「宴 水回廊」その5

2009.04.20 Monday

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    「宴 水回廊」の演目もいよいよ最後。  《欲望と言う名の電車》の音楽を担当してくれたピアニスト・松尾薫氏によるピアノコンサートである。  昨年11月の感動を再び味わうことが出来る。(写真提供:松尾順造氏)



    「信平走る」の朗読を終え、舞台の袖の通路に残ることになった小生は、松尾薫氏の右背面から彼女のピアノ演奏を聴くことになった。  演奏される曲は以下の通り。

          ショパン スケルツォ 第2番 作品31 変ロ短調

          ドビュッシー  「映像」第1集より 『水の反映』  他。

    背筋が真っ直ぐに伸びた美しい姿勢で、一瞬の静寂を破るように静かに演奏が始まった。  ピアノの生演奏はCDやテレビなどで聴く演奏とは異次元のものだ。  生きた音として耳や皮膚全体から身体に伝わり、脳の髄まで共鳴し、いろんな映像や感情が生まれてくる。  いわゆる鳥肌が立つ状態になる。   松尾氏の指がまるで意思を持った別の生き物のように鍵盤の上を動く。  緩急強弱と、肉眼では捉えられない程の繊細で激しい動きだ。  一曲目の演奏が終わり、つい立ち上がって拍手をしていた。  しかし、ピアノの向きからして客席の方がもっと醍醐味が味わえるのでは、と判断し慌てて台所に回り中庭の土間の客席の方に移動したのだった。

     


    速魚川の中庭にピアノの旋律によるドラマが展開されていく。  観客はしばし現実を忘れ、音の世界に引き込まれ酔いしれる。 曲が終わるたびに割れんばかりの拍手が起こり、あちこちでため息がもれる。  イベントの準備などで溜まっていたストレスが一挙に消えていくのがわかった。  松尾氏に感謝である。  インターネットで「ピアノパレット」と検索すれば松尾薫氏の素敵なサイトを見ることが出来る。    



    ピアノコンサートが終わり、すべての奉納演目が無事終了。  いよいよ恒例の一品持ち寄り交流会が始まった。
    上の添付写真は決して組関係者の宴会ではない。 解説がないと「●●会組長襲名披露パーティー」と勘違いされそうだ。  中央の白髪の男性が組長、いや今回の「宴 水回廊」のプロデューサー:散人氏。   右の女性は組長の愛人ではなく、ブランチを演じた女優:M女史。  散人氏の左後ろのメガネをかけたオールバックの男性が若頭、いや「信平走る」の音楽プロデューサー:活動家氏。  なんか怖いなぁ、一般の素人が入りにくい雰囲気もあるなぁ・・・・ 




    写真中央の金髪の男性は、3月の初旬に速魚川ギャラリーで作陶展を開いた《潮風窯》のリュック・フーシェ氏。 その右横がパートナーのかおる氏。  彼らは「宴 水回廊」に参加するために、福岡小石原から車を飛ばして来てくれたのだ。  翌日は仕事のため早朝6時に島原を出発したという。 彼らが持参した手作りのフランス料理とワインは、会場で人気だった。



    写真の料理を作っている男性は、サイト「まつを」の常連であり、アウトドアの達人にして料理の達人:しんのじ氏。  今回は「生のステーキ」をご馳走してくれて大反響を呼んだ。  麻酔科の医師で某総合病院の管理職。  生まれて初めての食感と抜群の味で皆さんビックリだった。  しんのじ氏が手にしているナイフが、ナイフ作家:松崎猛氏によるカスタムナイフ。 「驚くべき切れ味です。」としんのじ氏は賞賛する。  あれ!? 製作者で常連の松崎氏の顔が今回は見当たらないぞ・・・・  


    ひえぇ〜!! 写真を見るとギャラリーの第一会場だけで30名はいるようだ。  え〜と、左手前から美味しいおにぎりを作ってくれたツギちゃん、沖縄からのシーサー作家I氏、広島からのnazoK氏、炎の人:ドラ吉氏・・・エ〜と、その他もろもろの恐ろしい程のパワフルなメンバー。 凄い熱気が会場を包んでいる事がわかる。



    なんか女子高の修学旅行の写真みたいな雰囲気ですなぁ・・・青春は年齢ではなく心が決めるものなのですね。  左の二人の女性はこの夜の舞台のヒロインでした。  本当にお疲れ様でした。 その隣の女性は沖縄から参加したスーパーウーマンT女史。  右端に写っている作務衣のくたびれた雰囲気の男性は一体誰だろうか?・・・・


    皆さんが持ち込んでくれたワインや焼酎や酒は、皆さんのモチベーションが上がってくると奪い合いの様相を呈してくる。  先に酔ったが勝ちですぞ。 あとは野となれ山となれ!! あ、カッポレカッポレ!!


    第一会場からあふれた人は第二会場へ。  写真の左から、今回のすべての写真を撮影してくれたプロ写真家:松尾順造氏、三菱重工エンジニア:機械屋氏、まのじ女史、パントマイマー村田美穂氏。  車座の中心を見ると、機械屋氏謹製の逸品スモークチキンやT病院の管理栄養士さんが作ってくれたスペアリブとご馳走が並んでいる。   オレ食ってないぞ!!   あれ!?・・・・ところでこの写真は一体誰が撮影したの?!   thom氏だぁ!!


    今回は《ペシャワール会》から二人の若者が参加してくれた。  写真は龍一郎氏が彼らのプロフィールとアフガンの現在の状況を説明しているシーン。  龍一郎氏が手を上げて話している右下で呆然と聞いているのは、「よさこいソーラン節」の演舞でがんばったT氏。  同世代の若者が世界一危険な場所に命がけで水路を堀りに行っている・・・カルチャーショックだったのか?  中央の背後に立つ背広の男性は、速魚川劇場の「オイディプス王」でデビューし、今や県内で脚光を浴びる林田憲次氏。  今回は見事に司会進行を務めてくれた。   


    左の二人が《ペシャワール会》でアフガニスタンに派遣されていた若者たち。  昨年の9月に伊藤和也氏が殺害された後、ペシャワール会などの現地の日本人ボランティアは全員帰国することになった。  中村哲医師だけが現地に残って医療活動を続けているが、実は中央の長身の青年は最近まで中村医師と共に活動していた。  もうすぐ念願の全長26キロメートルの水路が完成するそうである。  二人ともサムライの眼をしている。  幕末の志士達はこのような雰囲気だったと想像できる。

    「宴 水回廊」その4

    2009.04.18 Saturday

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      《欲望と言う名の電車》の上演が終了し、10分間の休憩の間に客席の背後で演奏された電子ピアノを廊下のステージ上に移動させなくてはならない。  観客もスタッフになり会場設営も手伝ってくれる。 全員で作るイベントが定着している。

      後半は朗読劇《信平走る・第10話(彷徨・六文銭編)》と松尾薫氏のピアノコンサートである。  最終決定の台本が前日に刷り上り、声を出して通し読みをすることなく例によってぶっつけ本番の朗読になった。(写真提供:松尾順造氏)
        



      「人との出会いで人の運命は変わっていく」と、つくづく感じる。 人形師・本田宗也氏が10年前に当店に来なければ、書家・井上龍一郎氏との出会いはなかった。  龍一郎氏が教師を辞めアフガニスタンに水路を掘りに行くと決めなければ、散人氏と小生は餞別に芝居をしたりはしなかった。  芝居をしなければ、朗読劇「信平走る」の企画は生まれなかった。

      散人氏と小生による【劇団二人羽織】の旗揚げ公演は、散人氏の書き下ろしによる一人芝居《夢一夜》だった。  平成17年3月26日(土)の第5回「二人展 春らんまん 2005」のオープニングイベント兼、アフガン壮行会として上演された。
      演劇という恐ろしいジャンルを30年余り封印してきた中年の身体にはかなり厳しい芝居だった。  約40分間、一人16役、ト書きも役もすべて一人でやった。  現代劇から近松心中、アメリカンドリームまですべてが含まれていた。  散人氏を呪いながら、腹筋から発声、早口言葉、役作りと2ヶ月ほど必死に蘇生を試み、なんとか本番までたどり着いた。

      それから半年ほどして、「どうですか? また芝居をしませんか?」と悪魔のささやきが散人氏よりあったので即座に断った。  「じゃあ、朗読劇はどうですか?  台詞を覚えなくていいし、動きもない、楽ですよ」と言われ少し揺らいだ。  そこを見抜いた散人氏は「初代・信平がなぜ岡山から島原に来たのか、書こうと思いますが・・」と畳み掛けてきた。  勝負はついていた。   平成18年3月18日(土)に【劇団二人羽織】第二回公演すなわち朗読劇《信平走る・第1話(旅立ち編)》がスタートした。  それから4年の歳月が流れ、《信平走る》はなんとか第10話までたどり着いた。




       以下は散人氏の当掲示板への書き込みである。

        人間の情感は物語によって動く。
      「速魚川劇場」の一連の「事」は「水」を主体に置いた「物語性」の実験を行っています。  
      人間が唯一持っている、「ファンタジー」への共感であります。  「妖(あやか)し」や「幽玄」や「霊性」などの言葉です。
      各国にある「エバンゲリオン」乃至「創世記」や「神話」の回復が、今の時代には必要なのかもしれない。
      そこが仕掛けの内容だと思う。
        (4/7-11:29)

      「信平走る」のストーリーの中には、歴史上の隠された真実とフィクションとファンタジーが巧みに編み込まれているので、どこまでが事実でどこまでが作り話なのか、観客や読者は混乱する。  《あちらから こちらへ》は言い得て妙であるが、明らかにフィクションと思われる不思議な箇所が実は本当の話だったりするのだ。  あまり詳しく書く訳にはいかないが、島原半島や普賢岳にも現代科学では解明不可能な隠された真実が多く存在する。  それらのボーダー(境界線)を無くし、観客が『夢か現(うつつ)か?』状態になった時、この朗読劇は成功した事になる。

      朗読劇「信平走る」の根底に流れているテーマは、宇宙や自然に対する畏敬の念、あるいは、われわれ日本人とはいったい何者か?という問いかけである。
      そして日本の歴史を精査探求していく中で、中央権力に異を唱え戦い敗れて歴史から抹殺された多くの【まつらわぬもの】達の存在が浮かんできたのだ。 

      しかも国内で一番古い歴史を持つ九州には【まつらわぬもの】がなぜか多く出ている。  古くは神話時代の「大和朝」対「出雲朝」の《倭国大乱》、その後、継体二十二年(528年)夏、九州の雄「磐井氏」が大和と列島統一を賭けて戦った《磐井の乱》、藤原純友、源為朝、護良(もりよし)親王、足利尊氏、天草四郎、西郷隆盛と数えあげたらキリがない。  負けるとわかっていても武力による脅しに屈しない九州人の気質は脈々と受け継がれてきた。  いつの時代も中央の権力者にとってこのような九州人の制圧は難題であったのだ。

      かれら【まつらわぬもの】達の無念の想いや怨霊を、主人公信平達が普賢岳を核とする《青龍》の助けを借りながら鎮撫祈願し解決していくストーリー展開になっている。   




      上の添付写真は、今回の「信平走る・第10話(彷徨・六文銭編)」のモチーフのひとつになった写真である。
      台本の背表紙に同じ写真と以下の説明文を添付した。

         「 写真は長崎県南島原市西有家町見岳(みたけ)地区にある伝・真田幸村の墓。
           真田家の菩提寺は信州松代の長国寺であるが、幸村親子の供養塔しかなく墓はない。
          《真田幸村の墓は島原半島にある》という話を聞き、検証していくうちに薩摩藩の島津家や
           島原半島吾妻町牧之内の《芦塚家》との関連が浮かんできた。  」

      インターネットで「真田幸村の墓 島原半島に?」を検索したら、詳細な情報が出てくる。  このサイトに島原の郷土史家:渋江鉄郎氏(故人)の著書について少し触れられているが、渋江氏は生前、当店によく遊びに来ていた。  小生が高校時代に渋江氏から「君の祖母ちゃんの実家である《芦塚家》の先祖は、島原の乱の時、キリシタンが籠城した原城から抜け出して生き延びた」と言われたことがある。

      自分の先祖はキリシタンを裏切った【転び】だったのか、と当時情けない気持ちになった。  しかし、真田幸村親子が「芦塚」という苗字を使ったとすると、島原の乱の裏の軍師が芦塚(真田)だった可能性が出てくる。 真田幸村親子は豊臣家の忠臣でありキリシタンではなかったはずだから、一揆軍を使った徳川幕府転覆の可能性がなくなった時点で、原城を抜け出し次の方策を練ろうとした、と考えることも出来る。    真田家の家紋はかの有名な「六文銭」である。

      今回の「信平走る」の最後のシーンで、タイトル《彷徨・六文銭》の意味が明らかになる。

         「 農民中心の反乱軍にしては戦略が長(たけ)ていた。 
           当時、熊本細川藩に身を寄せていた剣聖宮本武蔵は藩主に願い出て、島原まで出向いた。
           反乱軍の戦(いくさ)振りを見届ける為である。
           武蔵は原城大手門が見下ろせる小高い丘に立っていた。
           その時、大手門が開かれ、馬上の白髪の武将が五人の歩兵を従えて、幕府軍に突進してきた。
           《今だ!》と幕府軍の何百もの兵が襲いかかる。
           槍先が馬にかかる寸前に白髪の武将は踵(きびす)を返し、大手門へ引き返した。
           勢いに乗じた幕府軍は武将を追いかける、が突然道の両脇に隠れ潜んでいた一揆軍が躍りかかった。
           面白いように串刺しにされる幕府の兵達。
           見ていた宮本武蔵は呟いた 《あれは真田・・・六文銭だ》と。 」

      晩年を熊本細川藩で過ごした剣聖宮本武蔵が「島原の乱」で幕府軍として参戦した事は有名な史実であるが、その際、篭城する原城軍から投石を受けて大怪我した事はあまり知られていない。  幕府軍の死者は数千人にのぼった。




      鹿児島市内の個人宅内にある伝・豊臣秀頼の墓。 この一帯は木之下集落と呼ばれ、近くに木之下川が流れ、豊臣秀吉が初めに木之下藤吉郎と名乗っていた事実と照合すると、秀頼の《薩摩落ち伝承》も気がかりである。(秀頼は大阪夏の陣・大阪城落城の際、母淀君と共に死んだとされる。)

      今回の「信平走る」の本文の中に、以下の歴史資料の記述が出てくる。

        「 江戸中期の作家:上田秋成は《胆大小心録(たんだいしょうしんろく》の中で、
          西軍側武将:木村村重(むらしげ)に仕えた女中から聞いた話として、
         《大阪夏の陣、敗戦濃厚になるや、真田幸村は秀頼公と共に、千飯(せんぱん)蔵から、夜陰に乗じて、
          掘割伝いに川筋へと舟を漕ぎ出して、海上に逃れ、その後、薩摩へ落ち延びた。》と記している。

         当時のイギリス東インド会社の平戸商館長、リチード・コックスは
         元和元年(1615年)6月5日の日記に、こう書き記している。
        《秀頼公の遺骸は遂に発見せられず、従って、彼は密かに脱走せしなりと信じるもの少なからず》 」




      「感動とは、客席と舞台の間に生じるものである」と誰かが言っていたが、観客が発する目に見えないエネルギーである「気」と舞台上の演奏者、歌手、役者の発する「気」が融合し、相乗効果を生み出した時、双方に「感動」という情念が生まれる。  したがって、「舞台は観客によって作られる」と言ってもよい。



      朗読劇「信平走る」のイントロで流された曲《旅のお守り》は、日本屈指の音楽ユニット【香音天(こうおんてん)】の甲斐いつろう氏の作品である。
       「信平走る」のファンである甲斐ご夫妻が、昨年の夏にテーマ曲を作ってくれたのだ。  物語全体の流れと情景が見事に表現されており、サビの部分で《龍の雄たけび》を横笛奏者:甲斐カオン氏が吹いているのは圧巻だ。

      「信平走る」の音楽プロデューサーは島崎雄三氏。  元メジャーのミュージシャンなので毎回完璧にプロデュースしてくれる。  こうなってくると随分贅沢な朗読劇である。  深く反省し、次回こそはちゃんと稽古をして観客の皆さんに「カミカミおじさん」と言われないように努力しようと思う。
        

      「宴 水回廊」その3

      2009.04.16 Thursday

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        高木社中によるパワフルな「よさこいソーラン節」で《あちら》から《こちら》に多くの神々をご招待した後、いよいよテネシー・ウィリアムズの【欲望という名の電車】が開演した。   (以下の写真もすべてプロ写真家・松尾順造氏の提供)



        昨年の11月に、一人芝居「王女メディア」で初舞台を踏んだM女史を今回も説得し、ブランチ役を引き受けてもらった。   メディア役が剛速球の直球勝負だとすると、今回のブランチ役はフォーク、スライダーなど変化球のオンパレードで、とても素人でこなせる役ではなかった。   映画では「風と共に去りぬ」のビビアン・リー、国内の舞台では文学座の杉村春子、青年座の東恵美子、俳優座の栗原小巻などベテランの看板女優しか演じられない難解な役であり、女優にとっては一度はやってみたい垂涎ものの憧れの役なのだ。




        現代演劇における不朽の名作といわれ、1948年度のピューリッツァ賞を受賞したこの戯曲を、散人氏が30分ほどの一人芝居にテキストレジー(編集構成)したのだ。  以下に散人氏の言葉を添付する。

                 「欲望とうい名の電車」が現代に問いかけるもの。

         「欲望という名の電車」は、主人公ブランチが精神崩壊していく過程の物語である。  1947年の戦勝国アメリカ合衆国は、それまでの農業生産主体から、工業生産主体へと急速に変化していく。  そんな時代背景の坩堝(るつぼ)の中でこの芝居は展開していく。   では何故、ブランチは精神の崩壊を招くに至ったのか? というと、それは「過去の資産を全て失くしてしまう」、という恐怖からである。

        まず、最初の夫が実は「同性愛」者だったという「愛の喪失」。  次に、産業の大転換期のアメリカにおいて、南部没落農園主の娘であったという「富の喪失」。  最後に、かろうじて保持していた「精神の優位性」というプライドも、荒々しく粗野な「肉体性」に破壊され、身も心もズタズタになり、遂には「精神の崩壊」を招いた。

         この舞台となっているのは、ルイジアナ州、ニューオリンズ。   ミシシッピ川沿いの湿地帯に広がる都市である。   
        1910年代に土木技師が排水ポンプを考案して、広範囲の開発が可能となった。   1920年代、ミッシシッピ川とポンチャートレン湖間の工業用水路か完成し、工業都市として急速な発展を遂げる。   この、ニューオリンズの工業都市化も深くこの芝居と関りあっている。

        しかし、「高い精神性」を保って人生を全とうすることが、いかに困難なことであるかは、2010年に突入しようとしている現在も、少しも変わらない。   農業が工業に取って変わられた1940年代の物語であるこの芝居は、現在の日本の製造業が、今度は困難な局面になってきていることと合わせ鏡になっているようだ。   ここ30年来のもっとも安全といわれた「公務員や大規模製造業」などの職業の崩壊。   それらの人生設計の「安全神話」が根底から崩壊しつつある。
        その事が「精神の崩壊」まで忍び寄らないと言い切れるだろうか?   「ブランチ」がたどった運命を、昔の他国の他人事と言い切れるだろうか?

        「過去持っていた資産」がなくなっていく恐怖を味わっている人が今の日本には多く存在する。 それは精神まで及ばなければいいが・・・・・

         しかし、そのような状況の中でも、私はあえて「ブランチ」の高い精神性を愛したい。

                   2009年 1月20日       高城二三男




        今回、ブランチ役を演じたM女史は島原市内の保育園で保育士をしている演劇経験もない全くの素人である。  もちろん昨年11月にメディア役で初舞台を経験しているが、如何せん、いきなりブランチだ。  彼女に今回の話を提案した時、すぐには返事をしなかった。  当たり前だ。  「娘に子供(初孫)が生まれたので神戸に会いに行って来ます。  戯曲も持参して読んできます。」と言ってから数日後、神戸から帰ったM女史は島原駅から当店に直行し、「やってみます。」とポツリと言った。  その場ですぐに散人氏に携帯電話で彼女の意思を伝えた。  とはいえ、わずか2ヶ月でどこまで出来るのか?  M女史に製本したばかりの台本を渡し「申し訳ないけど、台詞はすぐにすべて暗記してください。 稽古に入ってからでは間に合いませんから。」と鬼になって頼んだ。  演出担当の小生が鬼なら、このような恐ろしい芝居を企画した散人氏は悪魔だ。



        同日ピアノコンサートをする予定になっているピアニスト・松尾薫氏が舞台音楽を担当してくれることになった。
        プロピアニストの生演奏による舞台という贅沢な企画が実現した。   基本になる曲は当然ジャズ、しかもブルースである。  散人氏と話し合って、マル・ウォルドロンがビリーホリデイに捧げた名曲《レフト・アローン》に決定。  その旨を松尾氏に伝え、早速準備が始まった。

         今回の芝居は役者の動きにもかなり高度なものが要求される。  パントマイマーの村田美穂氏に、ブランチ役のM女史と演出助手・S女史、オイディプス王役の林田憲次氏の3名のパントマイム教室を開いて欲しいと頼んだところ、OKをもらった。  M女史の演技のためでもあったが、村田美穂氏のパントマイムと彼女の人生のエキスを島原の若い人に少しでも継承して欲しいという願いがあった。  村田氏は今回の舞台の演技指導も引き受けてくれた。  プロが脇を固めてくれる事でホッとした反面、中途半端という逃げ道がふさがれていく。
         



        稽古初日、読み合わせ(本読み)の段階で、予想通りブランチの人物像が全く掴めないでいるM女史の壁にぶち当たった。  本読みを一旦やめて、ブランチの人物像について話し合った。  ブランチはどういう心理状態でニュー・オリンズの妹・ステラを頼って来たのか?  ブランチは実妹ステラについてどう思っているのか? という質問から始まり、プライドの内容、美意識、死、黒人、プエルトリコ人、ポーランド人などのマイノリティー(少数民族)、ホモセクシャル、セックス、酒などについて約30項目の質問をM女史にぶつけた。   しかも「今回の舞台は、あなたが日常での羞恥心や社会常識をどれだけ捨てられるかにかかっています。」と釘を刺したのだ。   M女史は聡明で芯の強い女性だが、自分の感情をあまり表面に出さない。  ブランチの複雑で多面的なキャラクターや屈折した言い回しや感情表現にどれだけ近づくことができるのか?    



        台詞に内実(リアリティー)が伴わないと観客は即座に嘘の演技を見抜きしらける。  ブランチの台詞の内面に潜んでいる感情を丁寧に拾ってつなぎ合わせる作業が続く。  演出助手であるS女史の的確なアドバイスでハッとする場面が増えてくる。  中学校の教師で彫刻家でもあるS女史は、演出の場面を俯瞰で捉えたり行間に込められた感情を見抜く想像力を持っている。  彼女がいてくれなかったら「メディア」も今回の芝居もできなかったかもしれない。  時々散人氏が稽古場を訪れ、我々の盲点を指摘してくれるのも非常に助かった。  村田美穂氏の演技指導は彼女の旅公演のスケジュールの空いた二回しか受けられない。   演技指導が受けられるレベルまで何とか近づけなければと焦りが出てくる。  



        主人公・ブランチは南部没落農園主の娘である。  戦勝国アメリカが農業から工業に生産の主体を移すまでは大農園主の家庭で裕福な暮らしをしていた。  家族や多くの使用人に囲まれ広い屋敷と広大な土地を所有した何不自由ない生活が一変し、家族は次々と死んでいき資産もすべて失う。  教師をしていたブランチは最後まで家に残って家族全員を看取り、資産もすべて無くすという屈辱と犠牲的運命を体験する。

        ブランチが最初に愛し結婚した男性・アランは同性愛者であり、その事をなじって自殺に追い込み、家族の死も含めた喪失感は、彼女の運命と精神に大きな影を落とし始める。

          「 そうよ。 タランチュラ、女郎蜘蛛よ。
            私はそこに根を張って、引っ掛かってくる男達の精気を吸って生きてきたのよ。(と、グラスに酒を注ぎあおる)
            アランが死んでから、身体の中にぽっかりと空いてしまった穴はどうすることもできなかった。
            一人じゃ眠れなくて、怖くて。 自分の身体が怖くて、たまらないの。
            耐えられないの。 捨てられる度に次の男を探してさまよった。
            けど結局、行き場を失って、十七歳の子供に手を出して、アッハッハッハ!   
            教師失格ってわけ!(また酒を注ぎ呷る) 」

          「 ・・・・・私は休まなければ、私に今、必要なのは安らかな安息なの。
            私は【死】を見すぎたのよ。 【死】の反対は【欲望】。 」

          「 現実なんてくそ喰らえ、だわ。 今、私が欲しいのは魔法・・・・。
            だれもかれも魔法に騙されて、現実なんて見失えばいい。
            見るべきものは真実でなければならないもの。
            それが罪というなら、私は地獄に落ちてもかまわない。 」

          


        ブランチは過酷な現実に打ちのめされ、セックスや酒に逃避し、自暴自棄の人生をのた打ち回るだけの敗者だろうか?
        彼女は妹・ステラのように故郷ベルリーヴの家を捨てて好きな男と暮らしたり、ニューヨークへ行き、教師として自由な人生を送る選択肢もあったはずだ。

        しかし、ブランチは逃げなかった。  彼女はベルリーヴに踏みとどまり、なんとか持ちこたえようとすべての重荷を背負い、死ぬ思いで戦ったのだ。  映画「風と共に去りぬ」の主人公・スカーレット・オハラと似た境遇であるが、スカーレットみたいに非情でしたたかになりきれなかった点がブランチに悲劇を生み出す。 

        人は家族の中で生まれ育まれて一人前になる。  それは簡単な労力ではない。  同時に老いて死ぬ時も家族の多大な労力を必要とする。  この循環(生老病死)の中に多くの矛盾や不条理が生じてくる。  誰がブランチを責める事ができようか?  

        「ブランチを否定的に捉えるのではなく、人間の不条理を一身に背負った彼女の無念さや高い精神性を観客に訴えてください。」とM女史に伝えた。  

           


        一人芝居は落語と同じである。  扇子を箸に見立てて蕎麦をすする落語名人は、観客がざわめいていても関係ないのである。  落語家には蕎麦が見えているし蕎麦の味がしているのである。  すると観客からざわめきが消え、生唾を呑み込む気配がしてくる。  M女史にステラやスタンレーやミッチの表情が見えているか?  テーブルの上の酒のボトルとグラスが見えているか?  ニュー・オリンズの蒸し暑さを肌で感じているか?  役者が舞台上でそれらが見えたり感じたりした時、観客は役者の演技に引き込まれ、見えないものが見え感じないものを感じるようになっているのだ。

        本番の数日前からM女史の演技が急激に変化し始めた。  稽古を重ねるうちにブランチの全体像がM女史の意識や身体にようやく落ち始めたのだ。  もうここまでくれば「本番の神様」が憑依してくれる事を祈るばかりである。  M女史は本番の舞台で誰の助けも借りず「ブランチを生きる」しかない。    




        3月28日の本番当日、M女史は夕方5時半まで仕事があり、リハーサルはできなかった。  音楽を演奏してくれる松尾薫氏には、演技との音合わせもなくぶっつけ本番を強いる事になり非常に申し訳なかったが、さすがプロである。  本番ではブランチとの息もピッタリ合い、恐ろしいほどにM女史の演技を際立たせ、エキセントリックな感情の起伏を見事に表現してくれた。

        最後のシーンで精神を喪失したブランチは魂が救われ浄化していく。  彼女の背負ってきた精神的苦痛は昇華する。  精神科医に手をとられ穏やかな表情で退場するブランチは観客に向かってにこやかに最後の台詞を放つ。

          「 いいえ! ご心配には及びませんわ! 
            だって私は、いつだって、見ず知らずの方のご親切に支えられて生きてきたんですから・・・・。  」

        舞台からブランチが去った後、《レフト・アローン》のピアノの旋律が優しく包み込むように響き渡る。  それは哀しさよりもブランチに対する愛しさを表現するように・・・・

        割れるような拍手が沸き上がり、舞台の袖にM女史が頬を紅潮させて引き上げてきた。   苦しい芝居創りだった。  
        「最後まで良くがんばったね。」と労いの言葉を一声かけ、次の出し物の準備に取り掛かった。

        遠くから詰め掛けてくれた50名を越す観客の皆さん、音楽を担当してくれた松尾薫氏、演技指導をしてくれた村田美穂氏、素晴らしい舞台写真を提供してくれた松尾順造氏、演出助手とメイク、衣装を担当してくれたS女史、これらの芝居の脚本および企画をしてくれた高城二三男氏、ブランチを最後まで演じてくれたM女史に感謝とお礼を述べます。

            有難うございました。  そしてお疲れ様でした
         

        「宴 水回廊」その2

        2009.04.15 Wednesday

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          第9回「二人展 春らんまん in 速魚川 2009」の初日である3月28日(土)に、オープニングイベント《 宴 水回廊    〜あちらから こちらへ〜 》が開催された。  添付写真(提供:松尾順造氏)は、二人展の作家である書家・井上龍一郎氏(左)と人形師・本田宗也氏(中央)の開催挨拶のシーン。

           司会の林田憲治氏(右)の良く通る声で二人が紹介され、まず本田氏が緊張しながらもしっかりとこの10年間を振り返り、作家としての決意を表明した。  次の龍一郎氏は、《フーテンの寅さん》の台詞をいきなり冒頭でぶちかました。   思いっきり気合が入っている。  観客は一瞬引いた。  その後は、例の「龍一郎節」で見事にまとめ上げ盛大な拍手が起こった。

           あれっ!?  よく見ると、この二人、顔が真っ赤だ!  さ、酒を飲んで舞台に上がったのだ。  博多んもんは横道もんだけど純情もんじゃけんね。  酒の力を借りたんだね。





          オープニングは、勢いよく若者のパワーが会場に炸裂した。  地元銀行勤務のT氏をリーダーとした《高木社中》による「よさこいソーラン節」である。  皆さんは長崎大学に在学中、この演舞を実践し、卒業後も多くのイベントに参加しているそうだ。




          きびきびした力強い動きは、理屈ではなく直感的に感動できる。  一糸乱れぬ揃った動きは、レベルの高さを感じる。  とにかく「凄い!」の一言である。



          「若いっていいですね!」と後ろの観客の一人がつぶやいた。  こんなに複雑で世知辛い時代になっても、素敵な若者は多く存在する。  彼らが新しい時代を作っていくのである。   演舞が終わっても拍手は鳴り止まなかった。  

          「宴 水回廊」その1

          2009.03.26 Thursday

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            いよいよ今週の土曜日(28日)午後7時より、やりかまします。

              ● 第九回「 二人展 春らんまん in 速魚川 2009 」

                 ◎ 福岡のお馴染み【おかしな二人】、日展作家になっちゃった創作人形師:本田宗也(としや)と
                   《燃える闘魂》の書家:井上龍一郎による。

                 ◎ 会期:3月28日(土)〜5月6日(水)GWの最終日までの長丁場。

                ・・・とうとう第9回まで来ました。  当初の目標であった来年の第10回で、「二人展」という形は
                    一応終了になります。

             
             で、3月28日つまり「二人展」の初日にオープニングイベントとして恒例の水に対する奉納【速魚川劇場】を開催します。

              ● 【速魚川劇場】プロデュース

                   宴《水回廊》  〜 あちらから こちらへ 〜           意味深なサブタイトルですが・・・・

                  ◎ 午後7時〜  人形師:本田宗也、書家:井上龍一郎のお二人によるご挨拶

                  ◎ 午後7時10分〜  【よさこい踊り】 by 高木社中

                    美男美女の若者3名によるパワーが速魚川で炸裂します。

                  ◎ 午後7時30分頃〜  一人芝居【欲望という名の電車】 by 劇団異化効果 上演。

                     ブランチ:M女史(昨年11月に【王女メディア】を演じました。)

                     ナレーション:林田憲治(先日の【オイディプス王】の演技で一躍有名になりました。)

                     編集構成:高城二三男  
             
                     演出:猪原信明

                     演出助手:S女史

                     演技指導:村田美穂(パントマイム)

                     音楽:松尾薫(ピアニスト)

                  ◎ 午後8時頃〜   朗読劇【信平走る・第十話】〜彷徨・六文銭編〜  by 劇団二人羽織 上演。

                     作:高城二三男

                     朗読:猪原信明

                     音楽:島崎雄三

                     編集:S女史

                  ◎ 午後8時30分頃〜   ピアノコンサート by 松尾薫

                     ショパン スケルツォ 第2番 作品31 変ロ短調

                     ドビュッシー  「映像」第1集より 『水の反映』  他。


             松尾薫氏のピアノの旋律に酔いしれた後、恒例の【一品持ち寄り】の饗宴(交流会)がスタートいたします。
             参加者全員の協力で創りあげる交流会です。 よろしくお願いします。

                ※ 翌日を考慮して、交流会の終了時間は午後11時と致します。  どうかご理解くださいませ。

               ★ 宿泊について 

                  ◎ 「ホテル&スパ 花みずき」 筺。娃坑毅掘檻僑魁檻娃娃械押  並魚川から歩いて2分)

                  ◎ 「島原ステーションホテル」 筺。娃坑毅掘檻僑機檻娃僑僑供  並魚川から歩いて3分)  素泊まり4200円

                  ◎ 「速魚川別館」 別名「高城二三男邸」  定員3名。  宿泊無料。 
             
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