「石の龍制作プロジェクト」その63

2008.03.09 Sunday

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    「【龍の羽根】のペンダントを作ってみました。」と大石氏が見せてくれた。(添付写真)

     なるほど本当に黒い島原石だ・・・・黒い地肌に点在する白い大きな斑点は石英。  確かに珍しい・・・・

     その島原石のかけらを純銀の針金で唐草模様風に抱き込んである。  それに銀のペンダントチェーンをシルバーリングで連結してある。   大石氏の遊び心が垣間見える。

     「これを3月29日のイベントの際、参加者全員のじゃんけん選抜でお一人様にプレゼントするつもりです。」

     おもしろい企画がひとつ加わった。  じゃんけんでは絶対に勝つ散人氏には参加は辞退してもらおう。   黒い島原石のかけら、つまり【龍の羽根】は、イベント記念として参加者全員(希望者)に無料配布する予定だ。

    「もし、この【龍の羽根】を、銀のペンダント仕様にして欲しい方は、5500円で請け負おうと思っています。」と、大石氏が提案した。   彼はアイデアの宝庫だ。

    「石の龍制作プロジェクト」その62

    2008.03.07 Friday

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      大石氏は小生の事をかなり過大評価しているようだ。  『無芸大食』は謙遜ではない。  事実なのだ。

       毎日、カミさんからいろんな事で批判され、存在理由すらないように言われ続けるうちに、そう信じ込むようになった。   若い頃の男のプライドなんて微塵も残っていない。   確かに存在理由はないが、ちゃんと存在だけはしている。  ざまーみろ。

       「老醜は必要ですよ。  家族も含めた周りのみんなからうとまれる。  死んだ時、悲しみが少なくて済むための神様の心遣いです。」と、ある友人が教えてくれた。

       その友人と10年ほど前に東小国町まで車で遊びに行った。   林檎の木が生えている南限の土地だった。   「僕は毎日女房から、センスが悪いと言い続けられてきました。  そして本当にセンスが悪いと信じられるようになりました。」と語りながら、奥様への土産をいろいろ悩んだ末に勇気を出して買った。

       一緒に長崎まで帰り、彼がその土産を奥様におどおどしながら手渡すのを見てしまった。   「なにこれ!?  こんなものわざわざ買ってきたの?・・・ったくセンスないんだからぁ」

       その友人は今や某テレビ局のトップに登りつめた。   3月29日は、当店の10周年のイベントに来てくれるそうだ。    もちろん、彼がセンスが悪いと信じ込ませた美人の奥様も来てくれる。

      「石の龍制作プロジェクト」その61

      2008.03.06 Thursday

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        小生の座右の銘は「無事是名馬」。   千里を駆け抜けることができる駿馬でも、途中で脚を折ったら最期である。  多少のろくても目的地まで走り抜いた馬の方が名馬なのかもしれない。   しかし、これはあくまで「結果論」である。   のろいからといって目的地までたどり着けるという保証は一切ない。

         一休禅師の有名な遺言「なるようになる。 心配するな。」には多くの禅の奥義が込められているという。

         大石氏の日記の「思ったように人生は送れない。 だからこそ人間。」は一休さんの遺言と同じような意味に思える。   ギリシャ神話の神々は「思ったように人生(?)を送れる。  だからこそ神様。」なのである。

         どだい、人間が中心に世の中が回っていると勘違いしたところで、すぐにしっぺ返しが来る。   釣りを趣味にして実践で学んだ事は「人間の都合で地球や自然が動いている訳ではまったくない」という事である。

         天気も潮の流れも良い。 ポイントも絶好。  準備も完璧。  これで魚が釣れない訳がない!! ヒッヒッヒ  ・・・・・ありゃ? まったく引きがない! な、なぜだ!?   ボーズで肩を落として帰った事は数知れず。   

         人が釣りをする事なんて、地球や自然の営みとはまったく関係ないのだ。  「適当!」とか「出たら目」とか「ええ加減」などは、ある意味悟りに近い気がする。

         明日は生きてるという保証はないから、今日やれる事をどんなちっぽけな事でも思い残すことなくやっておこう。   でも、小生のもうひとつの座右の銘「今日やれる事は無理をせず極力明日に回そう。  他人には厳しく自分には甘く。」 ・・・・いいじゃないの、今日も生きてたもん。

        「石の龍制作プロジェクト」その60

        2008.03.05 Wednesday

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          大石氏が携帯電話の写真を見せてくれた(添付写真)。  「ハンマーで誤って指を叩いてしまいました、ハハハハ・・・」

           写真をよく観ると、他の指にも絆創膏が張られている。  石との格闘を物語る痛々しい写真である。

           この写真を絶対にコラムで公開したいと思った。  散人氏が以前、有田の工房で「石龍」を観た感想を掲示板に書いていた通り、「石を彫る」ということはアートというジャンルでは収まらない行為かもしれない。

          「よくもまぁ」、とアートと呼ぶ中にはある「軽さ」や「洗練」という言語が浮かんでくるが、この石に造形する作業には、洗練とかけ離れた「原始的土俗的縄文的」などの言語が浮かんできた。アートだけの一方通行でいいのだろうか?という問いかけもまた私の心に浮かんできた。

           かつて「リアリズム」とは「写実」でなく「真実」と語っていた友人がいたが、血のにじんだ大石氏の手の写真の向こう側に、彼の強い決意と魂がリアリティーを持って迫ってくる気がした。

          「石の龍制作プロジェクト」その59

          2008.03.04 Tuesday

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            陶磁器を焼く窯の設置してある工房で、石の粉にまみれながら「石龍」と対峙している大石氏の脳裏には何が去来しているのだろうか?・・・・

             いや、制作中は「無我」の境地かもしれない。  禅やヨガの「瞑想」状態と同じではないだろうか。

             レジェンド・サーファーのジェリー・ロペスは、巨大な波に乗っている時は「無我」になるという。   どんなにその瞬間の記憶を辿ってもなぜか思い出せないそうだ。  世界を代表するベテランのサーファーがである。

             十数年前にウッドクラフト(木彫)の真似事をしている時、それを感じた事がある。   ナイフで木を彫っている時は「無心」になっている事に気がついた。 当時は年中、仕事の事でストレスが溜まって意識から離れない。   釣りに行ってもダメだった。   しかし、木を彫った後は疲労は残るが、なぜかストレスが消えていた。

             瞑想状態、つまり「自我」が消え「無我」の境地になった時、ひょっとしたら魂が遊びながら喜んでいるのかもしれない。   そして本来、人間も動物と同じように「無我」の状態で生きていた時代があったのだろう。

            「石の龍制作プロジェクト」その58

            2008.02.29 Friday

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              「石の龍制作プロジェクト」その57

              2008.02.28 Thursday

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                「石の龍制作プロジェクト」その56

                2008.02.27 Wednesday

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                  「石の龍制作プロジェクト」その55

                  2008.02.26 Tuesday

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                    「石の龍制作プロジェクト」その54

                    2008.02.25 Monday

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