猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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「二十歳の原点」朝子編 14:20
このブログに自分の写真を公開されているとも知らずに、今頃は島原文化会館で開催されている「島原市成人式」会場の椅子に座って本人は呑気に居眠りをしていることだろう。

「成人式の写真は絶対にブログに載せないで!」「恒例だから諦めろ。世間の笑い者になるのも社会人としてのいい経験になる。」「オニィ〜!」「だから正月から食うのはやめろ断食しろと言っただろうが。ボクシングだって試合前の計量が無事済みさえすれば相撲部屋みたいにちゃんこやビフテキ食ってもいいんだよ。アホ!」

二十歳の成人式に着物を着る場合、若い女性特有のウェストの『くびれ』が着物の体型に合わないので、ほとんどの場合は胴回りにタオルなどの詰め草をして体型を矯正するが、三女の場合、『そのまま』の体型で着付けができるので担当する美容院は大いに助かったはずだ。(実際に着付けの先生が、『着物には理想的な体型です』と感動しながら太鼓判を押したらしい)

天気予報通り午後から雨が降り出した。着物には不利な天候だが、どうせ同級生たちの車で送ってもらうに違いない。前日「着物でトイレする時はどうすればいいの?」と母親に尋ねていたが、着物を着る習慣がなくなった現在の若い日本女性にとってはもはや一般的な質問かもしれない。 確かキミたちが日本の将来を背負っていくんだったよね・・・頼むよ。





予想通り三女の場合、記念写真が成人式なのか七五三なのか判別が困難である。下の写真は近所の『ニーニョ・ニーニャ』で撮ってもらい写真を加工してプレゼントされたものであるが、ご主人が気を利かせて「二十歳」「成人式」とコメントを二つも入れてくれたことでかろうじて七五三ではないことが判るのである。 本当にありがとうございました。

 
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「二十歳の原点」小夏編 17:28
「8日土曜日の朝9時に小夏が空港に着くから、車で迎えに行ってくれるでしょ?」と突然家内から言われた。  子供じゃあるまいし、公共交通機関を利用して帰ってくればいいことだ。 と、内心思って何も答えなかった。 しかし土曜日が近づくにつれて「まぁ、往復3時間の早朝ドライブと思えばいいか・・・一生に一回の成人式だから今回だけ特別サービス」という気持ちになり、結局迎えに行くことにした。 親馬鹿である。

母親と娘のコミュニケーション密度は、父親のそれとは異次元のものらしい。 即答しなかった小生の態度から「父親は空港まで迎えに来ない」という連絡が娘に届いていたらしく、空港で車に乗り込んだ次女・小夏はいたく恐縮していた。 愛情は小出しにすることでその効果が高まる事は過去の経験から分かっていた。

車中で娘の話を聞きながら、社会人として歩み始めた娘の成長に驚くと同時に、歳をとった自分を感じていた。 小夏は現在、銀座の小料理屋「銀座うさぎや」でスタッフとして働いている。 本人は3年間の実務経験を積んで調理師の免許を取り、島原に帰って茶房・速魚川で母親のサポートをすることを目標としている。

「昨日は九重親方(元横綱・千代の富士)が来られて、お茶の出し方がよろしくないと注意を受けた。」という。 「・・・で、どうした?」「親方に【正しい煎茶の出し方を教えてください】と頼んだら、ちゃんと優しく教えてくれたよ。」「・・・・。」 畏れ多くも角界の歴史を代表する昭和の大横綱に・・・これも若さゆえというか知らない強みというか・・・







 
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「二十歳の原点」その2 14:20
添付写真は高三の次女・小夏(左)とのツーショット。

二人とも今春から東京で社会人になる。  品川のアパートで共同生活を始める予定だ。

「男だったらともかく、大切な娘を危険な東京にやるなんて」という人もいたが、小生も女房も若い時に家庭の事情で自分の進路を決める事ができなかった故に、娘達には自己責任で決めさせあえて反対はしなかった。

「自由」と「責任」は表裏一体のものである。  その恐ろしさと痛みが身をもってわかった時、「大人」になるのだろう。

小生が二十歳の時は、一度に多くの運命を変える出来事が起きた。  突然の父の死で、当時の将来への夢や進路が一瞬にして消え、家業を継ぐ決心をすることになった。

今となっては、先祖も含む多くの人達に感謝し後悔もないが、若い当時は自分の運命を呪い、絶望的な気持ちになったものだ。 二十代の頃の自分の手帳に「今をよしとして生きよう」と繰り返し書かれておりその頃の心情が伺える。

長女・志乃には、父親の二十歳の原点を話した。  結論は「人生において、夢や希望、目標を持つ事は大切である。 しかし明日は何が起こるか予測はつかない。  だから今日の一日を大切に生きるしかない。」であった。 
 


志乃の成人式


30数年前の「劇団立芸」の成人式。 アドリブで寸劇を披露している風景。 恐らく「別役実」バージョンか?
左はヤスベイ(高屋亜樹子)、右に二十歳の自分が写っている。
大学構内の教室を借りてジュースとお菓子で団員全員で祝った。 団員に着物や背広を着る人間はいなかった。
  
 
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「二十歳の原点」その1 17:43
長女・志乃が1月に成人式を迎えた。  月日の経つのは確かに速い。

昨年の3月から休止していたコラムに自分の写真を掲載してくれと、掲示板で催促したので彼女の写真を添付して、同時にコラムを再開することにした。

小生も三十数年前はこの写真の娘と同じ年だった。  なんか不思議な気がする。  志乃は世間で言う“成人”つまり「大人の原点」に立ったのである。

三十数年前にベストセラーになった高野悦子の「二十歳の原点」を思い出していた。  著者は学生運動に身を投じ、多感な二十歳の時期の日記を残して最期は列車に飛び込み自殺をした。

子供から大人の世界に足を踏み込む時期の戸惑いと焦燥、社会の矛盾や嘘、大人たちの欺瞞、真剣に生きようとすればするほど大きな壁が立ちはだかる。

この「二十歳の原点」は当時何回も読んだ記憶がある。  「未熟である事。 それが私の二十歳の原点である。」という冒頭の文章は54歳になった現在も脳裏に焼きついて離れない。


志乃の成人式
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