【ハサミの研磨】その3

2015.12.24 Thursday

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    【ハサミの研磨】その2

    2011.02.21 Monday

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      ハサミ類の中で一番繊細で高度な切断性能を求められるのは、洋裁や和裁など衣料用に使用される「裁断ハサミ」である。 衣食住の歴史の中で「衣」を支えてきた中心的な道具の代表と言っていい。 絹や綿、麻、化学繊維などを用途に応じて繊細に切断するための刃先には最高の切れ味が求められるので、その研磨にも最大の神経が使われることになる。


      上の写真は、研磨するために分解された「裁断バサミ(裁ち鋏)」。 二つのハサミ本体を固定する真鍮製のボルト、ナット、座金類で構成されているが、親指を入れる方(写真上)の軸穴は丸く、人差し指から小指までの四本の指を入れる方(写真下)の軸穴は四角である。 この四角軸穴とボルトはネジ固定され、間に挟まれる丸穴を持つ方が動くという構造だ。 その理由は恐らく以下の通り。

      ハサミに指を入れて持った時、親指を入れる方が上になるが、支点(軸)で交差するので刃は逆に下になる。 同様に残り四本の指が収まる方は刃が上になる。 さて、人間はどちらを主に動かすだろうか?

      小生の推測であるが、親指を主に動かして切ると想定されているような気がする。 なぜなら、親指側のハサミの刃は大きくカーブを描き、逆側の刃はほぼ直線なのだ。 動いて切り込む方は曲線、それを受ける方は直線と考えられる。 刀剣や庖丁なども曲線の刃を対象物に当てて引かないと切れないからだ。


      上の写真はハサミの刃先の角度を図に描いたもの。 ハサミの先端と根元では刃の角度が異なる。 先端は鋭角、根元は鈍角に研がなくてはならない。 テコの原理というか支点、力点、作用点の位置関係というか、厚くかたい布は根元で、シルクなど薄く柔らかい繊維は先端で、と使い分けるためである。

      出刃、刺身(柳刃)、舟行、三徳、牛刀、ぺティなど先端の尖った庖丁、ナイフ類はハサミの角度と全く逆である。 庖丁やナイフの先端は、魚などを突き刺して刃物本体を導入する錐(きり)に近い役目がある。 先端は鈍角、根元の本体部分は鋭角に研ぐのである。 根元部分と同じように先端を鋭角で研ぐと薄くなり欠け易くなるからだ。 

      このような原理原則を無視して研いだと思われるハサミや包丁類が当店に持ち込まれることが最近は多くなった。 しかも「プロの研ぎ屋に研いでもらった」という。 おいおい!

      日も「福岡の研ぎ屋で研いでもらったが切れない」と一丁の裁断ハサミが持ち込まれた。 顔が映るほど全体を綺麗に磨いてあるのだが、刃の裏側も両刃包丁のように角度をつけて研いであった。 これでは刃先同士が接触せず切れるはずがない。 再生が不可能に近いほど台無しにしたのである。 しかも料金を取ってだ。

       
      上の写真は、上段の2丁が研ぐ前の状態。  中段の解体した二本の上が研ぐ前、下が研いだ後。 最下段が研磨後、組立てて調整し終えた完成品。 

      普通の事務ハサミなどは中砥石で止める。 刃先は鋸刃状の方が紙などの対象物への食い込みが良いからだ。 しかし、裁断ハサミはそうはいかない。 仕上げ砥石で慎重に研ぎ上げる。 

      刃研ぎが終わると、機械油を全体によく塗った後、ボルトナットで組み立てる。 ナットの調整、つまり締め具合が難しい。 レンチで慎重に締めていくが締め過ぎるとハサミを閉じた時、刃同士を傷めてせっかくの研磨工程が台無しになる。 少し締めてはハサミを閉じ、少し締めては閉じ、を繰り返しながら手の感触と音を頼りに調整していく。

      ハサミをゆっくり閉じる時、かすかに「シャー」と乾いた音がした時がベストである。 閉じる時のハンドルの抵抗も固すぎず緩すぎず・・・・とか書いても伝えるのは難しいか・・・・ 

      完成した裁ち鋏の性能を検査する場合、ティッシュペーパーの一枚を準備し、さらにその薄い二枚重ねの一枚を剥がして水につけ慎重にテーブルか平面の板の縁に垂らす。 薄く軽い紙を空中に縦に浮かせるのである。 しかも濡れているから摩擦係数が高まっている。 この繊細で不安定な状態の紙を空中で水平に切るのである。

      一般のハサミはこの状態で切ろうとすると紙を巻き込んでしまう。 完成した裁ちバサミはこの濡れたティッシュを見事に切断し、切られた方は下にポトリと落ちることになる。 

      以前、ご高齢の女性が「こんなサビだらけのボロバサミも研げますか?」と恐る恐る一丁の裁ち鋏を持って来られた。 最高級の「庄三郎」だった。 翌日引取りに来たその女性に研ぎ上げた鋏を渡そうとすると「これは私のじゃない。 こんな新品じゃなかった。」と受け取ろうとしない。 やっと納得して喜んで持って帰ったその老婦人は、数日後に今度は古い包丁を10丁ほど研ぎに持って来た。 切れなくなったからといって捨てられなかったのである。

      機械を使わず効率を無視した「手研ぎ」をやめられないのは、もともと研ぐ事が好きでもあるのだが、職人が命がけで鍛造した刃物を生き返らせることで以上のような感動を手に入れる事ができるからだ。

      【ハサミの研磨】その1

      2011.02.19 Saturday

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        2005年から2007年までのコラムがレンタルサーバーの不都合ですべてデータが消滅した。 パソコンにバックアップを取っていなかった分を復元する意欲も起こらず長い間ほったらかしにしていたが、大切と思われる資料を少しずつ復元する意欲が湧いてきた。
         
        以下の「ハサミの研磨」シリーズは、2007年1月17日に起こした分の復元である。 幸い画像はパソコンに残っている。 問題は文章であるが、ま、気長に思い出しながら作業をしていくことにした。



         年末に洋裁に使用する「裁断鋏」の研磨を約50丁ほど依頼された。  期限は1月10日までである。

         刃物の中で、一番難しいのがハサミの研磨である。  庖丁やナイフや鉈や鎌などの刃物はひとつの刃物が単体で使用されるが、ハサミは2つの刃物を摺り合わせて使用されるため、バランスが重要になってくる。   スポーツで言えば、ハサミはサッカーや野球などのチームプレーになってくるのだ。  

         古今東西、ハサミは目的用途によって驚くほど多くの種類がある。  和裁、洋裁などの衣服を作る時の生地や糸を切るハサミ(握り鋏、和鋏、洋鋏など)、植栽や盆栽、生け花、摘果、採果など植物の枝や葉を切るハサミ(植木鋏、剪定鋏、刈り込み鋏、芽摘み鋏、生花鋏など)、事務鋏、散髪鋏、料理鋏、など数え上げたらきりが無い。  それほどハサミは人間の生活に密着している道具だということである。

         では、なぜハサミで物が切れるのか?   この原理は簡単である。  2つの鋭利な刃物がひとつの接点で交差し、その接点が移動することでその間に挟まれた物が切断される。  その接点の面積が限りなくゼロに近づくと摩擦もゼロに近づき、よく切れることになる。   刃物を研ぐということは、切る目的の物体に接する刃物の面積を限りなくゼロに近づけ、摩擦係数をゼロに近づけるという行為である。

         平底の靴、ハイヒールのかかと、スパイクシューズのどれで足を踏まれるとどうなるのか?  想像してもらえればわかるだろう。

         添付写真は、研磨する前の洋裁用裁断鋏である。  2つの鋏を約90度に開いて刃の裏も見えるように写している。   刃裏を観察すると、上の鋏は錆が生じており、下の鋏は平砥石で研磨した痕跡がある。     「ハサミは裏刃が命」という鉄則に従うと、この2丁のハサミは研磨再生が不可能に近い。  

         ハサミは基本的に裏刃を平面に研いではいけない。   裏刃は平面ではなくかすかにホローグラインド(凹状)してあり、常に二枚の刃先同志の移動する接点が限りなくゼロに近づくようにしてある。  手から伝わる物理的なエネルギーを一点に集中することで切れるのだから、平面に研いでしまうと裏刃の平面同志が広い面積で接触し、摩擦係数が高まり、物理的エネルギーが分散されることで切れなくなるのだ。  

         刃裏の表面に生じた軽度の錆を落とすぐらいは構わないが、その錆が刃先(エッジ)部分にガン細胞みたいに深く侵蝕していたら、そのガン細胞の位置まで刃先全体を削り落とさなくてはならなくなる。  従って、ハサミの命である刃裏には常に機械油を薄く引いて錆がこないように注意する必要がある。
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