地球交響曲・その7

2007.03.17 Saturday

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    本日、午後6時から島原半島未来塾の自主勉強会の一環として、映画「地球交響曲・第一番」の鑑賞会を速魚川ギャラリーで開催する。   果たして何名の共鳴者が集まってくるのか楽しみである。

     添付写真が、今夜の「共鳴者」達の風景である。   約25名だった。    「来たかったけれど、私用で来れません」との電話が何通かあった。   1992年に制作され産声をあげた「地球交響曲」第一番と、小生は十数年ぶりに再会することになった。   未来塾スタッフにも以前に観たり企画したりした人が数人いた。

     「象のシーンではオレ泣きますから恥かしくて・・・」と、客席の後方に退いた経験者もいた。    127分間、観客はジッと画面に釘づけだった。  15年前に作られた映画なのに、まるで現在の状況を予測していたようにタイムリーな内容である。

      交響曲(シンフォニー)という言葉の持つ意味が伝わってくる。   多くの異なる楽器が調和しながら一つの美しい調べを醸し出す・・・・    たった一つの楽器でも不協和音を出したら、シンフォニーは成立し得ない。   人類は周りとのアンサンブル(調和)を意識しているだろうか?   科学技術の発達で驕り高ぶり、アンサンブルを無視して不協和音を出し続けていないだろうか?    そして「地球」というかけがえのないシンフォニー(交響曲)を台無しにしているじゃないだろうか?

     登場人物の一人・元宇宙飛行士:ラッセル・シュワイカートは、宇宙遊泳中に見た地球からいろんなメッセージを感じる。   人類は、母なる星・地球が生み出したもっとも知性を持った存在である。   人類はその与えられた知性で「科学技術」を生み出し発展させた。   これは必然的であり素晴らしい奇跡でもある。   科学技術の発達は、必ずしも地球環境破壊に結びつくものではなかったはずだ。     ラッセル・シュワイカートは、【科学技術の発達と地球環境の保全は両立する】と自信を持って語った。   だからこそ今、この映画を多くの人達が観る意義は大きいのだ。
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