猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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【東京物語・2012】その2 21:12
翌日の25日(日曜)は、いよいよ待望の【ギィ アンティックギャラリー】に、二人の娘の案内で電車を乗り継ぎながら向かった。 新宿から25分ほどである。 で、下赤塚駅で下車し改札口を出たところで「あれ? 違うみたい・・・」と頼りにしていた長女がつぶやく。 「おいおい、二人とも去年来たんだろうが」「おかしいなぁ・・・」 

山下純弘氏に電話すると、北口と南口を間違えていたのだ。 ・・・・ったく、方向音痴は誰に似たんだろうか?・・・  踏み切りを渡って南口のほうへ行くと山下氏が手を振って迎えに来てくれた。 【ギィ アンティックギャラリー】は、駅から歩いて20秒ほどの至近距離にあった。



「エ〜! 東京にまだこんなレトロな木造洋館が残っているんだぁ・・・・」山下氏に誘導されて【ギィ アンティックギャラリー】に着いた時、お向かいの「石井歯科」の建物を見て驚いた。 「はい、今3代目の先生がしっかり仕事をされています。 なんとかこの建物は守って欲しいと思っていますが。」と山下氏が説明した。


【ギィ アンティックギャラリー】のお洒落で可愛いエントランス(玄関広場)には、ステンレス製の円卓に背もたれのある長椅子と折りたたみ式の帆布チェアが置かれている。 日向ぼっこをしながらコーヒーをすすりタバコをくゆらせる山下氏の姿が浮かんできた。 先ほどまでの都心の雑踏や騒音がまるで嘘だったかのような異空間である。


ギャラリーの内装の壁や天井は上品な白で統一してあり、床は優しいフローリングの板が張られている。 照明の電球色の赤が、壁や天井の白に反映して、包み込むような懐かしさと暖かさを演出している。 ここが山下氏の舞台であり、城であり、戦場なのだ。   



20世紀アートポスター界の巨匠・サヴィニャックについて多くの書籍が出版されているが、掲載されているポスター作品の出典元を見ると、【ギィ アンティックギャラリー】が多いのには驚かされる。

上の写真は、1959年に描かれた「カンガルーファスナー」の原画。 いろんな本や雑誌、ポストカードで見たことはあるが、本物の原画の迫力と大きさ(1600×1180弌砲縫咼奪リ。 

   
サヴィニャック曰く
      「作家はポスターをアトリエで産み落とす。
       すんなり産まれる場合もあれば、難産も多い。
       だが重要なのは、産まれた赤子が生命力にあふれ たくましく在る事である。」
       ・・・・・と。



「この木製ドアはイギリスのアンティックです。 すりガラスの絵が気に入って取り付けました。 このドアの向こうが私の仕事部屋です。」と言ってドアを開けると、壁面に固定された長テーブルの上にパソコンやファックス、電気スタンドなどが置かれ、上の棚には膨大な資料や書籍類が並べられていた(下の写真)。 



上の写真は、ギャラリーの背面奥にある倉庫兼作業室。 ここにストックしてあるサヴィニャックのオリジナルポスターやリトグラフを綺麗に額装し梱包して、国内外の顧客や作品展会場に輸送するのだ。 作業台の下にはポスターを収納してある引き出しがズラリと並んでいる。 限られた空間の見事な有効利用・・・・ 当店も見習わなくては、と反省しきりであった。



山下純弘氏の「モード画」は今月のコラムで紹介したが、新作がどんどん生まれている。 ギャラリーの一角にモード画のコーナーがあったので撮影。(上と下の写真)  ゾクッとするような女性の美しさを、墨を使ったモード画を通して見事に表現してある。 来たる6月9日(土曜)〜17日(日曜)開催予定の第二回「サヴィニャック展 in 速魚川」では、速魚川ギャラリーの一角に「モード画」を展示して欲しいと思っている。







店内のショーケースには西洋アンティック、特にブリキの懐かしい玩具がビッシリと並べられている。 当時の世界中の子供達や大人も魅了してきたオモチャ達・・・・ 現在では入手困難なレアもののコレクションで、映画のスピルバーグ監督やナイキの社長を初め世界中のアンティックブリキ玩具マニアとの交流が現在も続いている。 



「この円盤は以前、私のプロデュースで田邊朗さんに作ってもらったものです。」と、上の写真の作品を見せてくれた。 見ているだけで色んな物語が次々に浮かんでくる不思議な造形のUFOで「少年の遊び心」を痛いほどくすぐる作品である。 

「ほら、これがシャトル・シップ(船)で、それぞれに磁石が付いているので母船にくっつきます。そしてこの傾斜のついた入り口から母船内部に戻っていくのです。」と説明をする山下氏の表情は少年そのものだった。 同時に、山下氏の夢を満たすほどの作品を作れる金属彫刻家・田邊朗氏も凄いと思った。  


「最近、毎日スケッチブックに絵を描いています。 かなりの枚数を描き込むつもりです。」と、話しながら山下氏はテーブルの脇にあったスケッチブックを開いて見せた。 「エ~!! 素敵〜!」と二人の娘が感嘆の声を上げた。 墨独特の色やにじみの効果と筆のタッチを生かしながら見事に表現してある。 









サヴニャック関連の本や雑誌でも見たことのない作品がギャラリーの壁にさりげなく展示してある。 世界一のサヴィニャック・コレクターとして名高い山下氏しかできない、マニア達を唸らせる憎い演出。





コーヒーをご馳走になりながら、山下氏の話に聞き入っている二人の娘。 いろんな企業や大学、自治体などから講演依頼を受ける山下氏のトーク・ショーは、数多くの経験や広い見識、深い哲学に裏付けられており、聞く人達に深い感動と勇気を与えている。


二人の娘のリクエストに応え、昼ごはんは近所のインドカレー専門店へ。 以前二人で来た時に山下氏にご馳走になったらしい。 窯で焼いたナンをちぎってカレーにつけて食べるのだが、確かに美味しい! 今回も山下氏にご馳走になった。 感謝!!

話が尽きることなく時間の経つのも忘れていたら、帰りの空港までの移動時間がギリギリになり慌てて山下氏にお別れを言って【ギィ アンティックギャラリー】をあとにした。 娘二人が空港まで見送りに来てくれた。 電車で移動しながら、小津安二郎監督の映画「東京物語」を思い出していた。

今は飛行機があるから、長崎から東京まで片道1時間半で行ける。 昭和28年当時は上京は大変なことだったはずである。 娘は東京で結婚して家庭を持ち、年老いていく故郷の父親を疎ましく思い始める物語。 今どきどこにでもある珍しくもない話である。自分はあと何回東京に行くのだろうか?
 そして娘が見送りもしたくなくなるのはいつだろうか?・・・・・  
 

 
| 【東京物語・2012】 | - | - | posted by ino-haya - -
【東京物語・2012】その1 13:01
24日(土曜)の午前8時半に車で島原を出発して長崎空港に着いたのは10時過ぎで、羽田空港には12時半に到着した。 長女・志乃が空港まで迎えに来てくれていたが、島原から羽田までの移動中の約4時間、知り合いと会うことはなかった。 唯一人の女性を除いては・・・・

長崎空港で搭乗手続きをするためにエスカレーターに近づいた時、先に一人の女性が軽い足取りで階段に乗ろうとしていた。 その洗練された身のこなしやスタイル、服装から一般人ではない事はすぐにわかった。 一瞬見えた美しい横顔も記憶にあり、エスカレーターで二階に到着する数秒間でその女性が舞台俳優の栗原小巻さんだという確信になった。

「あのぉ・・失礼ですが、栗原小巻さんですね?」と、エスカレーターの出口付近で声をかけると彼女はビックリしたようにこちらを振り返った。 「島原の猪原金物店の猪原です。 ご無沙汰しております。」 「あぁ! 猪原さんですね。 お久しぶりです。」と、あの素敵な笑顔で答えてくれた。

「どちらへ?」 「長女の結婚の事で上京します。」 「えぇ! それはおめでとうございます!」 「ありがとうございます。」 「来年はお店のほうにお伺いします。」 ほんのわずかの立ち話を終えて「11時発の東京行きなら同じ飛行機かもしれませんね。 少しお店を見てきますので、後ほど・・・」と挨拶をして彼女は土産品売り場の方に歩いて行った。

う〜ん・・・・こんなこともあるんだ・・・ 1972年に公開された映画「忍ぶ川」で志乃を演じた栗原小巻さんのファンになってもう40年。 その後、俳優座の彼女の舞台も随分観た。 結婚して女の子が生まれたら名前は「志乃」にしようと決めていた。 その志乃と羽田で会う2時間前に「おめでとう」と祝福してくれたのが栗原小巻さんだった・・・・・こんな「偶然」ってあるのだろうか?・・・・感謝である。
 


「ものづくりの街」高架下に誕生。 名前は「2k540(ニーケーゴーヨンマル) AKIーOKA ARTISAN」。 パンフレットには「ATERIER+SHOP&CAFE   【ものづくり】をテーマにした施設が、JR秋葉原駅ー御徒町駅間の高架下に誕生。 工房とショップがひとつになったスタイル、ここでしか買えない商品、ものづくりが体験できるワークショップ、テーマ性の高いカフェなど単にモノを売るだけでなく生活スタイルの提案をしていく街です。 高架下が【ものづくりの街】として生まれ変わりました。」と書いてある。

定期的に上京してお菓子作りの勉強に励んでいる島原在住のアイコちゃんが紹介してくれた新しいスタイルのエリア。 山手線JR御徒町駅から徒歩4分の高架下駐車場を見事な街に変身させたのである。 せっかくの上京、夕方6時半の「本番」までの時間を有効に使うため、早速行くことにした。 


WHAT'S 2k540・・・・秋葉原<AKIHABARA>と御徒町<OKATIMACHI>の間に位置する職人<ARTISAN>の街。  起点となるターミナル駅「東京」から2k540mに位置する。 鉄道用語では用地を起点からの距離「キロ程」であらわすことから「2k540/ニーケーゴーヨンマル」と名付けられた。

現在、ジュエリー・アクセサリー、ファッション、インテリア・雑貨、革製品、カフェ・レストラン、その他の合計49店舗がオープンしており、最後の50店舗目の内装工事が進められていた。 看板には「鉄」をテーマにした展開予告が掲示してあった。 一瞬、唐津の金属彫刻家・田邊朗氏の顔が浮かんだ。 


上の写真は、機関車の汽笛の実物をオブジェにしたもの。 JR(旧・日本国有鉄道)の高架下だというコンセプトが生かされている。




高架下の打ちっ放しコンクリートの暗いイメージを払拭するために、天井も支柱も店舗の外観もすべて「白一色」に統一してある。 天井や支柱の表面は、防水処理と白ペンキの乗りを良くするためかすべてFRPで下地処理をしてあり、まるで「漆喰」と勘違いしそうな効果を出している。









今回の上京の目的、結婚する二人の両親同士の「顔合わせ」及び「縁固め」の会場は、東京タワーの足元にある「とうふ屋 うかい」という有名な豆腐料理店。 夜のライトアップされた東京タワーをこんなに間近に見たのは生まれて初めてだった。 映画「ALWAYS 3丁目の夕日」で再び脚光を浴びているが、昭和33年に多くの職人達の技によって完成してからすでに54年が経過した現在も、その魅力は全く衰えていない。


門をくぐり、じょうや坂をのぼると、水をたたえた日本庭園が広がり、その奥に数寄屋造りの建物が見えた。 玄関内部は広いフロア(上の写真)で、造り酒屋の荘厳な雰囲気と重厚な拭き漆に輝く尺柱や梁に圧倒される。 



石畳の回廊を仲居さんに誘導されて会場の座敷に着くと、すでに先方のご両親と婿殿、二人の可愛い幼子を連れた妹さんが待っていた。 長女から聞いてはいたが、二人の誠実で温厚な人柄が、はにかみながらも優しい笑顔から窺えた。

初対面の両親同士が向かい合う・・・・ 生まれて初めての経験なので緊張したし、先方の緊張感も伝わってきた。 「九州と違って東北の人は初対面ではあまり多くしゃべらないから、お父さんお願いね。」と、一週間ほど前に長女から電話で頼まれていたのを思い出した。 普段は「オヤジは話がくどいから」と釘を刺すくせに、あのやろう、こんな時だけ巧く利用しやがって・・・・ったく。

食事が始まりお酒も進むにつれ、次第に緊張がほぐれ和やかな雰囲気が漂ってきた。 素敵な家族と縁が出来た、とつくづく思った。 【人生はすべて自分で選択すること、その結果責任は人のせいにせず、すべて自分が負うこと】・・・・これが結婚する娘に贈る父親としての言葉である。 幸せも不幸せも長続きはしない、それを決めるのは自分の心である。 
  
 



「本番」が無事終了し、午後10時過ぎに一旦ホテルに戻り、すぐ近くにあるゴールデン街の長女の行きつけの店に親子4人で行く事になった。 8人掛けカウンターの狭い店ではあるが、オープンキッチンでシェフが手早く作る料理は本格的で美味しく、店内には活気がみなぎっていた。

このような店で大いに飲み、多くの人と語り、娘達は大人になっていくのだろう。 12時過ぎて酔いと疲れが出てきて、後から来てくれた婿殿とは「乾杯」をしたままホテルに帰ることになった。 「娘をどうぞよろしく」と言い忘れてしまった。 来月の4月5日に入籍するという。 頑張ってください、若いお二人さん!!

 
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