『2015年のカレンダー紹介』その2

2014.10.28 Tuesday

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    8月のお盆が過ぎる頃に、福岡の書家・井上龍一郎氏は翌年のカレンダーの構想と制作に取り掛かる。10月中旬には販売を開始しないと、アッという間に年末がきてしまい《売れ残り》の憂き目に遭うからだ。大晦日までに大掃除を終え、新旧のカレンダーを取り換えることで新年を迎える心の準備をする、という日本人の習慣が残っているからだろう。

    島原のお盆・8月15日は精霊船を海に流す習慣があるが、精霊船に積む島原特有の優雅で美しい【切子灯篭】は、8月下旬から製作を始めなくては翌年のお盆に間に合わないという。7月下旬頃から、初盆を迎える家に【切子灯篭】をお供え物として贈る習慣なので、その頃までに取扱い業者は膨大な数の【切子灯篭】を完成させておかなくてはならない。美しい多面体を持つ島原の【切子灯篭】ほど製作に手間のかかる灯篭は日本にほとんどないと思われる。それらが8月15日の一晩で消えてしまうのだ。

    カレンダーは逆に一年中、人目にさらされ、会社や家族のスケジュールの目安になる必需品だ。月が替わり新しいページをめくる時のワクワク感と部屋の雰囲気までも変えてしまう絵画的要素・・・制作者である龍一郎氏や神田亜美氏は、春夏秋冬12か月分の12枚をどのように季節の変化を持たせ表現するか?苦心したはずだ。あと2か月!!【龍一郎のカレンダー2015・笑って前進いたしましょう】はA4版サイズで1部1200円(税込)を限定20部、当店で販売しています。龍ちゃんファンは是非ともお買い求めくださいませ!












































































    『春らんまん展・2014』その4

    2014.04.03 Thursday

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      4月1日の午後3時頃、長崎新聞島原支局の記者・下釜氏より「今から書道展の取材に伺いたい」と電話があった。「長崎新聞」は発行部数18万5000部で県内最大の購読者数を誇る新聞である。『春らんまん・2014』の広報活動が思うようにできていなかったので、非常に助かった。下釜さん、大変ありがとうございました!! 本日の朝刊にカラー写真入りで掲載していただいた(上の写真)。

      3月28日(金曜)に島原に到着した福岡の書家・井上龍一郎氏は、5日前に罹った風邪でほとんど食事も摂っておらず微熱の続く絶不調のやつれた状態だったが、30日(日曜)に福岡に帰る日は、顔色も回復し食欲も旺盛になっていた。「お互いにもう若くはないんだから、無理しないように健康に注意して残りの人生、命がけで思いっきり突っ走ろう!」と意味不明のシュプレヒコールを挙げるのだった。

       ★ 過去の【書家・井上龍一郎】ブログ ここクリック ⇒ 
      http://blog.inohara.jp/?cid=39652

      会期も残り3日間。元気を取り戻した龍一郎氏は

      5日(土曜)の午後に島原到着、6日(日曜)最終日の夕方に福岡に帰る予定。

         最後の最後まで、多くの皆様のご来場をお待ちしております!!

         


      長崎新聞の記事に『ゲルニカ事件』の事が触れられていた。1988年に起きた事件なので、今の若い人は知らないかもしれない。1996年5月27日、TBS・筑紫哲也のNEW23で特集【卒業式のゲルニカ】が放送された。その映像から画像をピックアップして以下に紹介。










      1987年4月、福岡市立長尾小学校に赴任した井上龍一郎氏は、何も知らされることなく6年3組の担任を任される。教員生活8年目の井上氏は、初めてそのクラスの教壇に立って異様な雰囲気に圧倒される。「気味が悪かったですね。シラ〜として何も寄せつけない雰囲気でした。」と当時を述懐する。

      新任の井上氏をクラス全員が無視し、女子児童の髪の毛を掴んで床を引きずり回す男子児童や無関心に自習する児童、不登校の児童・・・呆然としながらも、手探りで何でもいいから子供たちのやりたいことをやらせようと、授業をせずに子供たちとグラウンドでサッカーをしたりした。多感で聡明な子供たちは井上氏の様子を観察していたが、次第に打ち解け授業を受けるようになった。クラスが荒れた原因は5年生の時、臨時で担任した教頭の酷い体罰によるものだと後からわかった。



      《学級崩壊》していた6年3組が次第に変化し始めた。二学期になると、子供たちがクラスの旗を作ろうと盛り上がり、モチーフを『風の谷のナウシカ』に決定。井上氏は学校側と交渉して、古いカーテンを調達した。図書館の『ナウシカ』の本を巨大なカーテンに正確に写すには「比率」の概念が必要になり、算数の授業が始まった。子供たちは真剣に勉強した。

      6年3組のクラスの旗『ナウシカ』が完成に近づくと、最初は邪魔をしていたサッカー少年たちが「絵の下手なオレたちは、これくらいしかできんけん」と、筆を洗う手伝いを始めた。クラスの心が急激にひとつになるという奇跡が起きた。もう、いじめも無関心も不登校もなくなっていた。そして、遂に完成した時「卒業記念に学年全体で旗を作ろう」という話が再び子供たちから持ち上がった。

      候補に挙がったのは、地元福岡出身の画家・青木繁の『海の幸』と坂本繁二郎の『馬』そしてピカソの『ゲルニカ』の三作。井上氏が「青木繁の『海の幸』が良いんじゃない?」と言うと「自分たちで決めるから先生は黙ってて」と制された。子供たちは卒業記念作品のモチーフとしてピカソの『ゲルニカ』を決定した。運命の歯車が大きく動き始めた瞬間だった。





      20世紀を代表する画家パブロ・ピカソが満身の怒りを込めて制作した『ゲルニカ』を卒業記念作品に選んだ長尾小学校6年の児童たちにとって、学ばなければならない多くの課題が立ちはだかった。『ゲルニカ』誕生の歴史的政治的背景から画家ピカソの人物像、キュビズムと抽象絵画、戦争と平和問題など、13歳の子供たちにとって初めて知る世界ばかりだったが、彼らは真剣に学び自分たちで考え行動することの大切さを『ゲルニカ』製作を通して知ることになった。

































      『春らんまん展・2014』その3

      2014.03.29 Saturday

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        昨日、午後から到着予定の福岡の書家・井上龍一郎氏が、午後3時になっても現れない。【川遊びの会】の才藤和彦氏が、作品の撮影のために一眼レフのカメラを持参して店内で待っていてくれたが「遅いですね・・・何かアクシデントでもあったのかなぁ・・」と心配していたら、午後4時半に龍一郎氏が到着。しかし、どうも顔色が良くない。今週の月曜日から風邪に罹り、熱でボーとしながら気力を振り絞って運転して来たという。

        それでも翌日から始まる『春らんまん・2014・龍一郎書展』の会場設営を済ませておかなければならない。黙々と作業に取り掛かる龍一郎氏を才藤氏が見事にサポートしてくれた。次々に梱包から取り出される作品を観て、才藤氏も小生もその迫力に圧倒された。年々、作風や内容がどんどん変化していくのを楽しんできたが、今年の作品は、従来の龍一郎作品とはかなり異なっているような気がする。うまく表現できないが「抜け出した」という感じ。龍一郎独特の激しさ、力強さから、フッと力が抜けた異次元の不思議な雰囲気が滲み出ている。ため息の出そうな絶妙なバランスと遊び心が随所に現れている。なんかあったのかなぁ・・・龍ちゃん・・・・


                  【龍一郎の公式サイト】 ここクリックしてね! ⇒   http://furyu.holy.jp






























        『春らんまん展・2014』その2

        2014.03.12 Wednesday

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          福岡の龍一郎氏から送ってきた小包を開けたら、厚めA4の上質紙に印刷された鮮やかなマジェンタ色の文字が眼に飛び込んできた。「おぉ!シンプルで強烈な『春らんまん』ばい」と、感心していたら「ありゃ!?・・・・会期が2013年になってるぅ〜」と間違いに気づいた。すぐに龍ちゃんに電話したら「え〜!?・・・で、でも、書で2014って書いてるから大丈夫よ」「・・・・そうだよねぇ」と、なぜか納得した。(下の写真)

          あの几帳面で、しっかり者の龍一郎氏が「弘法も筆の誤り」だったのだろう。しかし、お互いに還暦前後。いずれ「あのぉ・・以前どこかでお会いしましたよね?」とか、言い出す日が来るのかもしれないなぁ・・・・






          チラシの中に、龍一郎のメッセージが書かれていたので、拡大して添付した(上の写真)。日本の教育界に一石を投じた「ゲルニカ裁判」の原告として文部省を相手に最高裁で闘った10年間、現在も続けているアフガニスタン難民支援の団体「ペシャワール会」事務局の活動、書道家として東日本大災害や原発事故へのメッセージの発信・・・・龍一郎氏は常に大衆の苦悩や悲しみに寄り添い、理不尽な権力体制や世の不条理と闘ってきた。

          日本人の根底に流れる武士道を基にした「死生観」が彼のメッセージの底流に存在している気がする。「いかに美しく今世の最期を迎えるか・・・そのためにはいかに美しく日々を生きるか、『今』というかけがえのない一瞬を大切に使うか、にかかっている」とも読める文章である。わずか80数年ほどで消滅する肉体と精神に宿った我々人間の魂は、その肉体と精神を【道具】としてそれぞれ異なる人生の道を、自らの選択でひたすら『体験』していく。【道具】を有効に大切に使い切って、数々の波乱万丈で豊かな『体験』を実現した時、魂は喜んで旅立つのではないだろうか? 龍一郎氏のメッセージからそのようなことを考えてしまった。




          『春らんまん展・2014』その1

          2014.03.03 Monday

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            あっという間に今日は3月3日・・・・全国的に『ひな祭り』が展開している。桃の節句というくらいだから、桃の花はあちこちで咲いているんだろうなぁ。二週間前にふらっと雲仙市国見町の神代(こうじろ)小路(くうじ)に行って来た。重要伝統的建造物群保存地区に指定された小路の鍋島邸に行ったら、名物『緋寒桜』の鮮やかな赤い花が咲き始めていた。

            江戸時代より以前、島原半島のほとんどを手中に収めた有馬氏は、現在の神代(こうじろ)地区を統治していた神代氏を配下におこうと四苦八苦していたが、神代氏はなかなかなびかない。そこで一計を案じて盛大な宴を催し、招待した神代氏を家来もろとも殺害した。同時に、神代氏の記録も歴史から抹消したが、わずかに残った記録にこの事件の様子が書かれており、唯一「蘆塚(あしづか)」という家臣の名前だけが残されていた。

            現在、国見町在住の郷土史研究グループの何名かで、歴史から消された神代氏の記録を復活する調査をしており、昨年、我が家にも電話があった。小生の祖母(父方)小夜が、雲仙市瑞穂町西郷甲栗林の蘆塚家から当家に嫁いでいたからだった。当時(大正時代)祖母の父親は「西郷村(瑞穂町の前身)」の村長をしており、1637年「天草・島原の乱」で、天草史郎時貞の参謀を務めた蘆塚忠右衛門の子孫にあたる、と聞いた。400年以上前に、時の権力者によって消された神代一族の歴史は果たして再び蘇るのだろうか?

            さて、今月の29日(土曜)から4月6日(日曜)まで、福岡の書道家・井上龍一郎氏による『春らんまん展・2014』in 速魚川が開催される。現在注目を集めている博多駅ビル・博多阪急百貨店での作品展や、ベルギーの国際アート展への出展、そしていよいよ今年はアメリカでの出展が決まり、国際的に認知度が高まる龍ちゃんではあるが、島原市の春のイベント『芝桜まつり』の題字(写真のチラシ)や『島原半島世界ジオパーク』の題字も書いている(写真)。今年はどんな作品を春の島原に持ってきてくれるのだろうか?


              
            春らんまん展・2014 』in 速魚川

            ★ 平成26年29日(土曜)〜日(日曜)










            一昨年(平成24年)の9月に収録されたNIB(長崎国際テレビ)の番組『カツヤの休日』は、以前ブログで紹介した。
            サブタイトルは「〜島原の水・町・人と〜」で、知人の女性ディレクターが制作を担当し、当店も取材協力をした。

              ★ 当時の取材風景のブログはここクリック ⇒ 
            http://blog.inohara.jp/?cid=39690

            NIBの女性ディレクターは「夜に、速魚川の茶房で勝谷誠彦さんと島原市民との交流風景を収録させて欲しいのですが・・・」と言ったので「料理は当然、ガンバ(トラフグ)とかガネ(ワタリガ二)とか地元の名物料理が出るんでしょうね?」と条件をつけると「はい、番組の制作予算からなんとか捻出します。」と答えた。ギャラや会場使用料が出ないんだったら、せめて食べたや高級料理って・・・ね。半世紀前までの有明海は全国屈指の豊穣の海で、トラフグとかワタリガ二なんてウジャウジャ泳いでいて、別に食べたいとも思わなかったのに・・・  

            島原の観光や物産をPRする目的で、毎年、島原市がスポンサーになってテレビ番組制作のコンペ(公募)をしており、NIBの企画が通ったのだ。国内はもとより世界中を巡ってきたジャーナリスト・コラムニスト・カメラマン・コメンテーターの勝谷誠彦氏は、的を得た辛辣なコメントで国民的人気を得ている。四国の「讃岐うどん」を全国区にした仕掛け人としても有名であるが、彼が島原をどのように見ているのか?非常に興味があった。

            夕方から収録がスタートし、名物料理の撮影が終わっていよいよ交流会が始まり、地元「山崎酒造」の純米大吟醸の銘酒で乾杯。カメラが回っているのに、小生は貧乏人の哀しさから黙々と食べかつ呑んだ。酔いが少し回ったところで話題が「島原半島世界ジオパーク」へ。千載一遇のチャンスとばかりに「島原半島世界ジオパークを一言で強烈に伝えるキャッチコピー」を勝谷氏に要求した。彼は一瞬沈黙し「
            地球のはらわたが見える場所」と答え「これであなたの世界が広がる」と付け加えた。 会場が一瞬静まったあと万雷の拍手。天賦の才能とはまさしく彼のことかもしれない。

            すかさず「そのコピーは頂いてもいいんですよね?」と冗談っぽく念を押すと「エールフランスのコピーが一行で数百万円だから・・・」と勝谷氏がジョークで返して会場は大爆笑。・・・・ということは、著作権は番組スポンサーの島原市が獲得したことになる。この一連のシーンは、翌月の10月27日にテレビで放映されたが、このキャッチコピーの価値の重要さを理解できる行政担当者がいないことはわかっていた。もし理解できてても、パンフレットやチラシ、ポスターなどの広報に使用するリスクを避けたがるのが行政感覚だ。たしかに危機感も持たずリスクも冒さずに、地方がのうのうと暮らせた時代もあったが・・・・

            この話に賛同した友人が、勝谷誠彦氏のキャッチコピーを書家・井上龍一郎氏に書いてもらい、行政に提案し、プレゼントする行動を起こしてくれた。以下が龍ちゃんから届いたキャッチコピーの作品群。強烈な言葉と強烈な書の激しい拮抗と見事なコラボレーション! たった一行のキャッチコピーや一枚のポスターが大衆の意識を捉えた時、会社や業界や地域の経済や文化を活性化させる不思議さ。島原市は「地球のはらわたが見える場所」の言葉と書の著作権をすでに所有している。だったらいつやるの?・・今でしょ!! しかし、書家・龍一郎が「はらわた」という言葉をこんなに何枚も書いたのは、恐らく生まれて初めてだったんじゃないかなぁ・・・









            「春らんまん・2013」in 速魚川・その5

            2013.04.15 Monday

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              龍一郎書展「春らんまん・2012 in 速魚川」も昨日で無事終了した。今回の作品展に関わって頂いた多くの関係者および観客の皆様には深く感謝致します。速魚川ギャラリーを開設して丸15年目の春を迎え、多くの出会いや出来事が走馬灯のように脳裏に現れては消えていく。茶房&ギャラリー【速魚川】と猪原金物店は多くの人たちによって生かされてきたのである。龍一郎の書『感謝』が強く自分の心に響いてくる。


              先週、龍一郎氏から預かった大型色紙のカレンダーをギャラリー会場に展示していたら、若い女性の観客から「この『週三回』ってどういう意味なんですか?」と尋ねられドギマギする龍一郎氏。「え〜と・・・いろんな解釈がありますが、プロ野球の世界では西鉄時代の鉄腕・稲尾投手みたいに連日登板すると肩を壊します。で、週三回、ぁ、いや中3日、いや今では最低でも中4日以上開けた先発登板がいいと言われています。ハハハハハ・・・・」とシドロモドロの説明。何を言ってるのか自分でも判らなかったんじゃないかなぁ、龍ちゃん





              上の写真が『夜桜』下の写真が『日中の桜』。水墨画を習い始めて何年になるのか、最近めっきり腕を上げてきたようだ。三島由紀夫の『金閣寺』などにも日本人の死生観、美学が随所に描かれているが、ラストシーンで炎上する金閣寺の異常な美しさと一斉に散りゆくサクラの潔さがオーバーラップしてくる日本人の『無常観』において消えゆく刹那こそが美を極限まで昇華させるのだろうか?



              上の写真『響喜(きょうき)』は、龍一郎氏の造語である。あえてただならぬ「狂気」と同じ読みを選び、喜びが多くの人々に響き合い急速に拡がっていくイメージで書かれている。

              下の写真は、世界的ミュージシャンでロックギタリストの布袋寅泰(ほてい・ともやす)の曲『燃え尽きるまで(BORN TO BE FREE)』をモチーフに書かれた。絶妙なバランスと抜群の迫力・・・龍一郎の燃える闘魂が垣間見える気がする。


               

              「春らんまん・2013」in 速魚川・その4

              2013.04.08 Monday

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                7日(日曜)午後12時半に龍一郎氏が到着。やはり国道を4時間も運転してきたので疲れた様子。先週受けた注文分も多忙の中でちゃんと制作して持参する、という几帳面さはさすがである。その中に国見町の老舗旅館の女将さんから依頼を受けていた今年のカレンダーも含まれていた。彼女は龍一郎のファンである。

                「今年のカレンダーは大きめの色紙(40僉滷械沖僉砲暴颪い燭箸韻鼻△匹譴気に入られるかわからんけん全部持って来たと」「うわぁ〜!こんなにたくさんあると?」「一枚1500円で路上販売で結構売れたよ」「全部手書きやろ?・・・いい感じやねぇ・・でも、もう4月ばい、もったいなかねぇ」「気に入ってもらえたらそれでいいのよ」「(カレンダーを見ながら)こ、これはあんまりばい!(と、何枚か抜いて)旅館には向いとらんよ、うちで展示しようね」・・・・と言うことで7枚のカレンダー(下の写真)を預かることにした。







                 

                「春らんまん・2013」in 速魚川・その3

                2013.04.03 Wednesday

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                  福岡の書家・井上龍一郎氏についていろんな事をこのブログで紹介してきた。その中で一度だけ彼のアトリエを訪ねた時のものがあった。2009年に書いたそのブログのタイトルは「わが青春の【龍山泊】」。龍一郎のアジト(アトリエ)の写真などが掲載されている。興味のある人はここをクリック⇒ http://blog.inohara.jp/?eid=858342




                  ただいま島原「速魚川ギャラリー」で書展開催中!

                  今回は「掛け軸」4点を中心に展示した。

                  日本人の生活が洋風になって 「掛け軸」を楽しむ習慣が無くなってきた

                  しかし 掛け軸って なんかカッコイイ

                  そこで 小ぶりの掛け軸を作ってみた。これだと マンションの部屋でも 気軽に楽しめる。

                  季節ごとに掛け替えたり。家族のイベントごとに取り替えたり。

                  今の生活のいろいろな場面で掛け軸が楽しめる。

                  これって なんかカッコイイ

                  日本人の遺伝子なんじゃなかろうか・・・・・

                   
                                            龍一郎の4月3日ブログより




                   

                  「春らんまん・2013」in 速魚川・その2

                  2013.03.31 Sunday

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                    作品展前日の30日午後1時に福岡の書家・井上龍一郎氏が速魚川ギャラリーに到着。高速道路を使わず国道を運転してきたので片道4時間かかったそうで、龍ちゃんといえどもやはり人の子、少し(かなり)疲れた様子。ギャラリーには食事のお客様が何組かいたのでしばらくコーヒーを飲みながら歓談して休憩をとることにする。

                    午後2時半過ぎにギャラリーが空いてきたので、いよいよ会場設営がスタート。歯科医師・清水康裕氏や川遊びの会・才藤和彦氏が手伝いに来てくれたので大いに助かった。ご両人様、大変ありがとうございました! で、4時半頃には【春らんまん・2013】龍一郎・書展の会場設営が無事完了した。(下の写真)今年も迫力のある凄い作品が展示された。

                     ★ 龍一郎氏本人は4月7日(日曜)と13日(土曜)・14日(日曜・最終日)に速魚川ギャラリーにいる。
                     




                    上と下の写真は、31日(作品展初日)の朝に道路沿い用とギャラリー入口用の2枚の看板を書いている様子。当店で販売している手漉き和紙の中からサクラの花びらを連想するピンクの和紙を選んで、中庭の廊下で龍一郎が真剣に書いている。

                    「筆は持って来とらんと?」「ウン・・忘れた」「これ、娘が昔使ってた硯箱。時々イベントの時使ってるけど、ちゃんと筆も硯石も墨汁も入ってるよ。ほら(と、開ける)」「エッ・・・こ、これで書くのぉ?・・・」「龍ちゃん、さっき竹でも雑巾でもなんででも書くって言ってたでしょうが」「ウゥゥ・・・・」







                    上の “ おぞましい写真 ” は、このコラムに掲載すべきか迷ったが、そのインパクトの強さに負けて掲載してしまった。「老眼鏡をどこに置いたかなぁ?・・・・」と還暦過ぎの書道家が店内を行ったり来たりしている。今月の雲仙観光ホテル「サヴィニャック展」の際、主催者・山下純弘氏から「ビックボールペンの販促アイテムです。ビックのオマージュを書いてくださった書家・井上龍一郎さんにお渡ししてください。」と預かっていたネック・ストラップを龍一郎に渡し「ほら、これに老眼鏡を付けたら失くすことないでしょ。」と言ったら嬉しそうに首に掛けた。

                    いつの日かお互いにどちらからともなく「あのぉ・・・以前どこかでお会いしましたよね?」と、言い出さない保証はない。認知症の配偶者や親を介護している知人の話をよく聞くようになった。物忘れの激しくなった自分も近い将来そうなるのだろうか? 今月で速魚川を作って丸15年を迎えようとしているが、龍一郎氏も自分も当時まだ40歳代。それから10年後、つまり今から5年前(2008年)に速魚川生誕10周年祝賀会をした際の龍一郎氏からの寄稿文が残っていたので本人の承諾を得ずに無断で以下に掲載する。(龍ちゃん、かんにんぇ
                    !)

                     「創造だけが ボクらを 結びつけているんだ」 書道家・井上龍一郎手記 

                    「ねえリュウさん。島原にすごく雰囲気のいいギャラリーがあるんだ。一緒に二人展をせん?」  とホンダ(人形師・本田宗也)が唐突に言った。

                    「なんのこっちゃ?」ボクはホンダの言葉が解らなかった

                    ホンダの説明によると、昨年「速魚川」で初めての個展をやらせてもらったそうだ。オーナーはとても変わり者で、気に入った作家しか個展をさせないそうだ。ホンダは、何度も断られて、やっと個展にこぎつけたと言う事だった。個展をやってみたら、美しい渡り廊下の白壁が空いているのがもったいないと思ったそうだ。そこに、リュウさんの作品を飾ったら、きっといいと思ったそうだ

                    「その変わり者のオーナーは、絶対リュウさんを気に入るよ」とも言った。

                    そうして、「二人展 春らんまん」が始まった

                     

                    「変わり者のオーナー」ってのが、やっぱり変わり者だった。個展の期間は何度か島原におじゃました。その度に「変わり者のオーナー」と飲んだ

                    一度目は、多少緊張があった。しかし、相手を値踏みするような、探るような態度ではなかった。ボクはそのことが嬉しかった

                    二度目は、もうずいぶん昔から友達であったような感じで酒が飲めた。自分の経歴ややってきた事など素直に語ることができた

                    そしてボクは言った。「個展などと称して自分の書を他人様に見ていただいたり、ましてや値段を付けて買って頂くレベルの作品じゃありませんよ。しかし、こうして縁あって始めたことです。10年は連続でやりたい。毎年毎年の精進と成長を見ていただきたい。その成長する姿そのものがボクの作品です」と宣言した。

                    「変わり者のオーナー」は、ボクのあつかましい申し入れを快く承知してくれた。

                    2001年の春のことだった。21世紀に入って、世間は新しい何ものかへの期待に沸き立っていた。ボク自身は。確実に。思いもしない方向に進もうとしていることを感じた。そして、深みにはまってしまった。人生は弾みだ

                     

                    「変わり者のオーナー」と何度も飲んでいるうちに、ひょっこり「京一会館」の話が飛び出した。「京一会館」ってのは、京都・一乗寺にある映画館だ。スーパーの2階部分が映画館になっていた。東映の「ヤクザ映画」や「日活ロマンポルノ」を中心に週代わりで上映していた。ボクは、30年前この映画館に通うために一乗寺に下宿していた。

                    祝日の前夜はオールナイトで「特集5本立て」で特別上映があった。ボクは、下宿から座布団とやかんと湯のみをぶらさげて、毎回見に行った。70年代の京都の学生の雰囲気は特別なものがあった。学園紛争の嵐は収まりつつあったが、激しい情熱は内に籠もって爆発の時を待っているかのようだった。「京一会館」の暗闇の中で、学生達の熱い息遣いが好きだった

                    「京一会館」閉館が決定した特別な夜に「変わり者のオーナー」も同じ映画館にいた。「日活ロマンポルノ5本立て」、しかも主演女優の舞台挨拶がある。白川和子・宮下順子・片桐夕子・谷ナオミ等々。独り下宿でお世話になった方々が、目の前にいる。鼻血が出そうだった。「変わり者のオーナー」も「オナー」をしていたに違いない

                    若かったボクらは、京都の同じ空気を吸っていた。同じように「青春」ってやつをのた打ち回っていた。この夜の「京一会館」の話になると、何時間でも飲めた

                     

                    ボクラは、感じていた。与えられたものを受け取るだけではつまらない。自分で何事かを成すこと。自分で何ものかを作り出すこと。これこそが面白いのだと。ボクらのいた京都は、そんなことを教えてくれたように思うのだ。

                    同じ空気を吸った者が、島原で出合った。「速魚川」での「創造」を通して、ボクらは結びついた。助平なオヤジ達が、何を創り出していくのか。わくわくであります。速魚川にロマンポルノの熱を!

                    「春らんまん・2013」in 速魚川・その1

                    2013.03.21 Thursday

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                      いよいよ福岡の書家・井上龍一郎氏の個展が3月31日(日曜)から4月14日(日曜)まで速魚川ギャラリーで開催される。今回で13回目になる。出会った当時46歳の小学校教員だった龍一郎がもう還暦を過ぎた。
                      その還暦の歳になんとホームページを立ち上げブログを始めた。覗いてみると、これがなかなか良い。

                          ここクリックしてね! ⇒  
                       http://furyu.holy.jp


                      上の写真は、龍一郎氏から送付された【春らんまん・2013】龍一郎・書展 in 速魚川のDM。淡いピンクのサクラをバックに「感謝」の文字が書かれている。「感謝」・・・・当たり前になると真っ先に忘れる基本概念だが、左脳の我(エゴ)の煩悩の中で「感謝」を忘れずに日々を過ごすことは確かに難しい。

                      下の写真は、鹿砦社(ろくさいしゃ)の今年のカレンダーの3月のページをスキャンしたもの。字面(じづら)通りに読むとおめでたいが「3月11日を境に日本人の意識が変わろうとしている。地震と津波と原発事故・・・それに対する政府や自治体、東電などの対応を観ているとこんな皮肉を書いてみたくなりました。」と龍一郎氏が説明してくれた
                      ルイ・アームストロングの歌「What A Wonderful World」と放射能汚染・・・