第二回「龍一郎個展・春らんまん・2012」その4

2012.04.24 Tuesday

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    一週間おきの土曜に龍一郎氏は福岡からやって来て翌日の日曜の夕方に帰る。 前回4月14日(土)に来た際、新作のハガキを持参し会場に展示した。 従来の龍一郎氏のポストカードとは趣が少し異なっている。

           
    N  「・・・・なんか、えらいカラフルなハガキねぇ・・・フ~ン・・・」
           R  「フッフッフッフッフッ・・・・どげんね。  よかろう?」
           N  「ウ~ン・・・この背景の模様はなんね?」
           R  「これ、博多織よ。 見たことあるやろ?」
           N  「そういえば、死んだオヤジが着てた寝巻きの模様に似とるばい」
           R  「そうそう、それよ! 博多帯とか有名やろ? こればデザインにしたとよ」
           N  「フ~ン・・・よう見ればなかなか渋かねぇ・・なんか懐かしか気のするばい」
           R  「そうやろ? それに博多弁で字ば書いたとさ。 よかろう?」
           N  「うん・・・なんかローカルゥって感じがよう出とったいねぇ・・」
           R  「・・・・コメントはたったそれだけね? なんか感じるやろ?」
           N  「ムラムラっとはせんけど、なんか元気の出てくるごたぁる気のする・・」
           R  「そ、そうやろ!? それが狙いたいね。」
           N  「ところで、このハガキは何枚印刷したと?」
           R  「フッフッフッ・・・8000枚」
           N  「エ〜!? ・・・・・ハッ、8000枚もぉ〜!!・・・・・」
           R  「今度こそ、じぇったいに売れるはずばい 大ヒットの予感のするもん」 
           N  「・・・・このハガキの “生涯ばかちん” って・・・アンタのことばい!」












    上の写真は、龍一郎の作品展に来場したH女史。 龍一郎ファンのひとりで、この速魚川で龍一郎氏と出会った。  当時、助産師の国家試験に落ちて悲嘆に暮れる彼女を龍一郎氏は文通で励まし続け、翌年見事に国家試験に合格。 H女史は現在、産婦人科で勤務しながら、オーストラリア語学留学後、ヨーロッパ、モロッコ、アラブ首長国、インド、パキスタンと休日と有給休暇を利用して旅を続けている。  

    人との出会いで人生が大きく変わる。 そのような現場を多く見てきた。 その際には常識や社会通念より自分の直感を信じることが大切だと思う。 昨年亡くなったアップルの前CEO スティーブ・ジョブズ氏は以下の言葉を残している。

           
    「自分の心と直感に従う勇気を持つことが大切。
         心と直感は、本当になりたい自分を既に知っている。」
     

    第二回「龍一郎個展・春らんまん・2012」その3

    2012.04.14 Saturday

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      数年前から龍一郎作品に絵が描かれるようになった。 当初、この是非を巡って賛否両論が出ていたが、年を重ねるにつれ評価が高まっていった。 「絵は画家に任せればよか。 書家は書で絵を表現すればよかやろもん。」とかいろいろ批判を浴びながらも龍一郎氏はめげなかった。 彼の「燃える闘魂」と「アマノジャク気質」は水墨画の研究に向けられる事になった。 彼は現在、専門家の手ほどきを受けているらしい。


                            【 我道一以貫之 】

      上の写真の作品「我道一以貫之」はすでに売約済み(15000円)。 「わがみち いちをもってこれをつらぬく」と読むが、まわりの状況がどんなに変化しても軸がぶれることなく自分の信念を貫き通す事の大切さを表現した言葉である。 今の日本政府の政治家や官僚にはプレゼントしたい作品。

            
      M 「なにこの絵?・・・ダルマ?  しかも下にはキノコが生えてるしぃ!」
            R 「・・・ウゥ・・・・ 」
            N 「なんば言いよるとや! よぉく見てみろ! 龍神やろが! キノコじゃなくて玉やろが!」
            M 「そうかなぁ・・・ どうみてもダルマとキノコにしか見えんけど・・」
            R 「・・クッ、クククク・・・・」
            N 「た、たしかに個性的な龍ばってん、書の見事さとのアンバランスが異化効果を云々・・・」

      そんな会話があった数時間後、一人の女性が会場を訪れた。 美術や造形にはかなりやかましい人物。

            
      A 「この龍の絵は素晴らしい!! この会場の作品で一番気に入りました。 頂きたい。」
            R 「あ!?・・・はい! ありがとうございます!」

      という次第で、その日の内にこの作品は引き取られていき、現在その女性の自宅玄関に飾られている。

            
      M 「エ?・・・・エェ〜!!?  信じられない! あのダルマとキノコの作品が?」
            R 「だ、だからダルマとキノコじゃないって・・・・龍なの、龍!」
            N 「明石家さんまの付き人だったジミー大西の例がある。今や世界的な画家ばい!」
            R 「いや・・・あの、そんな言い方はないと思うけど・・・」
            N 「どうやろか? もうこの際、書道はやめて画家の道ば目指したら?・・・」
            R 「あ、あのねぇ・・・・どうしていつもそうなるのよ? ・・・・ったく・・・」 


      「春らんまん展」の文字通り、島原城の堀端の桜も満開を迎えていたが、龍一郎氏の描く桜も年々素晴らしくなっていく。 冬の寒さが長引いて例年より開花が一週間ほど遅れた。 約束事のようにこの時期に吹く春の嵐の突風で「静心なく花の散るらん」だった。


      「シンメトリー(左右対称)になってない富士山が、人間の心の妙を表現していて素晴らしい!」と賞賛され、「ハ!?・・・・あぁ・・ハィ・・・」と、うろたえながら答える龍一郎氏。 3・11東日本大震災から頻繁に「絆(きずな)」が語られるようになったが、龍一郎氏が「絆」の作品を書くようになってすでに5年が過ぎようとしている。


      上の作品も売約済みであるが、この竹の表現も秀逸である。 「龍ちゃん、ホントにアンタが描いたとね?」「当たり前たい! バカにせんでくれん」「ど〜も信じられんなぁ・・・」

      油彩画なら重ね塗りや修正も可能だが、水墨画はそれができない。 筆の強弱や速度、墨の濃淡がそのまま紙に写し取られていくので、作品の成否は一瞬で決定する。 一気呵成、これに要する集中力は並大抵ではない。
      「瓢箪から駒」という言葉が浮かんできた。 龍一郎って一体何者? やっぱり“ジミー大西”かなぁ?・・・・画家への転向を説得しようっと・・・・




                                      【 吹けよ風 龍よ遊べ 】




      上の作品は「アイルランド国歌」の一節から引用したもの。 映画「麦の穂をゆらす風」を観て感動し書いたそうだ。 16世紀、イギリスのアイルランド侵攻により、アイルランドのカトリック教徒がイギリスのプロテスタントから弾圧や差別を受けてきた歴史がベースにあり、IRAのアイルランド独立闘争を描いた映画。 IRAとはアイルランド共和軍の略。




       

      第二回「龍一郎個展・春らんまん・2012」その2

      2012.04.05 Thursday

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        なんといっても本日の我が家の一大ニュースは、携帯電話に届いた一通のメールの内容である。
        「エッ!?・・・・な、なんだ?・・・これは?」一瞬呆気にとられたが、長女からの入籍の報告であった。 本日来店した長女を知る5〜6名の知人に黙ってそのメールを見せると全員が腹を抱えて笑った。 

          
        「やっほ〜  先程入籍してきました! 樋口志乃になったよ! 宜しくねー!  END」

        この猪原家から娘が嫁ぐのは小生の姉の時以来だから36年ぶりの事である。 しかしこの軽さと明るさは一体なに?・・・・・まぁ、いいか・・・・   以前、来店した「猪原」姓のお客さんが「猪原という姓の日本人は現在8000人ほどしかいないそうです。 しかもその中に読みが『いはら』と『いのはら』の二通りがありますから、我々『いのはら』はもっと少ない、いわば絶滅危惧種ですなぁ。」と教えてくれた。 
        本日、またこの国から一人の「猪原」が消滅した・・・軽く、そして明るく・・・


        日曜日の朝、龍一郎氏を誘って雲仙普賢岳(平成新山)の麓にある垂木台地(たるきだいち)に日産サニートラックで出かけた。 片道8キロ、標高600m。 雲ひとつない透き通った空の青さ・・・・  いつものように甲斐犬・ジンをリードから放して自由にしてやった。 龍一郎氏と二人で垂木台地を周回する遊歩道を新鮮な山の空気を吸いながら歩いた。 ジンは水を得た魚のように走り回っている。  


                          【 普賢岳と龍一郎 】

        還暦を迎え、それなりの風格が漂ってきた龍一郎氏。 初めて出会った12年前の当時と比べれば、お互い随分歳を取ったのだろう・・・・  しかし内に秘めた「燃える闘魂」は今も健在、否むしろ炎のように温度色の赤から青、そして白くなるにつれて高温になっていくがごとくである。


                     【 普賢岳と 龍一郎と 龍一郎に肛門を向けるジン 】


                   【 普賢岳と 龍一郎と あくまで龍一郎に肛門を向け続けるジン 】


                         【 “出口なし” で立ち尽くすふたつの固体 】


                         【 “有頂天” とそれが許される状況 】


                          【 The Fool On The Hill 】


        Day after day, alone on a hill
        The man with the foolish grin
        Is keeping perfectly still
        But nobody wants to know him
        They can see that he's just a fool
        As he never gives an answer

        来る日も来る日も ひとり丘の上で
        男は ばかな薄ら笑いをして
        完璧に じっと身動きひとつしない
        しかし だれもその男に興味を示さない
        男がただの馬鹿であるのは見て取れる
        何を言っても答えないからだ


            But the fool on the hill
            Sees the sun going down
            And the eyes in his head
            See the world spinning round

            しかし 丘の上の馬鹿は
            太陽が沈んでいくのを見ながらも
            頭の中の目には
            世界がぐるぐる回っているのが映っている


        Well on the way, head in a cloud
        The man of a thousand voices
        Talking perfectly loud
        But nobody ever hears him
        Or the sound he appears to make
        And he never seems to notice

        道すがら 頭を雲の中に隠して
        その男は 千の声を持って
        話している これ以上出せない大きな声で
        しかし だれもその声が聞こえない
        いや その音は男が出しているように見えるが
        本人も気付いているように思えない


            But the fool on the hill
            Sees the sun going down
            And the eyes in his head
            See the world spinning round

            しかし 丘の上の馬鹿は
            太陽が沈んでいくのを見ながらも
            頭の中の目には
            世界がぐるぐる回っているのが映っている


        And nobody seems to like him
        They can tell what he wants to do
        And he never shows his feelings

        誰一人 あの男に好意をもっていないようだ
        人はあの男が何をしたいのかわかるが
        男はまったく感情を示さない


            But the fool on the hill
            Sees the sun going down
            And the eyes in his head
            See the world spinning round

            しかし 丘の上の馬鹿は
            太陽が沈んでいくのを見ながらも
            頭の中の目には
            世界がぐるぐる回っているのが映っている


        He never listens to them
        He knows that they're the fools
        They don't like him

        男は人の言うことに耳を貸さない
        彼らこそ馬鹿だということを知っているから
        自分が好かれていないことを知っているから


            But the fool on the hill
            Sees the sun going down
            And the eyes in his head
            See the world spinning round

            しかし 丘の上の馬鹿は
            太陽が沈んでいくのを見ながらも
            頭の中の目には
            世界がぐるぐる回っているのが映っている

        「フール・オン・ザ・ヒル」は、1967年にビートルズのポール・マッカートニーによって作詞作曲された。 「丘の上の阿呆(あほ)」と訳すが、地動説を唱えて断罪され、田舎に蟄居を余儀なくされたガリレオ・ガリレイの事を曲にしている。 当時、ポールが飼っていた「マーサ」という犬がヒントになって作られた。 普賢岳を眺める甲斐犬・ジンが何を考えているか分からないが、フッと若い頃よく聴いたこの曲が頭に浮かんだのはどうしてだろうか?・・・・・


                           【 普賢岳と 若い旅人と けっして彼に肛門を向けないジン 】


        我が家のリビングの壁に黄ばんだ一枚の紙が貼ってある。 A4サイズのこの手紙は、8年前に龍一郎氏から送ってきたものだ。 文面から2004年(平成16年)9月頃のものと推測できる。 甲斐犬・ジンが生後1ヶ月ほどで我が家にやって来たのは、この年の7月頃だった。 龍一郎氏の文面に「学校の池の掃除」と「このクソ暑いのに・・」があり、この翌年の3月、つまり半年後に小学校教諭を退職している。  生涯を保証された公務員という既得権を捨て、書家として生きていく決心が固まりつつある時期ではなかったのだろうか?

        龍一郎氏は、この時すでにアフガニスタン難民支援団体であるペシャワール会で活動しており、翌年、教師を退職することでアフガニスタン短期派遣参加という夢を実現した。 龍一郎氏が53歳を迎えた年である。 

        第二回「龍一郎個展・春らんまん・2012」その1

        2012.03.31 Saturday

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          いよいよ本日から、第二回「龍一郎個展・春らんまん・2012」in 速魚川、がスタートする。
          福岡の書家・井上龍一郎氏は今年めでたく還暦になった。  ・・・ということは辰年生まれの年男。 ・・・ということは速魚川ギャラリーで12年前に初めて作品展を開催した時も辰年だったという事になる。

          「龍ちゃん、あんた長男ね?」「名前ば見ればわかろうもん、一郎がついてるから長男よ。」「じゃあ、辰年に生まれた長男だから龍一郎ね?・・・ハハハ、よかったねぇ、申(さる)年や午(うま)年に生まれんでさぁ。 猿一郎とか馬一郎って名前はぱっとせんけんね。」「ほっといてくれんね!」 とか言い合いながら会場設営が進んでいく。






          設営日の夜は自宅で内輪だけの前夜祭を開いた。 プロ野球のシーズン開幕戦がテレビで放映されていたが、博多の龍一郎氏はソフトバンク・ホークスの熱狂的ファンで、人の家なのにチャンネル権を譲ろうとしない。 対戦相手がオリックスだったが、9回までソフトバンクが3ー1で勝っているにもかかわらず気もそぞろである。

          「もうここまでくれば絶対に勝つから大丈夫よ」とチャンネルを変えようとすると、「ガルルルル・・・」と餌を奪われそうになった時の我が家の甲斐犬・ジンみたいにキバをむいて唸り声を上げる。  


          上の写真は、速魚川の中庭に面する廊下の壁に掛けられた縦1.3m×横1.5mの大書。 自然界で起こる現象を「想定」できるほど人間は進歩したのだから凄いとしか言いようがない。 3・11東日本大震災や福島第一原発事故が人類に与えた警告を「想定外」と軽くスルーする神経もやはり凄いと思う。


          辞書で調べると「喝(かつ)」とは、【勢いのよい大きな声、人を叱咤(しった)する声、またその声を発すること。禅宗では中国唐代以降、種々の意味をもって使用され、師が言詮(ごんせん)(言語をもって仏法を説き明かすこと)の及ばぬ禅の極意(ごくい)を弟子に示すための方便として盛んに用いられた。】とある。

          今回、会場にはそれぞれ異なる3種類の「喝」が展示された。 上の写真の「喝」について龍一郎氏の注釈を以下に紹介する。

                                   喝!

                       こんな日本に誰がしたんだ!!
                   まじめに働いてまっとうに生活する者を苦しめる
                   こんな国でいいのか と怒りがふつふつと・・・・


          「 カニ 1.5万円 」って・・・松葉ガニの初モノご祝儀価格じゃないんだからさぁ。 龍一郎氏の描くカニはほのぼのとしてカワイイ! というファンもけっこういる。


          龍一郎氏の書は、字体のテーマが書く本人に憑依したように強烈にエネルギーを放って、見る側が息ができなくなるくらいの衝撃を受ける時がある。 以下は、上の写真の龍一郎氏の注釈。

                       生涯忘れてはならない言葉のひとつがこれです  
                       「水平社宣言」の最後の二行であります  
                       人間に光あれ!!


          ギャラリー内にある二階に登るタンス階段の側面を背景にして一枚の大書が展示されている。 「 龍一郎 書 作品展 ほんとうのことを云おうか 」と、極太の墨で力強く書きなぐったように書かれている。 この書のまわりの空白が赤く染まったように見える。 よく見ると、なにやら朱墨の小さい文字がびっしり書き込まれており、「なんだ?」と読んでみると、3・11に対する龍一郎氏の思いが綴られていた。

                 おどろいた びっくりした はじめは信じられなかった
                 本年三月十一日の東北をおそった巨大地震と想像を超えた津波が
                 多くの人々の命を奪っていった
                 なんとおそろしいこと なんと悲しいこと
                 ぼくはテレビの画面を一生懸命見た きちんと見た

                 大事なことはひとつある  あの原発事故だ
                 いや今や犯罪とも言えるのじゃないかと感じている
                 原発は安全ですとかクリーンなエネルギーですとか
                 安いですとかの宣伝を信じてきた我々の頭は混乱したのであります
                 そしてそのいいかげんな 人の命を大切にしない原発が
                 核兵器と同じものだと知らされたのであります

                 テレビは無責任なニュースと もっともらしい
                 人をバカにしたような解説がつづいた
                 何もできないで ただ涙を流しながらテレビを見ていた
                 くやしくてくやしくてしかたないが 何もできない

                 少し落ちつきを取りもどしたとき
                 ぼくは心の奥底からの言葉を書いた
                 心と書いた
                 まるで日本列島のような心ができた

                 九州から元気が東北にとどくように思っていたのかもしれない
                 きっとそうだろう 自然にそのような形になってしまった
                 へんてこだけれど ぼくの心は正直にそうだった
                 もうだまされはしないぞ 原発はいらないのだ
                 原発のない世界で生きてゆきたいと強く思うようになったのです
                 心からそう思うのであります

                 全国の多くの人たちがそんな気持ちになってなっていることが
                 しだいに分かってきてぼくは嬉しかった
                 いろいろな援助の活動があり ぼくにもいくつかの呼びかけがあった
                 ぼくは喜んで自分にできることをやった

                 初盆も終わり 静かになった八月に作品展をしようと決めた
                 いとやギャラリーが協力してくれたので実現できた
                 ありがたいことであった
                 金がないぼくには難しいかなと思っていたところであった
                 話が決まったらこの作品展のために全力で取り組んだ

                 暑い日が続いたが東北の人々の苦労を想えば
                 そんなたいしたことはなにもないのだ
                 必死で作品を作っていった
                 ひとつひとつ心をこめて書いていった

                 しかしまだこの原発を進めようとする人々はいるのです
                 大きな金を原発で得てきた人々は
                 原発がなくなるとこまるのだろうと想像できます
                 しかし今 今こそ原発はいらないとはっきり声に出して
                 表現しなければならないように思うのです
                 この作品展は ぼくの良心であります         
               


          そもそも漢字は物や形を点や線で表してできた象形文字といわれているが、「書」は平面(2次元)におけるアートつまり「デザイン」であり「絵画」そのものである、と龍一郎の書を眺めながらつくづく思う。 全ての人々の人生がそうであるように、年々変化し深まり面白さを増していく。

                         
           「 華楽 」

                        人生一度っきり
                       楽しい華が咲きほこる
                       生き方がしたいものです


          「おぉ!・・・この字はなんて書いてあるかわからんけど迫力があって凄い!」と、箱から取り出して見せてもらった時に叫んでしまった。 立てて見ると「あぁ・・・龍なんだ・・・・ でも横のままにして観客を驚かせるのもひとつの趣向かも・・・」と言ってしまった。 なんだぁ、龍ちゃん最初からそのつもりだったんだ。  以下は龍一郎氏の注釈文。

                      私 今年で60歳 たつ年であります  
                      龍一郎という名を背負って60年  
                      年のはじめに「龍」一文字を書いてみました  
                      横にしてながめると またおもしろい
           
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