猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
金物店の裏では喫茶店も営業しています。

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第10回【内田有二作陶展・2012】その4 18:53
本日午前10時頃、長崎市から一人の女性が来店した。 内田有二氏の作品を観る目的である事はすぐにわかった。 「あの、作者の内田さんは11時15分頃にお見えになります。 もしお時間がお有りなら、ごゆっくりされてください。」と話しかけた。

「昨日の長崎新聞を見てきました。 30数年前に関西に住んでいた時、陶芸教室で教えていただいた先生が『内田』というお名前だったので、もしやと思い来てみました。」とその女性は答えた。
「エ~!・・・・もしその当時の先生が内田有二さん本人だったら30数年ぶりの再会になるんですか?」「そういうことになります。」

11時15分きっかりに内田夫妻が到着し、金物店内で二人を引き合わせることになった。 なんか、昔こんなテレビ番組があっていた記憶がある。 そしてまさしく30数年ぶりの再会になったのだ。 もしも長崎新聞に掲載されなかったら、そしてもしもその記事を彼女が読まなかったら、恐らく一生再会することはなかったはずだ。 いや、『もしも』という言葉には意味がない。 本日必然的に会うべくして二人は会ったのだ。 



   ★ 「乳白釉 コーヒー碗」 (カップ&ソーサー)  3200円   内田有二作










 
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第10回【内田有二作陶展・2012】その3 14:52


陶芸にかける情熱                     内田有二 - 陶芸家

きっかけ

「実家はみかんなどを栽培している農家です。親戚や知人にも芸術方面に身をおくものはいませんでした。ですが、高校では美術部だったので、漠然とではありましたが絵画とかデザイン関連への憧れのようなものを持っていました。東京に行けばそうした分野に進んでいけるだろうと….。とりあえず、芸大を目指し浪人生活に入りましたが、まだその時点では工芸関係に絞っていた程度でした。」
「陶磁器を目指すきっかけとなったのは、浪人中に三越で見た浜田庄司さん(人間国宝)の作品展。60cmくらいの大きな皿にそれまで感じたことのないインパクトを覚えました。その時から陶芸を目指すようになりました。」


ライフスタイル

「大学時代から12年間、京都に住んでいました。30過ぎで結婚したのですが、借りていた家も狭くて、窯も小さな庭にこしらえていたという状態でしたから、どうしてもその窮屈さに耐えられなくなってきました。」
 

作品作りに没頭できる環境を備えた新天地が必要だった。内田さんは熊本、奥さんの実家は広島だから、二人とも和歌山には直接縁がない。彼らの知人を通じて、内田さんが家探しをしていることを知った和歌山県の高野山麓に住む陶芸家らが、近くの山岳地域にある空家を紹介した。それは当時、築60年という確かに非常に古い家ではあったけれど、葛城山系の中腹に位置し、霊峰高野山を正面に、紀ノ川を眼下に配する眺望があり、何より素朴な自然の中にあった。
即刻移り住んだのが1985年4月。畑も広く、野菜は自給自足。冬の寒さはちょっと厳しいが、夏は下界より気温が5度も低く快適らしい。

「年々、ふるさとを強く感じるようになってきてはいますが、関西に来て知り合えた人たち、僕と僕の作品を支援してくれている人たちの方がやはりいまの僕には大切な存在です。もし、京都であのまま打ち込んでいたら、陶芸は辞めていたんじゃないかな。京都という土地には多くの芸術家がいて、そういう意味では非常に競争レベルの高い土地なんです。目指す人間が寄って来ている分、作品も質の高いものが多いですから。私の方は大学卒業前に日展に入選し、その後も、日本陶芸展、日本伝統工芸展、西日本陶芸展などに出展し、入選していましたから賞へのこだわりが非常に強かった。それでも、いくら賞を取っても経済的には楽になるようなものではありません。ですから、あの当時の私では陶芸で生計を立てることは不可能だったんじゃないかな….そう思います。」


有桃窯(ゆうとうがま)

和歌山に住まいを移し、約一年をかけて自宅横に窯を建設。有桃窯と名付ける。以来、灯油と薪を併用して焼いている。陶土は地元の粘土を一部使っているが、7、8割は信楽から運んでくる。その土に天然石と木灰を混ぜた釉薬(うわぐすり)を使っている。さまざまな釉薬に挑戦しているが、鉄釉という鉄分を多く含んだ釉薬をかけたものが主流になっている。鈍い光沢を放ちながら、そして窯からの力強い炎の味わいが伝わってくる奥行きの深い作風に仕上がっている。花器、鉢、茶器はじめ一般食器など作品は多種にわたる。

 (以上の文と写真は、SanDiegoTown.comより引用)

 





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第10回【内田有二作陶展・2012】その2 20:35
本日より第十回【内田有二作陶展・2012】がスタートした。 このブログに載せる写真を撮るため、作品の背景に使う黒い布を探すが見つからない。 内田氏夫妻が当店に到着する午前11時までに撮影を済ませたい、という焦りがあったが、こういう時は瞑想する事にしている。

フッと、有田の陶芸家・大石順一氏から以前もらったトレーシングペーパーが脳裏に浮かんだ。 「これだ!」と早速、中庭の廊下にその紙を持って行き撮影場所を確保した。 初日は「鉄変釉」の花器を中心に撮影する事にした。 1300度を超える高温の窯の中で起きる「窯変」。 《火の神様》は作者の意図を超えて、見たこともない不思議で妖しい色や模様を創出してくれる。 この「鉄変釉」と内田有二氏の造形美が見事に融合して以下の写真の作品群になった。


       ★ 「鉄変釉 花入」    H160弌 漾W160弌 20000円  内田有二作



      ★ 「鉄変釉 花入」 H270弌 漾W270弌。械毅娃娃葦漾 ‘眦塚二作




       ★ 「鉄変釉 花入」 H280弌 漾W140弌。僑娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作



   ★ 「鉄変釉 花入」  H310弌 漾W200弌 。隠娃娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作


   ★ 「鉄変釉 花入」  H330弌 漾W110弌 。横牽娃娃葦漾 ‘眦塚二作


    ★ 「鉄変釉 花入」  H300弌 漾W160弌 。械娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作


   ★ 「鉄変釉 花入」  H270弌 漾W130弌 。横牽娃娃葦漾 ‘眦塚二作



    ★ 「鉄変釉 花入」  H270弌 漾W190弌 。毅娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作



   ★ 「鉄変釉 花入」  H310弌 漾W170弌 。僑娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作







   ★ 「鉄変釉 花入」  H290弌 漾W160弌 。沓娃娃娃葦漾 ‘眦塚二作


 
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第10回【内田有二作陶展・2012】その1 16:27
毎年、お盆が過ぎると和歌山の陶芸家・内田有二氏夫妻の顔が浮かんでくるようになった。 夏目漱石の小説「草枕」で有名な熊本県玉名市天水(てんすい)町が内田氏の実家であるが、その「草枕温泉てんすい」の展示ホールで恒例の【里帰り作陶展】を開催した後、島原の速魚川ギャラリーで作陶展をして和歌山県かつらぎ町に帰るのである。 早いもので今回で10回目を迎える。 今年はどのような新作がやってくるのだろうか? 毎年、夏の暑さで心身バテ気味の時期に内田夫妻との再会と作陶展は一服の清涼剤なのだ。

   
猪原様

 お元気ですか? 案内状を送付します。
 今年で10回目になります。
 とても感慨深いものがあります。
 宜しくお願いします。
 またお会いするのを楽しみにしています。

                  内田


で、以下の写真が昨日送付してきた内田氏の奥様謹製のDMである。 慣れないパソコンを駆使して
毎年手作りのDMを苦労して作ってくれる。 



「現在 和歌山県かつらぎ町で灯油の窯を築いて制作しております。   私は熊本県玉名郡天水町の出身ですので、有明海の向こうの島原半島・雲仙普賢岳を見て育ちました。
制作テーマは油滴天目(ゆてきてんもく)を代表とする鉄の結晶釉(けっしょうゆう)です。   結晶釉に適した土、石を近畿一円で捜し、自分なりの調合で使っております。

今回展示いたします鉄釉(てつゆう)、鉄変釉(てつへんゆう)の花器や茶碗は、結晶と同時に一種の窯変とも言える炎の跡が様々に残った作品です。
その他、青磁釉やトルコ青釉などを使った食器類など約60点ほど展示いたします。 是非一度ご高覧下さいますようご案内申し上げます。 」
                        内田有二
 




上と下の写真は、昨年の会場設営の風景。 和歌山県かつらぎ町の山間部、ちょうどマチュピチュと同じ地形の場所で一年の大半を作陶に打ち込んでいる。 俗世の雑音や毒に当たることなく、山の自然に囲まれてひたすら修験僧のごとく創作に没頭する生活。 内田夫妻の雰囲気と作品から漂ってくる清浄感や優しさ、暖かさは環境の影響も大きいのではないだろうか。

 
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【内田有二作陶展・2011】その2 15:36
第9回目の【内田有二作陶展・2011】は無事終了した。  最初の速魚川での作品展が平成14年(2002年)だったので、今年で10年目になるが、平成20年(2008年)はベルギー・アンデンにおいて第11回国際ビエンナーレ展出品及びベルギー日本大使館での展示の為、速魚川での作品展は出来なかったのである。  

この年、内田夫妻は一ヵ月半ほどベルギーを拠点にヨーロッパに滞在した。 そして、その2年後、つまり2010年(平成22年)の第12回国際ビエンナーレ展でも選出され出品する事になった。 ベルギーの友人が内田氏が残してきた陶芸作品のうち数点を再びエントリーしていたらしい。 しかも、それら出品作は国際ビエンナーレ展の会場ですべて完売した。
 

上の写真は、偶然にも久しぶりに来店した木工作家の鬼塚聖貴氏(左側)と内田有二氏(右側)のツーショット。  鬼塚氏は雲仙市国見町の山奥で自然木を使った各種木工作品を作っている。  現在、長崎市のココ・ウォークの展示場で合同作品展を開催中である。

鬼塚氏は以前コラムでも紹介したが、フラメンコギターの名手であり彼がスペイン語で歌うフラメンコは聴く者の心を魅了する。 法政大学を中退し、スペインなどヨーロッパを放浪、その後屋久島などで漁師やきこりなどをして郷里長崎に帰り現在に至っている。 国籍と人種は日本人だがマインドはジプシーのような気がする。  鬼塚氏と内田氏・・・・  温厚で物静かなふたりは何を語り合ったのだろうか?










氏1300度という高温の窯の中で、火の神様は「窯変(ようへん)」という作者が予測できない不思議な色彩や模様、光沢を創出してくれる。 作者の意図した造形美に制御できない自然の美が乗り移り、見事に融合するのである。 

この「窯変」の中でも、鉄分を多く含む釉薬を使用することで出来る金属光沢の「鉄変釉(てつへんゆう)」は内田作品の特徴のひとつである。 妖しく底光りのする「いぶし銀」のような地肌が千変万化している味わいの深さにはため息が出てくる。




上の写真は、内田夫人が作成した今回のDM。  パソコンには縁のなかった団塊世代の主婦が、子育ても終え還暦近くなってから四苦八苦してDMを作る。 素晴らしい!! 年々上達していく彼女のDMも作品展の楽しみの一つである。 













 
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【内田有二作陶展・2011】その1 13:29
一ヶ月半ほどコラムの更新をサボっていた。  その間、店内に新アイテムコーナーを作ったり、面白い出会いがあったりと慌ただしく過ごしていた。  そうこうしている内にお盆過ぎの恒例の 【 内田有二作陶展・2011 】 が近づいてきた。 今回ですでに9回目を迎えることになる。 9年ってホント、アッという間なんだなぁ・・・・・  

            【 内田有二作陶展・2011 】      
 

         会期 : 平成23年 8月19日(金)〜22日(月) 

                    ( 
 午前10時〜午後6時まで  )


例年の事であるが、会期の前日に(今年は8月18日)搬入作業をするために、内田夫妻は有二氏の実家である熊本の天水から熊本港ー島原港フェリー船を使い、作品を積んだワゴン車に乗って速魚川ギャラリーを訪れる。  作品の搬入と会場設営が終わると、その日はワゴン車で天水まで帰り、翌日の会期から熊本港に車を置いて、身ひとつで熊本ー島原を往復する。 そして最終日(搬出日)に再びワゴン車で島原に来るのである。 

夕方、フェリーの時間に間に合うように島原外港まで内田夫妻を車で送る事にしている。  この車の中での夫妻との会話が楽しい。  その日ギャラリーで出会ったお客様の事や作品の話などを聞かせてくれるが、二人の優しさに触れることで心が癒されていくのが自分でも分かる。 
 まるで仙人と天女のような不思議なご夫妻である。

以下の写真は、1年前にコラムで紹介した添付写真を再添付したもの。  それから1年後の今回はどんな作品が来るのか楽しみである。 新しい発見や祈り、提案の込められた作品たち・・・・・ 是非、みなさんご来場ください。 そして実際に手にとって感じてみてください。 買ってくださらなくても陶芸家は自分の作品を触ってもらう時に一番幸せを感じるのですから。




  「 現在 和歌山県かつらぎ町で灯油の窯を築いて制作しております。   私は熊本県玉名郡天水町の出身ですので、有明海の向こうの島原半島・雲仙普賢岳を見て育ちました。     制作テーマは油滴天目(ゆてきてんもく)を代表とする鉄の結晶釉(けっしょうゆう)です。   結晶釉に適した土、石を近畿一円で捜し、自分なりの調合で使っております。

今回展示いたします鉄釉(てつゆう)、鉄変釉(てつへんゆう)の花器や茶碗は、結晶と同時に一種の窯変とも言える炎の跡が様々に残った作品です。
その他、青磁釉やトルコ青釉などを使った食器類など約60点ほど展示いたします。 是非一度ご高覧下さいますようご案内申し上げます。 」          内田有二
 





                      「白化粧小鉢」  W9×L9×H7.5(cm)  内田有二作


                    「黄マット釉鉢」  W16.5×L16・5×H4.5(cm)  内田有二作
                                       

                 「白マット釉線文板皿」   W26×L19×H2(cm)  内田有二作


                       「白化粧碗」  W12×L12×H6(cm)  内田有二作


                    「瑠璃釉皿」   W19×L19×H2.7(cm)  内田有二作


              「青磁釉黒葉文各皿」   W23.5×L23.5×H1.8(cm)   内田有二作


                 「グレーマット釉掛ヶ分鉢」   W13×L13×H6(cm)  内田有二作


                 「グレーマット菓子鉢」  W22×L22×H8(cm)  内田有二作


                      「色化粧鉢」  W13×L13×H8(cm)  内田有二作


                            「青磁鳥文珈琲碗」   内田有二作

                             カップ : W7.3×L7.3×H7.5(cm)

                             ソーサー : W15×L12×H2.2(cm)




                       「鉄変釉花入」   内田有二作


                             「鉄変釉花入」   内田有二作

 
                            「青磁釉点文茶托付湯呑」   内田有二作 

                              湯呑 : W10×L10×H7(cm)

                              茶托 : W13.8×L13.8×H2.5(cm) 
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【内田有二作陶展・2010】その4 15:30
 内田氏のよると、一昨年前(2008年)にベルギー・アンデンで開催された第11回国際ビエンナーレ展に氏の作品が数点出品された後、ベルギー日本大使館で多くの内田作品が企画展示された。  その際、ベルギーの友人にいくつかの作品を預けて帰国したら、2年後の今年つまり第12回国際ビエンナーレ展に再び5点選ばれたという。  ベルギーの友人が手元に預かっていた内田作品を応募してくれていたらしい。(ビエンナーレは2年に一度、トリエンナーレは3年に一度)  

二年に一度開催される国際ビエンナーレ展に再び5点も選ばれた事に、内田氏自身は驚きと歓びを感じ、同時に感謝したという。  しかも国際ビエンナーレ展の会場で5点のうち2点が売れたらしい。 何事にも謙虚で控えめな内田氏ではあるが、「今後は発想を変えて、もっと自信を持って積極的に作陶に励もうと思います」と語った。  速魚川と縁の繋がった作家がどんどん世界にデビューしていく事は、自分の事のように嬉しい限りである。 

「花器(花入れ・花瓶)の造形で壁にぶつかっていました。 でも今回の作品展を通して何かが吹っ切れたような気がします。  全く新しい発想の作品ができそうな予感がします。  来年は期待してください。」と内田氏が語った。  内田氏の作る鉄釉、鉄変釉の花器は大好きである。 その造形の妙は言葉では表現し難いが自然が醸し出すそれと同じものを感じさせる。 それでも創る側には多くの葛藤や迷いがあったのだろう。  来年の内田有二氏の作陶展を考えると、今からドキドキワクワクしてしまう。


                 「青磁釉黒葉文角皿」  W 23.5 × L 23.5 × H 1.8 (cm)


                       「グレーマット釉掛ヶ分鉢」  W 13 × L 13 × H 6 (cm)


                                 「色化粧鉢」  W 13 × L 13 × H 6 (cm)


                          「グレーマット菓子鉢」  W 22 × L 22 × H 8 (cm)


               「色化粧コーヒー碗」  カップ : W 7.7 × L 7.7 × H 9 (cm)
                            ソーサー : W 12.5 × L 12.5 × H 2.5 (cm)


                        「鉄釉花入」 W 13 × L 13 × H 25 (cm)


             「鉄変釉花入」  W 14.5 × L 12.5 × H 19.5 (cm)


                        「鉄変釉花入」  W 22.5 × L 16 × H 26 (cm)
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【内田有二作陶展・2010】その3 13:52

                       「白化粧小鉢」  W 9 × L 9 × H 7.5(cm)


                           「白化粧碗」  W 12 × L 12 × H 6(cm)


             「白マット釉線文板皿」  W  26 ×  L 19 ×  H 2(cm)


                          「黄マット釉鉢」 W 16.5 × L 16.5 × H 4.5(cm)


                 「瑠璃釉皿」 W 19 × L 19 × H 2.7(cm)


                  「白化粧銘々皿」  W 14 × L 14 × H 1.8(cm)


         「青磁釉点文茶托付湯呑」  湯呑:W 10 × L 10 × H 7(cm)                                                                      茶托:W 13.8 × L 13.8 × H  2.5(cm)


                     「黒釉文銘々皿」  W 14.5 × L 14.5 × H 2.3(cm)


                              「乳濁プレート」


        「青磁鳥文コーヒー碗」  カップ:W 7.3 × L 7.3 × H7.5(cm)                                                                      ソーサー:W 15 × L 12 × H  2.2(cm)


        「鉄釉三角花入」  W 11 × L 11 × H 28.5(cm) 
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【内田有二作陶展・2010】その2 23:53
内田夫妻とは毎年この時期に一年振りの再会となる。   和歌山県在住の内田有二氏の実家は夏目漱石の「草枕」で有名な草枕温泉のある熊本県玉名郡天水町である。  年一回の里帰り作品展と有明海を隔てた島原の速魚川ギャラリー作品展がセットになっている。   今年で第8回になる。

今年は内田氏のトレードマークであるアゴヒゲがなくなっていた。  理由は聞かなかったが、若返えられた気がする。  今回も嫌がられるのを説き伏せてご夫婦のツーショットを撮らせていただいた。




温厚で誠実で優しいご夫婦に、あえてお二人の馴れ初めを聞こうとする自分の性分がいやになる。  で、・・・・聞いてみた。  奥様が答えられた。

まだ内田氏が陶芸家として独立していない時期、つまりセミプロの時代。  同時に、奥様が大阪でOLをしていた独身時代、時々通っていたコーヒーの美味しい喫茶店に多くの陶器が展示してあった。  いろんな作家の作品を喫茶店のご主人がコレクションしたものだったが、奥様はその中のひとつの作品がなぜかとても気に入ったという。  

その後、奥様は陶芸教室に通い始めた。  その教室のアシスタントをしていたのが内田有二氏だった。   奥様はその時はまだ内田氏の作品を見たこともなかった。  ある時、その陶芸教室が主宰した陶芸合宿が広島であり、奥様は参加することになった。  そこで初めてアシスタントの内田氏の作品を見た奥様は、「あなたは盗作をしている!」と、内田氏に凄い剣幕で抗議したらしい。 教室の空気は凍りついた。 「あなた、先生になんてこと言うの!」と咎める同僚達。

奥様の行きつけの喫茶店の一番好きなその作品と同じ作風だったからだ。  陶芸をこよなく愛する奥様にとって、人の作品を盗作する事、しかもよりによって自分が一番気に入っている作品とその作風を盗作されることは許せなかったのである。  まるでドラマだ。  一番仰天したのは身に覚えのない内田氏本人だった。 
 

「【赤い糸の伝説】って昔よく言ってましたよね、あれってホントウかも知れない」と内田夫人が言った。  猛暑続きにこんな話を披露して恐縮だが、ホント素敵な話である。  彼女のお気に入りの作品を作ったのが実は後のご主人になる人だった、というところまで聞いてそれ以上は突っ込めなかった。  大変な誤解から燃えるような恋に陥る二人・・・・  30年ほど前の話とはいえ、イイナァ・・・・ 


作家が作品をギャラリーに搬入し、設営する時が小生は一番わくわくする。  一年間の間に作家と作品がどのように変化し成長したのか、新しい発見や感動があるのだ。
 














 
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【内田有二作陶展・2010】その1 12:42
 
昨年に続き、内田氏の奥様が作成されたDMの第二作目。  慣れないパソコンと格闘して何とかプリンターで印刷したという。   我々昭和20年代生まれはアナログ世代でパソコンは苦手である。  が、必要に迫られたら悪戦苦闘せざるをえない。  還暦近くでここまで頑張られた奥様には脱帽である。  かく言う小生もパソコンは苦手で大嫌いだ。  便利なのはわかるけど・・・どこかで信用していない自分がいる。
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