地域高規格道路の「眉山トンネル」について・その3

2004.10.21 Thursday

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    市民の水を供給している「上の原浄水」は、直下型地震による地殻変動で、地下深くにあった難透水層の一部が破壊され、その下にある圧力のかかっている被圧地下水が凄い圧力で流出し、その上の地層(不圧地下水の含まれた第一、第二帯水層)の弱い部分を伝わって、地上に噴出したものと思われる。

     ボーリングをした自噴井戸ではないから、塩化ビニールのパイプを通って垂直に吹き上げてきているわけではない。    おそらく、大きな岩石や硬い地層部分を避けながら、不規則なジグザグかカーブを描き、狭くあるいは広い水道(みずみち)を伝わって噴出するのだろうが、不圧地下水が染み込んでいる【第一、第二帯水層の地層を通過して】上がってきていることには違いないのである。    その不圧地下水に汚染された物質が混入していたら、そこを通っていく被圧地下水に混じる可能性はゼロではないだろう。(それも、水源地の傾斜面上方の900mにわたってだ!!)

     トンネルの位置が、市街地より低い海側にでもあったら問題はないだろう。(海洋汚染さえ無視すれば) 

     人間が作った建物や作品、商品は失敗しても、それを壊して作り直すことはできる。    しかし、まだ完全に解明もできていない複雑なメカニズム、構造をもつ【自然】、たとえば、干潟や山、動物、植物などは、100%大丈夫だという保証がない限り、絶対に手をつけてはならない。(99%でもダメです!!)     これは、20世紀までに散々、取り返しのつかない過失を犯してきた人類にとって、21世紀以降の常識であり責務なのである。    

    地域高規格道路の「眉山トンネル」について・その2

    2004.10.17 Sunday

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      十数年前の噴火災害真っ盛りの頃、連日、火砕流や土石流で島原が騒然としていた時、「眉山が山体膨張している」というデマが市内中を駆け巡ったことがあった。

       島原市民は小学生の時、郷土史を学ぶことになっているが、約200年前の噴火災害の模様を克明に教わった。     「島原大変、肥後迷惑」という言葉が誕生した状況は、普賢岳の噴火が収まって、島原の住民が安心して地元に帰ってきた翌年に、直下型の地震が起こり、眉山の山体崩壊が起きて生まれた。

       従って市民は、普賢岳の噴火より、眉山の山体崩壊を本能的に恐れているのだ。    眉山は、普賢岳より地質学的にもはるか大昔の山であり、山体は「セレクト」で出来ている。   「セレクト」とは、火山岩が風化し、破砕されて細分化した状態をいい、これがもっと細分化すると「砂」になる。(砂がもっと細分化すると「粘土」になる)    つまり、非常に壊れやすい素材でできているし、粘土質でないことから、水はけも非常に良いということになる。   ここに眉山の危険性と豊富な湧水の秘密が隠されている。

       近所の人から、「眉山が膨れよっとげな、みんな逃げよらすよ。  逃げんとね?」と言われた。    小生は、その時【死】を覚悟していた。    どうせ人間は一度は死ぬ。    先祖の墓もあるし、よそで死ぬより故郷で死ねるほうがましだと考えていた。    国道251号線は、諌早方面に避難する車で渋滞した。    小生は、トラックで配達をしながら自分の30数年の人生を振り返っていた。     その日の内に、九州大学島原火山観測所の太田教授が、「眉山の山体膨張はデマです。   すべての観測機器にそのようなデータは一切出ていません。」と緊急の記者発表をした。    200年前に一万人の住民を一瞬にして飲み込んだ眉山は、皮肉にも、普賢岳の火砕流や土石流の直接的な被害から、島原の中心市街地を守ってくれたのだ。

       島原の奇跡的とも言える湧水のメカニズムには、眉山の存在は欠かせない。    むしろ、「眉山があるから湧水がある」と言っても言い過ぎではないのだ。    ところが、この事実を認識している住民は割と少ない。    以前にもコラムで何度も書いてきたが、「飲める水が沸いて出て、【当たり前】」と漠然と感じている住民がほとんどなのだ。    20世紀が【石油】の権益をめぐっって数々の戦争が起きていたことも、21世紀が【水】の確保をめぐって戦争が起きるだろうことも、住民の認識にはない。

       国土交通省雲仙復興事務所は、昨年の3月に「眉山の裾野にトンネルを掘っても、地すべりや湧水の枯渇、および汚染に影響はない」という内容の【啓蒙パンフレット】を住民に配った。 

       眉山の山体から海までの傾斜面の断面図には、地層内部の構造が描かれており、「難透水層(あるいは不透水層)」という水を通さない強固な地層で、この鉄板みたいな地層が、浅い地層と深い地層を二つに区切っている様子が描かれており、浅い地層には「不圧地下水(圧力がかかっていない染み出てくるような地下水)」が含まれており、深い地層には「被圧地下水(圧力がかかった地下水で、その上の難透水層に穴を開けると自噴する)」が含まれている、という。

       国土交通省の見解は、トンネルを掘る位置は、難透水層の20〜30m上の地層を掘るので、地下水には影響がない、というものだ。    つまり、「不圧地下水」を含んだ浅い地層には、圧力のかかった地下水脈はない、いわゆる湧水には関係ないので安全であるという論理なのである。

       「ナントウスイソウ?」「フアツチカスイ?」「ヒアツチカスイ?」・・・一般の市民は、この聞きなれない言葉にちんぷんかんぷんになり、まあ、国土交通省の頭のいい人達や○○大学の××教授が調査をしたのだから、間違いないだろう、と安心し、トンネルを掘っても大丈夫だろうと思うに違いない。 

       しかし、ここで疑問にぶつかる。    眉山の斜面に降った多量の雨水は、水はけのよい「セレクト」の地層を透過して、当然、大量のコンクリートやウレタンを使ったトンネルの表面を伝わり、その有害物質を含んでさらに地下深く透過していくが、一体どこへ消えるのだろうか?・・・・

       その汚染された水は、いずれ、鉄板みたいな「難(不)透水層」にぶつかり、その地層の傾斜面にそって下っていくことになる。    傾斜面を下っていくと、そこには「市民の水瓶」である「上の原浄水」がある。

       問題は、「上の原浄水」の湧水のメカニズムである。    210年前の直下型地震による眉山の崩壊と地殻変動により、突然に湧き出てきた水である。    まさか、210年前に大規模なボーリング工事をして、鉄板みたいな「難(不)透水層」に穴をあけ、自噴井戸みたいに巨大な塩化ビニールのパイプを突き刺したわけでもあるまい。 

      地域高規格道路の「眉山トンネル」について・その1

      2004.10.01 Friday

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        やっと秋らしくなってきた。    猛暑でかすみがかかっていた思考が、少しだけ澄んできた気がする。

        現在、島原市民の間で「地域高規格道路」の最後の仕上げである島原中央道の一部、約900メートルの「眉山トンネル」を掘るのか、やめるのかで議論が沸き起こっている。

         工事を推進している国土交通省雲仙復興事務所にしてみれば、雲仙普賢岳災害で緊急避難用道路として国が計画をし、【島原市の強い要望】も受けて着工しようとしている工事を、いまさら住民が反対しても困る、といったところだろう。

         島原市の各家庭に引かれている水道の水は、210年ほど前の噴火災害「島原大変」で、陥没してできた白土湖(しらちこ)の湧水源である【上の原浄水】で賄われている。    水道水のほとんどを湧水で賄っている4万人規模の市や町が国内にどれほどあるだろうか?・・・・   まず、ない。     そして、その豊富な湧水を供給しているのが、眉山である。     おまけに、トンネル予定地はよりによって、なんとその湧水源の山側の傾斜地の地下を、900メートルに渡って「見事に」貫通縦断するのである。

         これは、諌早湾干拓の有明海に及ぼす影響より遥かに単純で明快な構図である。    諌早湾干拓事業は日本一豊穣な海・有明海をこの世から消し去った。     人類が誕生する遥か以前からごく最近の昭和時代まで、考えられないように豊富に採れていた魚介類や海藻類が、乱獲と海洋汚染で少なくなり、有明海の「子宮」と呼ばれていた諌早湾の干潟を潰すことで、最後のとどめを刺す結果となった。     そして、今度は水である。

         そうまでして、我々人間が手に入れなければならないものとは、一体なんなのだろうか?・・・・

         政界、経済界、各行政機関、地方自治体、教育界、地域、家庭、個人その他すべての世界で、今何かが変わろうとしている気がする。     そもそも人間が考え出した体制やシステムには「耐用年数」があって、永遠に続くものなど存在しない。    「諸行無常」の中で、唯一変わらないものは、人間の不条理な【欲望】とそれに比例する【煩悩】だけだ。    そして残念ながら、われわれ人間は生きている以上、これらの二つの呪縛から開放されることはない。

         しかし、人間は同時に考える知性と、過去の歴史から学ぶ能力を持っている。   広島、長崎の原爆や諫早湾干拓などから多くの事を学んだはずだ。      奇跡的な質と量の湧水を生み出している眉山にトンネルを掘ることが、一体どういう結果をもたらすか?・・・・      そして、今、われわれ市民が何をしなくてはならないのか?・・・・・

         「撤退する勇気」という言葉をよく使うことがある。     進もうとする方向に意味がなくなった時、前進するより撤退することの方が、より高い判断力とエネルギー、勇気がいることがある。     「いまさらやめられない眉山トンネル」・・・・しかし、まだ幸いに着工前だ。     行政の長は、その判断力と勇気を今こそ発揮すべきである。     またそれに替わる知恵を、落としどころを提案できなくてはならない。

         もし、その知恵も判断力も勇気もないなら・・・残念ながら長としての資質を問われることになるだろう。 

         かつての東京都知事の青島幸男や現在の長野県知事の田中康夫は、多くの【経済波及効果】が見込める大イベントやマンモスダムの建設を廃止した。    日本経済が右肩上がりの絶頂期に計画された数々の大プロジェクトは、時代の大きな変化の中でその存在理由を失い、滑稽にも一人歩きし始めた。    「決まったことだから、意味がなくても前進するしかない」・・・・

         これは、終戦間際の戦艦大和と戦艦武蔵の運命に酷似している。    戦況が悪化し、戦争の形態が大きく変化していたことを、当時の軍事政府は認識していたはずである。     戦闘機や偵察機を搭載できる空母で制空権を制したほうが圧倒的に有利で、すでに超ど級の戦艦の時代は終わっていた。     

         国民は、鍋、釜、刃物、貴金属などの生活必需品や寺の鐘などあらゆる金属を国の命令で供出した。    その金属で二隻の同じ型の戦艦を心血を注いで製造した。   大国家プロジェクトである。     完成したのは、ほぼ勝敗が決定した頃であった。    司令部は多くの反対意見を押し切って、大和と武蔵を出航させた。   わずかの時間で、何千人という優秀な若者達と巨大な鉄の塊は日本の近海で海の藻屑と消えた。     一部の狂信的な司令官、いわゆる長の判断が取り返しのつかない結果を生んだのだ。
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