第五回「美術刀剣展 in 速魚川」その3

2010.03.22 Monday

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    刀剣展の前日の20日(土)は、午後から文字通り「春の嵐」が吹き荒れた。  竜巻警報も出て落雷や雨に混じって雹(ひょう)も降るという荒れ模様。  市の体育館に予約していた刀剣の展示台に使う長机の搬入を、急遽午前中に変更したので難を逃れることが出来た。   

    幸いにも刀剣展の当日、21日、22日は見事な晴天で、来訪客は驚くほど多かった。  県内だけでなく九州圏内からも美術刀剣ファンが集まった。  このような企画自体が非常に珍しいからだ。    刀剣を所持する愛好家は全国に多いが「展示会」をわざわざ開く事はほとんどない。  

    従って、松井氏の熱い想いを理解する友人の刀剣愛好家達は、ボランティアで自分の秘蔵刀を提供したり、スタッフとしての協力を惜しまない。  展示会場では、朝から夕方まで次々に訪れるファンに【刀剣の語り部】松井氏の見事な説明が延々と続く。  75歳の松井氏が疲れないようにと気遣う友人の愛好家も語り部の代役を見事に果たしていた。  





    上の写真は、展示会場に掲示された「美術刀剣展のコンセプト(基本理念)」。    「もののふの心」を皆様に伝えたい、という松井氏の気持ちが伝わってくる。   「もののふ」とは、武勇をもって主君に仕え、戦場で戦う人。武人。武者の事。  文中にあるように、刀剣は「もののふ」が所持し使用する武器であった。  同時に信仰や儀礼的な用途と共に武士の魂の象徴となっていった。  明治維新以降、士農工商の身分制度が廃止され廃刀令が公布されると、刀剣は観賞用の美術品としての役割を担うようになる。   「もののふの心」つまり「武士道」は現代では死語になっているが、私利私欲を捨て正義あるいは忠義に命を掛けた日本人がいた事実は、美術刀剣の存在と共に永遠に消えることはない。


    展示会前日の夜8時頃に会場設営は終了したが、刀剣だけは松井氏に持って帰ってもらった。  いくら保険を掛けてあるとはいえ、総額○千万円の美術品を一晩預かるとなると気が重くなるからだ。

    当日の朝7時半には松井氏の展示準備が始まる。(写真)  一振りずつ丁寧に鞘と柄から刀身を抜いて、入念にチェックしながら定位置に収めていく作業が続く。  開場は9時だが、すでに数名の観客が来ている。    夕方5時半には、展示されていた刀身は再びすべて鞘に収められ、大きな木箱に入れられて松井氏の自宅に帰って行く。  翌日も展示、収納と同じ作業が二日間繰り返される。

     
















    第五回「美術刀剣展 in 速魚川」その2

    2010.03.03 Wednesday

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      来たる3月21日、22日の両日に開催される第五回「美術刀剣展 in 速魚川」に向けて、主催者の美術刀剣鑑定士・松井更生(さだお)氏は現在、来場者にいかに楽しんでもらうかをいろいろ考えている。  全国の刀剣愛好家が所有する貴重な名刀を約30振りほど保険をかけて借り受けるのだが、これは松井氏の類まれなる人徳とそれに伴う信用力、そこから生じる広い人脈があればこそ実現できるのである。  

      鎌倉時代から現在まで数百年の時間を経てもなお、当時の輝きを奇跡的に保ち続けている刀剣は、丹精を込めて大切に磨き上げてきた多くの日本人たちのバトンリレーの賜物なのだ。   「世界中の刀剣類の中で、《鉄の芸術》と呼べるのは唯一日本刀だけだと思います。  『折れず曲がらず良く切れる』という世界唯一の特性とは別に、日本刀の鉄肌から現出する多くの鑑賞要素は職人達の超人的な技術と感性によって実現しています。」と松井氏は語る。

      戦時中に日本刀の驚異的な性能に着目したナチスドイツは大量の日本刀を買い付け、本国に送って当時世界一を誇った科学力で成分分析や構造、力学分析などを試みたが、結局解明できなかった。   以前にもコラムで書いたが、その謎の解明については鎌倉時代末期、相州(相模国・現在の鎌倉)の刀匠・五郎入道(ごろうにゅうどう)正宗(まさむね)の革命的な鍛錬法の発明によっている。

      「幻の名刀《正宗》の秘蔵映像DVDが手に入りました。  刀剣展の時に会場で上映できるように方法を考えてみます。」と松井氏が提案した。

        

      上と下の写真(同一物)は、『伝・山城了戒』の刀身部分。  「その1」で紹介した『伝・筑紫了戒』の本家筋にあたり、山城の国(京都)において室町以前の南北朝期に製作された【古刀】である。   

      焼刃部分の直線的な刃文は典型的な『直刃(すぐは)』である。  先日、松井氏が「これは刀剣展に出品してもらう刀の説明書きですが、ワープロで打っていただけますか?」と一枚の手書きの紙を持って来た。  

      それは薩摩鍛冶・波平(なみのひら)一派 『銘・波平安行【古刀】』についての説明書きだった。  波平鍛冶や時代背景の説明は理解できるのだが、問題は刀身の説明箇所である。  専門用語のオンパレードでチンプンカンプンである。
      以下にその説明を添付してみる。

       「安行は江戸初期の波平派の刀工で、地鉄板目杢交えて柾がかり細やかな地沸つき、この派特有の柔らかい味を醸し出す。  刃文小沸出来の直刃小足入り、所々湾れ刃交えて刃中明るく洗練味充分。  総体に健全で出来良く、好感の持てる真面目な作である。」        

      で、「こりゃいかんなぁ」ということで松井氏から頂いた初心者用の本 『図解・日本刀事典』の中から基本的な部分を抜粋して今後コラムに添付する事にした。  刀剣用語、鑑定用語の意味をある程度理解しておけば、本物の名刀と対峙した時の感動がより深くなるはずだ。 











        

























      第五回「美術刀剣展 in 速魚川」その1

      2010.02.23 Tuesday

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        速魚川ギャラリーが誕生した平成10年に「第一回 美術刀剣展」を開催した。  それから第三回まで毎年5月に開催していたが、その後3年間の休止を経て、平成16年に第四回を開催したのが最後だった。

        したがって今回の刀剣展は6年ぶりの復活ということになる。  当時(前回)のチラシの案内文を以下に紹介する。

        美術刀剣の鑑定士・松井更生(さだお・雲仙市国見町在住)氏の個人プロデュースによるこの展示会は、国内でもほとんど例がなく、レベルの高さや構成の充実度から県内外の注目を集めています。

        「しのぎを削る」「付け焼き刃」「鯉口を切る」「切羽詰まる」など我々が日常使っている日本語に、【かたな】からきた言葉が多いのは、日本の歴史や文化に刀剣が与えてきた影響がいかに大きいかを物語っています。


        会場では《刀剣の語り部》松井氏より、【かたな】の有名な産地が国内に5箇所あったこと(大和、山城、相模、備前、美濃)や、製作された時代で「古刀」、「新刀」、「新々刀」、「現代刀」に区分されること、刀身は砂鉄を原料にした「たたら製法」による玉鋼(たまはがね)で作られること、など初歩的な知識から、【かたな】を通して日本の歴史や文化、匠(たくみ)たちの伝統技術などを聞くことができます。

         「鎌倉期から現代までと銘打って美術刀剣展示会を実施してきましたが、今回は財団法人日本美術刀剣保存協会の鑑定書付きの名刀を主に展示し、日本刀が日本伝統の文化財であることを知ってもらう意図のもとに日本人の誇りである【もののふの心】を歴史とともに鑑賞していただくことを願うものです。」      松井更生 


            ★ 第五回【美術刀剣展 in 速魚川】 by 松井更生

           ★ 平成22年 3月 21日(日・春分の日)、22日(月・振り替え休日)

           ★ 午前9時〜午後6時 (入場および鑑賞料は無料です)
         



        上と下の写真(同一物)は、『伝・筑紫了戒』の刀身部分。  山城の国(京都)の刀匠である了戒一門が南北朝の戦乱を逃れて、九州筑紫の国に移住し繁栄した。  この一派を『筑紫了戒』という。  室町から安土桃山時代の末期【古刀】。

        作柄は本国の了戒に似た山城伝だが、腰反りが加わり優雅を誇った公卿達好みの姿を残している。  写真では判り辛いが、刀身の波立った刃文(はもん)は乱刃(みだれば⇔直刃・すぐは)と呼ばれ、よく観察すると丸い碁石が連続したように見える。  これは乱刃の中でも『互の目(ぐのめ)』と呼ばれる刃文である。 





        上と下の写真(同一物)は、『銘・出雲国 貞法作之』の刀身部分。  平成10年8月に島根県仁多郡横田町大字在住の刀匠・小林貞俊氏(昭和11年生まれ)によって製作された【現代刀】である。   小林氏は全日本刀匠会理事を務め数々の受賞歴を持つ名工。  福岡県久留米市在住の名工・遠藤栄次氏主宰の遠藤永光一門から出ている。

        出雲(島根県)は平安時代より現在まで良質の砂鉄が算出されており、名工の産地である備前、備中、備後の名工達の需要に応じてきた。   刃文が直線的な直刃(すぐは)に対し、『伝・筑紫了戒』と同様に波を打った乱刃(みだれば)である。
        同じ乱刃でも『伝・筑紫了戒』が『互の目(ぐのめ)』の刃文であるのに対し、この『銘・出雲国 貞法作之』は、丁子の実を重ねたような模様『丁子(ちょうじ)』の刃文、その中でも丁子の上にさらに丁子が重なり、花弁が重なり合っているように見えることから『重花丁子(じゅうかちょうじ)』の刃文と呼ばれる。    

        下のアップ写真を観察すると、波を打った刃文のライン上から刃先に向かって、湯気が立ったように灰色の縦線が延びているのがわかる。  この状態を「足が刃先まで抜けている」と表現する。
         


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