その家族が蒲池氏一家だった事を知った。    

 今年の6月に、松音寺(清華保育園)の敷地内に、10坪程の本格的な庵(いおり)が建てられていることを、現場担当の左官さんから聞いた。     本物の萱葺き(かやぶき)の屋根や囲炉裏や【かまど】も作っているとのことだった。    その左官さんは、当店にかまどに使う金物類を注文に来てくれたのだった。

 釜輪やロストルや焚き口などの種類やサイズなどを左官さんと選定しながら、本格的なかまどを作ろうとしている蒲池氏の心意気に再び感動したのだった。

 添付写真は、完成した庵「安庵(あんあん)」の外観。    萱葺き屋根は、佐賀県の吉野ヶ里遺跡を再現した際に活躍した佐賀県内の萱葺き職人を呼んで作られたそうだ。     7〜8人の職人で、約10日間かかったという。 
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