「雛人形」

2010.02.22 Monday

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    上の写真は、毎年2月から3月までの期間、店内に展示している昭和27年当時の雛人形である。   姉の誕生年のものだから、雛人形も姉と同じ年齢つまり58歳。  当時、諫早の母の実家の祖母がわざわざ博多まで行って買い求めたものらしい。  昭和27年といえばまだ終戦後の物資不足の時代で、島原や諫早では雛人形は手に入らなかったという。

    当時の博多では屋形(館)に収まった雛人形が流行っていたらしく、恐らく大枚をはたいて孫の為に祖母が頑張ったのだろう。  この雛人形が我が家に飾ってあった記憶は姉より二歳年下の小生にはない。   二階の物置にあることは母から聞いて知っていたがどんな雛人形なのかは知らなかった。

    長女が生まれ、「実家の母が雛人形をプレゼントしたいと言っている」と妻から聞いた時、「確か、二階の物置に一式あるらしいからそれで間に合わせれば」と言って妻と口論になった事がある。   「それでは、二階の雛人形を出して保存状態を確認しなさい。  もし虫食いなどでひどい状態だったら処分し、プレゼントしてもらえばいい。  一家に二つも雛人形はいらない。  もったいない。」でその場は収まった。

    二階の物置から木箱に納まった雛人形を下ろし、丁寧に広げてみたらしばらく声も出なかった。  「・・・す、すごい!」  終戦当時の職人の想いが伝わってくる地味だが手作りの立派な雛人形だった。  

    しばらくして妻が「あんたの考え方が少しわかったような気がする」とポツリと言った。  今となっては信じられないが、あの当時の小生は亭主関白だったのだ。  ハハハハハ・・・・・


    上の写真は、昔から当家にあった雛人形の掛け軸。  オビナとメビナの位置が現在とは反対である。  これは昭和天皇の頃に天皇家(宮内庁?)が間違って飾ってから、国民がそれに習って反対に飾るようになったからだそうである。

    この掛け軸も毎年、雛人形の横に飾るようにしている。  多くの女性が見に訪れるが、年齢に関係なく彼女達の雛人形を見る時の眼は「少女」のそれである。


    上と下の写真は、昨日の午前中に速魚川でたまたま眼にしたシーン。  坊主頭の中学生の兄と歳の離れた幼い弟が、水飲み場で遊んでいた。  幼児の子守りをしているのである。  兄弟の情愛が垣間見れてほのぼのとした風景だったのでつい写真を撮ってしまった。   春はもうそこまで来ている。

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