猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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【小巻いのち】2015 14:59
2月1日(日曜)の午後3時頃、茶房・速魚川を訪れた佐田まゆみ氏と話していると、金物店内で数組の来店客の気配がした。その後、フッと不思議な感覚になり、なぜか店の方に足が向いた。そこに一人の女性が立っており「猪原さんですね?お久しぶりです。」と、美しい聞き覚えのある声が聞こえた。マスクとサングラスと帽子で顔はよく見えなったが女優の栗原小巻さんだった。この日、島原文化会館で上演されるチェーホフ作『櫻の園』に出演するための来島だったのだ。舞台に命を懸ける日本演劇界の至宝・栗原小巻は、楽屋に入るまで体調管理の完全防備を貫いていた。

2012年3月24日に、東京へ向かう長崎空港で偶然お会いして以来だから3年ぶりだった。当時の様子がブログに残っている。


24日(土曜)の午前8時半に車で島原を出発して長崎空港に着いたのは10時過ぎで、羽田空港には12時半に到着した。 長女・志乃が空港まで迎えに来てくれていたが、島原から羽田までの移動中の約4時間、知り合いと会うことはなかった。 唯一人の女性を除いては・・・・

長崎空港で搭乗手続きをするためにエスカレーターに近づいた時、先に一人の女性が軽い足取りで階段に乗ろうとしていた。 その洗練された身のこなしやスタイル、服装から一般人ではない事はすぐにわかった。 一瞬見えた美しい横顔も記憶にあり、エスカレーターで二階に到着する数秒間でその女性が舞台俳優の栗原小巻さんだという確信になった。

「あのぉ・・失礼ですが、栗原小巻さんですね?」と、エスカレーターの出口付近で声をかけると彼女はビックリしたようにこちらを振り返った。 「島原の猪原金物店の猪原です。 ご無沙汰しております。」 「あぁ! 猪原さんですね。 お久しぶりです。」と、あの素敵な笑顔で答えてくれた。

「どちらへ?」 「長女の結婚の事で上京します。」 「えぇ! それはおめでとうございます!」 「ありがとうございます。」 「来年はお店のほうにお伺いします。」 ほんのわずかの立ち話を終えて「11時発の東京行きなら同じ飛行機かもしれませんね。 少しお店を見てきますので、後ほど・・・」と挨拶をして彼女は土産品売り場の方に歩いて行った。

う〜ん・・・・こんなこともあるんだ・・・ 1972年に公開された映画「忍ぶ川」で志乃を演じた栗原小巻さんのファンになってもう40年。 その後、俳優座の彼女の舞台も随分観た。 結婚して女の子が生まれたら名前は「志乃」にしようと決めていた。 その志乃と羽田で会う2時間前に「おめでとう」と祝福してくれたのが栗原小巻さんだった・・・・・こんな「偶然」ってあるのだろうか?・・・・感謝である



店内で雑貨類を購入して頂いた小巻さんとレジの前でしばらく立ち話をした。小巻さんのお祖母様が「猪原」姓で、我が家と同じ岡山県出身だという事は以前のブログで書いたが、今回、岡山県井原市の「猪原」だという事がわかりビックリした。現在、国内に数千人しかいない絶滅危惧種の「猪原」姓の人間の中でも、人口の少ない井原市出身となると血縁がぐんと近くなる(!?)

そこで、一昨年の10月に井原市の「猪原」本家を生まれて初めて訪れる事になった不思議な経緯を小巻さんに話したら、目を丸くして真剣に話を聞いてくれた。岡山県で一番歴史のある
弘法大師(空海)が開山した古刹の本堂で、猪原信平の妻・お呂久の供養を真言密教の僧侶にしてもらった事、その場にお呂久の霊が降りて来て当時の状況を語ってくれた事、信平に代わり自分がお呂久に詫びた事などを彼女に伝えた。小巻さんの血の4分の1、小生の血の16分の1が、井原市の「猪原」だとすると、このような話をしたのは何か意味がある事なのかもしれないと思われた。


































  ★ 2003年11月10日のブログ Click! ⇒ http://blog.inohara.jp/?eid=611414


以下の文章と写真は、2009年3月11日のブログをそのままコピーして添付したもの。いい年をして有頂天になり、心療内科の受診が必要と思われるエキセントリックな妄想内容で、随分世間のヒンシュクを買ったはずだ。「いつまでも軽率な中年でいようね」と当時、KTNテレビ長崎のディレクターだった山本正興氏と誓い合った事を思い出す。・・・もはや中年ではなく還暦過ぎの熟年になってしまったのに・・・・


    井上龍一郎様  

  拝啓  3月とはいえまだ肌寒い日が続きます。  その後お元気でお過ごしでしょうか?

 3月10日から15日まで福岡市地下鉄赤坂近くの【あいれふ】で『伊藤和也追悼写真展』をやっておられるそうですね。

 昨年アフガニスタンで起きた悲しい出来事は皆さん記憶に新しいはずです。  アフガンを緑の大地にするという志半ばで命を落とした伊藤氏が現地で撮り続けた写真を展示しているそうですね。

 本日も写真展をテレビで観たと電話がありました。 貴殿の書も映っていたそうです。  準備も大変だったと思います。  福岡までは行けないけれど、15日までは頑張ってください。

 さて、小生は貴殿に謝らなくてはなりません。  30数年来、お互い《コマキスト》として切磋琢磨してきたファンではありましたが、この度小生は一方的なファンとしての立場を脱却いたしました。

 と申しますのは、舞台『アンナ・カレーニナ』の島原公演のために主演女優として来島された栗原小巻さんが、タクシーでしかも《たったひとり》で当店に立ち寄ってくれたからです。

 肌寒い時期とはいえ、けだるい午後の閑散とした店内に突然雲間から一条の光が差し込むように彼女は入ってきました。  そしてあの天女のような美しい声と笑顔で「こんにちわ、ご無沙汰いたしております」と声をかけてくれたのです。

 本来、女優さんは公演地に到着するとまずホテルか楽屋にチェックインするものです。  ところがその事も忘れてタクシーの運転手に当店に寄るように指示したのです。  それを知った時、小生は年甲斐もなく赤面してしまいました。

店内には小巻さんと小生のたった二人きりでした。 「午前中に加来さんと高城二三男さんが来られていたんですよ(加来さんは演出家で小巻さんの実弟)」と言うと「エ!? そうでしたの」と言ったままうつむかれました。

その時、無神経にも小巻さんの携帯電話が鳴り響きました。  楽屋に早く来るようにという電話らしかったのですが、小生と・・・いや、この店にまだいたい、という気持ちがその悲しげな横顔から感じ取れました。

「大丈夫ですよ。 明日の午前中に長崎に移動する前に当店に寄る事になっているそうです。  そう高城二三男さんにお聞きしています。」と言うと「あ!そうでしたか。  わかりました。  それじゃぁ、またあしたお会いしましょう。」と言って駐車場に待たせてあるタクシーに向かわれました。

舞台に命をかけてきた日本を代表する名女優の美しい身のこなしと後姿を眼で追いながら、数年前の事を思い出していました。  当時、小巻さんが当店に来られる事を聞いた貴殿は福岡から片道数時間をかけて車で駆けつけました。

店内で小巻さんを見つめる貴殿の眼はいつもと違っていました。  「井上龍一郎さんです。  例の『ゲルニカ事件』の原告として子供たちの名誉を守るために10年間、国と闘ってきた人です。  今は教員を辞めて書道家として活躍されています。」と高城氏が紹介した時の小巻さんの驚きと尊敬に満ちた眼差しを忘れることはできません。

そのあと、小巻さんが握手を求めて差し出した右手を貴殿は臆面もなく両手で握り締めました。  小生はその瞬間、軽いめまいを起しそうになりました。  もしあの時、貴殿が感極まって小巻さんにハグでもしようものなら小生は迷うことなく店内に陳列してあるナイフ作家・松崎猛氏謹製の世界一切れる刃渡り190mmの柳刃庖丁で速やかに貴殿のわき腹を刺していたことでしょう。

まぁ、しかしそういう出来事も今となっては楽しい思い出です。  島原公演の翌日、午前10時半に高城氏に伴われて小巻さんは再び当店に来られました。  そしてまるで少女のように金物店内を歩き回り、商品についてのいろんな質問をしながら多くの厨房用品を購入してくれました。 

「品物は東京まで送っていただけますか?  住所は・・・・あ! 猪原さんからは年賀状を頂いていましたね。  よろしくお願いします。」  前日、当店に来られた時に1回、翌日当店を去られる時に2回、つまり合計3回も握手をしました。  もちろんお互いの眼を見詰め合って、です。

小巻さんとお話をしている間、時々不安になりました。  彼女がいつ「あの書道家の先生はどうされているのでしょうか?」と聞かれはしないかと。  幸いな事にそのような無粋な質問はされませんでした。

しかし落胆しないで下さい。  貴殿が当店に委託されたペシャワール会の会報をお渡しし、貴殿の近況をお伝えしておきました。  敵に塩を送っていつも負けてばかりいる人間です、小生は。  CDケース入りのカレンダーも進呈しようとしましたが、主旨を理解している小巻さんは、「ペシャワール会の活動資金になるのでしょう?」と言って500円支払われました。

なんて素晴らしい女性なのでしょうか・・・・やっぱり死ぬまで《コマキスト》でいます。  あとは添付写真が、われわれ二人の関係を物語っていると思います。  ということで繰り返しになりますが、貴殿と異なり小生は一方的なファンとしての立場をかる〜く脱却いたしましたのでどうかご了承ください。

今月、貴殿と人形師・本田宗也氏の「春らんまん 二人展」で再び会えることを楽しみにしております。  時折、寒さがぶり返しております。  どうぞご自愛くださいませ。            敬具

                              2009年3月11日記   猪原信明拝


  










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【小巻いのち】 19:12
       井上龍一郎様  

  拝啓  3月とはいえまだ肌寒い日が続きます。  その後お元気でお過ごしでしょうか?

 3月10日から15日まで福岡市地下鉄赤坂近くの【あいれふ】で『伊藤和也追悼写真展』をやっておられるそうですね。

 昨年アフガニスタンで起きた悲しい出来事は皆さん記憶に新しいはずです。  アフガンを緑の大地にするという志半ばで命を落とした伊藤氏が現地で撮り続けた写真を展示しているそうですね。

 本日も写真展をテレビで観たと電話がありました。 貴殿の書も映っていたそうです。  準備も大変だったと思います。  福岡までは行けないけれど、15日までは頑張ってください。

 さて、小生は貴殿に謝らなくてはなりません。  30数年来、お互い《コマキスト》として切磋琢磨してきたファンではありましたが、この度小生は一方的なファンとしての立場を脱却いたしました。

 と申しますのは、舞台『アンナ・カレーニナ』の島原公演のために主演女優として来島された栗原小巻さんが、タクシーでしかも《たったひとり》で当店に立ち寄ってくれたからです。

 肌寒い時期とはいえ、けだるい午後の閑散とした店内に突然雲間から一条の光が差し込むように彼女は入ってきました。  そしてあの天女のような美しい声と笑顔で「こんにちわ、ご無沙汰いたしております」と声をかけてくれたのです。

 本来、女優さんは公演地に到着するとまずホテルか楽屋にチェックインするものです。  ところがその事も忘れてタクシーの運転手に当店に寄るように指示したのです。  それを知った時、小生は年甲斐もなく赤面してしまいました。

店内には小巻さんと小生のたった二人きりでした。 「午前中に加来さんと高城二三男さんが来られていたんですよ(加来さんは演出家で小巻さんの実弟)」と言うと「エ!? そうでしたの」と言ったままうつむかれました。

その時、無神経にも小巻さんの携帯電話が鳴り響きました。  楽屋に早く来るようにという電話らしかったのですが、小生と・・・いや、この店にまだいたい、という気持ちがその悲しげな横顔から感じ取れました。

「大丈夫ですよ。 明日の午前中に長崎に移動する前に当店に寄る事になっているそうです。  そう高城二三男さんにお聞きしています。」と言うと「あ!そうでしたか。  わかりました。  それじゃぁ、またあしたお会いしましょう。」と言って駐車場に待たせてあるタクシーに向かわれました。

舞台に命をかけてきた日本を代表する名女優の美しい身のこなしと後姿を眼で追いながら、数年前の事を思い出していました。  当時、小巻さんが当店に来られる事を聞いた貴殿は福岡から片道数時間をかけて車で駆けつけました。

店内で小巻さんを見つめる貴殿の眼はいつもと違っていました。  「井上龍一郎さんです。  例の『ゲルニカ事件』の原告として子供たちの名誉を守るために10年間、国と闘ってきた人です。  今は教員を辞めて書道家として活躍されています。」と高城氏が紹介した時の小巻さんの驚きと尊敬に満ちた眼差しを忘れることはできません。

そのあと、小巻さんが握手を求めて差し出した右手を貴殿は臆面もなく両手で握り締めました。  小生はその瞬間、軽いめまいを起しそうになりました。  もしあの時、貴殿が感極まって小巻さんにハグでもしようものなら小生は迷うことなく店内に陳列してあるナイフ作家・松崎猛氏謹製の世界一切れる刃渡り190mmの柳刃庖丁で速やかに貴殿のわき腹を刺していたことでしょう。

まぁ、しかしそういう出来事も今となっては楽しい思い出です。  島原公演の翌日、午前10時半に高城氏に伴われて小巻さんは再び当店に来られました。  そしてまるで少女のように金物店内を歩き回り、商品についてのいろんな質問をしながら多くの厨房用品を購入してくれました。 

「品物は東京まで送っていただけますか?  住所は・・・・あ! 猪原さんからは年賀状を頂いていましたね。  よろしくお願いします。」  前日、当店に来られた時に1回、翌日当店を去られる時に2回、つまり合計3回も握手をしました。  もちろんお互いの眼を見詰め合って、です。

小巻さんとお話をしている間、時々不安になりました。  彼女がいつ「あの書道家の先生はどうされているのでしょうか?」と聞かれはしないかと。  幸いな事にそのような無粋な質問はされませんでした。

しかし落胆しないで下さい。  貴殿が当店に委託されたペシャワール会の会報をお渡しし、貴殿の近況をお伝えしておきました。  敵に塩を送っていつも負けてばかりいる人間です、小生は。  CDケース入りのカレンダーも進呈しようとしましたが、主旨を理解している小巻さんは、「ペシャワール会の活動資金になるのでしょう?」と言って500円支払われました。

なんて素晴らしい女性なのでしょうか・・・・やっぱり死ぬまで《コマキスト》でいます。  あとは添付写真が、われわれ二人の関係を物語っていると思います。  ということで繰り返しになりますが、貴殿と異なり小生は一方的なファンとしての立場をかる〜く脱却いたしましたのでどうかご了承ください。

今月、貴殿と人形師・本田宗也氏の「春らんまん 二人展」で再び会えることを楽しみにしております。  時折、寒さがぶり返しております。  どうぞご自愛くださいませ。            敬具

                              猪原信明拝
  










     
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