【木彫『神農』の台座製作プロジェクト】その2

2013.09.04 Wednesday

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    今からちょうど2年前に、島原薬局の経営者で薬剤師の織田堅一郎氏から「木彫で『神農』を造れる仏師はご存知ですか?」と相談を受けたのだった。それから色んなドラマがあって、ついに木工作家・鬼塚聖貴氏が『神農』を鎮座させる台座を完成させた!! この2年がかりのプロジェクトは、9月7日の午前中、これらの作品が島原薬局に設置されることですべてが完了する予定である。(掲載した以下の写真は鬼塚氏の提供による)

       ★ここをクリック ⇒ http://blog.inohara.jp/?cid=39683  (『神農』制作の始まりから

       ★ここもクリック ⇒ http://blog.inohara.jp/?cid=39682  (鬼塚聖貴の紹介)


    9月6日(金曜)午後7時から『えびはら よしえ ライブコンサート in 速魚川』が開催されるが、同日の午前中にこの『神農』が鬼塚氏によって当店に搬入される。ライブコンサートと『神農』完成披露のコラボになりそうだ。参加者全員で音楽を楽しみながら『神農』のデビューを祝うことができればなんて素敵なことだろう。
                  










     


    【木彫『神農』の台座製作プロジェクト】その1

    2012.10.20 Saturday

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      10月27日(土)に開催される【有明海を望む満月夜の宴】でフラメンコ音楽を演奏してくれる木工作家・鬼塚聖貴氏と木彫『神農(しんのう)』のオーナー・島原薬局柏野店社長で薬剤師の織田堅一郎氏と「アトリエ・葉々(ようよう)」主宰・内島美和氏とガジュマルの苔玉作家・S女史の4名が9月末に速魚川ギャラリーに集まった。

      6月25日に有田の造形作家・大石順一氏によって完成した木彫『神農』の台座を作るプロジェクトの打ち合わせである。内島氏がコーディネーターになり、オーナーの織田氏と製作者の鬼塚氏、ガジュマルの木に詳しいS女史の4名で台座のイメージを協議し、おおよその形を決めなくてはならない。




      今年の3月に健康的苦境を島原薬局の織田氏に救ってもらった恩があるという【アトリエ・葉々(ようよう)】主宰の内島美和氏は、『神農』の台座のイメージ画を協議の“たたき台”として持ってきてくれた(下の写真)。柿渋や鉱物の顔料などを使って立体的な絵画(Mixed Media)を描いてきた内島氏の優しく暖かい感性がにじみ出ているイメージ画である。この協議後、木工作家・鬼塚氏がどのような台座を製作するのか楽しみである。

      ガジュマルの木独特の力強い“うねり”を『神農』とどのように調和させるのか? 実際にどのような自然木を鬼塚氏が選び造形していくのか? その台座と本物のガジュマルの木がどのように絡んで『神農』像を覆っていくのか? 想像しただけでドキドキしてしまう。
       



      「長崎新聞」は発行部数18万5000部で県内最大の購読者数を誇る新聞である。 そして毎週日曜日に長崎新聞に付いてくる生活情報誌「とっとって」は県内のホットな情報源として人気が高い。この「とっとって」の9月16日付けに鬼塚聖貴氏が大きく紹介された(上と下の拡大写真)。彼の森や木を含めた自然に対する想いを今後もどんどん発信して欲しい。


       

      【木彫『神農』制作プロジェクト】その4

      2012.07.24 Tuesday

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        大石順一氏が完成した直後の「神農」を速魚川ギャラリーに預けて有田に帰ってから一週間後、クライアントの薬剤師・織田堅一郎氏が午後7時ごろ来店した。 講演先の沖縄から帰り着いたその足でそのまま当店を訪れたのである。 

        織田氏はギャラリーの床の間に鎮座する「神農」をしばらく眺めた後、「しばらくこの《神農》をここで預かって頂けないでしょうか? 店内のどの位置にどのように展示したらいいのか、まだ考えていないのです。 誰かコーディネートしてくれる人がいればいいのですが・・・」と言った。

        それから彼は沖縄で講演をした後の交流会で聞いた情報を元に翌日訪れた《久高島》の事を説明してくれた。 「エッ!?・・・じゃあ今日、久高島に行ってきたのですか?」「そうです。 小さい島だけど素敵なところでした。 なぜかまた訪れるような予感がするのです。」「そうですか・・・・実は久高島は・・・」と話している内に「この《神農》の周りを《ガジュマルの木》が覆っているイメージが浮かんでくるのです」と唐突に言った。

        この一連の会話がすぐ次の展開を引き寄せる事になるとは、この時点で織田氏も小生も気づくはずがなかった。
        すなわち、それから一週間も経たない内に柿渋で絵を描くM女史が来店し、紹介した「神農」を参拝した後「しまばら薬局の織田先生には今春、健康上の苦境を救ってもらった恩があります。 《神農》の展示コーディネートでよかったら是非ご恩返しをしたいのです。」と申し出た。

        しかも彼女の親しい友人で《ガジュマル》の苔玉をつくる島原半島在住のS女史にすぐに繋がった。 S女史はかつて沖縄に住んだことがあり《ガジュマル》にこだわる深い理由があるそうだ。 幸福をもたらす精霊が宿っている木といわれており、屋久島や種子島から南に自生する。 その異様な姿形が、精霊(人)のように見え、真っ赤な髪で子どもの姿をした《キジムナー》という精霊が棲むという伝説がある。 S女史は当然《ガジュマル》の入手ルートやメンテナンスに詳しい人物である。

        本日、M女史が「しまばら薬局」の織田氏を訪れる予定になっていた。 彼女は「神農」を載せる台の制作を自然木の木工作家・鬼塚聖貴氏に依頼する提案を織田氏にしようと考えていた矢先、早朝から鬼塚氏の身体に異変が起きたのである。 鬼塚氏は「尿道結石」の激痛により救急車で病院に運ばれ、レーザー光線による結石破砕を提案されたが拒否し、M女史に電話で相談した後「しまばら薬局」で待ち合わせることになった。

        織田氏とM女史と鬼塚氏はまるで必然的に引き寄せられるように「しまばら薬局」で顔を合わせることになったのだ。 鬼塚氏は織田氏に「尿道結石」の漢方処方をしてもらい、同時にその場で「神農」の展示方法について話し合うことになった。 そして一瞬のひらめきで3人の構想合意が成立したのである。
         
           


        上と下の写真は、速魚川ギャラリーの床の間に仮安置している「神農」を渡り廊下に移動させて、川遊びの会・才籐和彦氏の一眼レフデジタルカメラで撮影したもの。 魔を寄せつけない強く厳しい表情の中に優しい慈悲深さが漂っている。 毎日観ているが、造形作品としても深い味わいがあり、決して観飽きることがない。

        「眼と口元に一番神経を使いました。 特に眼は、彫る線がわずか1ミリでもずれると表情が一変します。」と大石順一氏が語った。 しかもモチーフは人物や動植物ではなく《神様》である。 制作者の心理にどのようなプレッシャーが掛かったかは大石氏にしか分からないだろう。

        下の写真は「神農」を背後から撮影したところ。 神農の伝説記文に従い「蓑(みの)」を羽織っているが、全体のバランスを取りながら少しずつ彫り進めた訳ではなく、端からいきなり一枚ずつ蓑の葉っぱを彫っていったという。 それなのに見事に全体のバランスがとれている。 「神農のポーズ(姿勢)の関係で、蓑の葉っぱの右肩部分は寝せ、左肩部分は立たせています。」と大石氏が説明してくれた。 う〜ん・・・なるほど・・・

        武蔵野美術大学を卒業後、大石氏は同大学で講師をしていた。陶芸家の道を《選択》しなければ今頃、大学教授だったかもしれない。 そしてこの「神農」を彫ることもなかっただろう。 人の運命とは不可思議で面白い。 先日読んだ、コロンビア大学ビジネススクールのシーナ・アイエンガー教授の著書「選択の科学」に「人を含む動物は自ら《選択》をする目的で生きている。 あらゆる選択により人生を創造していく。」とあった。 我々のそれぞれの人生は自ら選択して創造してきた結果なのである。

        野生の象の平均寿命が57年に比べ、世界中の動物園で飼育されている象の平均寿命はわずか17年である。 水も食料も充分で健康管理も厳密にされているのに、この極端な差はなぜか? 人や象などの動物から「選択の自由」を奪うことで生じるストレスが主な原因だと書いている。 家庭や学校、職場の管理体制が本人の自己決定権を奪い過ぎるとどのような現象が起こるのか? 黒澤明監督の映画「生きる」のテーマそのものである。 
           



        上(全体)と下(拡大)の文章の写真は、昨日の新聞折込チラシのコピーである。 通常は全く見ずにまとめて捨てているが、なぜか昨日はB4一枚のこのチラシが一瞬眼に飛び込んできたのだ。内容を読んで戦慄が走った。これはまさしく織田氏の基本理念であり現代社会に対する痛烈な宣言文である。






        以下の連続写真は、大石氏からメール送信されてきた「神農」のメイキング画像である。 有田の自宅アトリエで刻々と変化し完成されていく様子が生々しく撮影されている。 島原が有田に近かったら制作中の大石氏を撮影できたのに残念!!











         

        【木彫『神農』制作プロジェクト】その3

        2012.07.06 Friday

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          2008年に大石氏と「【石の龍】制作プロジェクト」を立ち上げる時、「猪原さんはどんな龍をつくって欲しいのですか?」と大石氏が尋ねた。 即座に「大石さんがつくる龍です。」と答えた。 今回の「神農」に関しても織田氏との間に同じ問答があったと聞いた。 造形作家・大石順一がつくる造形には彼の「分身」ではなく「全て」が宿っていると思う。 彼の命を削るような集中力と驚異的な表現力によって生み出された「神農」。 


          「なぜ、今『神農』なのか?」 クライアントの織田氏から詳しい理由を聞いた訳ではないので、憶測でしかないが、現在の西洋医学を基本理念とする医薬品が人類に及ぼしている影響や太古の昔から人間の知恵と経験により使用されてきた自然界の和漢生薬、あるいは「医食同源」の概念が背景にあるような気がする。

          「現代医薬」が患者の痛みや苦しみを即効的に和らげる「対症療法」に重点を置いているのに対し、「和漢薬」は、その病気に陥った原因つまり体質自体を改善する「根治療法」だと一般的に言われている。 医薬の事はなにもわからないが、「副作用」や「依存症」といった言葉は「現代医薬」から来ていると認識している。 

          薬剤師であり薬局の経営者でもある織田堅一郎氏は、現代医薬と「漢方」を中心とする和漢生薬及び「医食同源」を日頃からより広くより深く徹底的に研究している人物である。 同時にその有効な研究成果を広めるために講演活動も行っている。 「薬漬け」と言われる現代人の危機的な状況を『薬局』という現場で一番肌で感じ、そのジレンマを一番憂えている人物でもある。

          「変えなくてはいけない」という《祈り》にも似た彼の意識が、象徴あるいはシンボルとして「神農」をつくる動機になったのではないか? そしてこの「神農」は、医薬業界を変革するための無言の『宣言』になっていくのではないか? ・・・・とか勝手に考えたりしている。  






           

          【木彫『神農』制作プロジェクト】その2

          2012.06.30 Saturday

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            6月29日に地元のテレビ局・NBC長崎放送の取材を受けた。 『あっ!ぷる』という月曜〜金曜の朝9:56〜10:50の番組。 夏のスウィーツ特集で当店の「カキ氷」を紹介してくれる。 平日なので皆さん仕事中で観れないと思いますが、カキ氷機の刃を研ぐシーンから念入りに収録していかれましたので、もし時間がある人は是非見てください。

               
            ★ 放送日 7月3日(火曜日) 午前9:56〜10:50
                 NBC長崎放送 『あっ!ぷる』


            6月25日(月曜)夕方に、有田の造形作家・大石順一氏が唐津の金属彫刻家・田邊朗氏の運転する車に乗って、遂に完成した「神農」を持って当店を訪れた。 何日間も一睡もせず彫り続けた大石氏はげっそりやせ細り、文字通り「精も根も使い果たした」状態だった。
            彫刻家の田邊朗氏をして「ビックリしました。凄すぎて言葉が見つからないほどです。」と言わせしめたその「神農」を見た時、我々も同様に言葉を失った。

            40kg以上あった樹齢160年の楠(クスノキ)が、半分ほどの重さの作品になった。 当店に来る前にクライアントとの対面はすでに終わっていた。 発注者は市内のエレナやナフコ、ツタヤなど大型店が密集する北門通り『しまばら薬局』柏野店の社長・織田堅一郎氏である。 彼もまた感動したのである。 仕事中であった事と店内での展示場所も決まっていなかったので一旦速魚川ギャラリーに預かることになった。

            現在、ギャラリー内の床の間、『青龍の掛け軸』の前に仮置きしてあるが、「神農」を見た来店客の噂が広がり毎日何名かの人たちが見物に、というかお参りに来ている(!?)。 彫り終えたばかりの「神農」からは、クスノキの芳香が広がりギャラリー全体を優しく包み込んでいる。 
              
             


            以下の写真は、大石氏からメールで送られて来たメイキングの写真。 イメージデッサンが完成し、いよいよクスノキの角材に平面図を写す工程に入る。 前後左右から見た4枚の実寸大の「神農」が描かれた。 この紙をそれぞれ角材の4面に当て、カーボン紙を間に挟んで鉛筆などでなぞって、角材に直接「神農」像が描かれる。 




            「彫刻」は広い意味では「彫塑」も含まれるが、今回の場合(木彫)は材料を彫り刻んでいく「マイナス」の技法なので、後で盛り付ける事はできない。 従って一瞬の失敗も許されないのだ。 第一段階は、角材の4面に描かれた「神農」のアウトライン(輪郭)より大幅に外側を鋸で大きく切り取っていく。 

             

            【木彫『神農』制作プロジェクト】その1

            2012.05.29 Tuesday

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              昨年の秋、島原市内で薬局を経営しているひとりの若い薬剤師が来店し「どなたか木の彫刻ができる人、あるいは仏師をご存知ないですか?」と訊ねた。 「市内に仏師はいるけど、どんな仏像を彫ってもらおうと考えているんですか?」と聞くと「仏像ではないのですが、神農(しんのう)という漢方の神様です。」と答えた。

              その薬剤師の青年は、20数年前に彼の友人の紹介で来店して以来の知り合いであるが、随分長い間会う事はなかった。 聡明にして誠実、礼儀正しく全てに前向きで研究熱心な青年、というイメージを持っている。 彼の薬局では多くの医薬品を扱っているが、漢方医薬にも力を入れている。 しかし、だからと言って短絡的に東洋医薬のシンボル『神農』をわざわざ誂(あつら)えて店内に展示するだろうか? これにはなにかもっと深い理由がありそうに思えるのだ。  『神農』をインターネットで検索すると以下の説明が出てくる。

              神農(しんのう)は古代中国の伝承に登場する皇帝。 三皇五帝の三皇の一人。
              百草を嘗(な)めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという。
              農業と薬において甚大な貢献をしたため、中国では“神農大帝”と尊称されていて、
              医薬と農業を司る神とされている。

              伝説によれば、神農の体は脳と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見えたと言う。
              神農は百草を嘗めて、毒か薬かを調べ、毒があれば内臓が黒くなり、
              これで毒の有無および影響を与える部位を見極めたという。
              その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まり、
              そのせいで最終的に亡くなったという。

              姿は人身牛首で身の丈八尺七寸(約2m64cm)と伝えられ、
              足の爪が鋭く、髯(ヒ
              ゲ)を長く伸ばし、木の葉で作った衣や腰ミノをつけて、
              頭に
              牛の角が生えた状態で描かれることが多い。

              下の写真は、その薬剤師が自ら描いた『神農』のイメージ図。 絵画の才能も普通ではないようだ。

               


              その薬剤師のO氏から『神農』の話を聞くうちに、なぜか有田の造形作家・大石順一氏の事が頭に浮かんできた。 大石氏は数年前に「カラクリ木工」の『龍』や『愛犬・アンディ』を制作しているので、これらの木彫作品をO氏に観てもらったらどうだろうか?

              「仏師ではないけど有田に大石順一という造形作家がいます。そうそう! 以前、土鍋を買ってもらいましたよね。 あの土鍋を作った陶芸家です。 彼に『神農』を彫ってもらったらどうでしょうか?」「あぁ!あの土鍋の大石さんですね。 すごく重宝していてとても気に入ってますよ。」O氏の表情が変った。

              それから数週間後、O氏と大石氏は当店で対面することになった。 大石氏は「カラクリ木工」の『龍』を有田から持参し、O氏はその作品を眺めながらしばらく会話を交わした後、『神農』の制作を大石氏に正式に依頼した。 サイズの指定だけであとはすべて大石氏に任せる、という条件だった。 


              上の写真は以前コラムで紹介したが、今回の『神農』を彫る樹齢160年の楠(くすのき)である。 寸法は、角31.5cm×高48cm、重量40kg以上。 東京藝術大学に木彫用の材木を納めている業者が、京都から仏像用の楠材の受注をした際に入手したものである。 この業者はそれらの木材が長い年月で腐ったり経年変化をしないように特殊な【還元水処理】を施す。 つまり、例えば500年で朽ちる仏像を1000年以上もたせるためである。 この『神農』用の楠も【還元水処理】が施されている。

              いろんな物質が朽ちていく“経年変化”の主な原因は【酸化】である。 老化や錆や燃焼も酸素と結合することによる一種の【酸化】であるが、その逆の【還元】は水素を用いることによって酸化を防ぐ効果がある。 それぞれに鉄クギを入れてある水道水と還元水の密閉容器を大石氏が見せてくれた。 水道水につけた鉄クギは真っ赤に錆びているのに、還元水につけた鉄クギは光った新品状態だった。

              「へぇ〜! こんなに違うんですね。」とビックリしていると、「これが速魚川の水につけた鉄クギです。」とニヤリと笑ってもう一つの密閉容器を見せてくれた。 鉄クギは光ったままの状態だった。 「え〜! じゃあ、速魚川の水も還元水と同じ効果があるということですか? 速魚川の水を呑んでると老化しにくいということになるのかなぁ・・・」 はて、おかしい・・・自分は毎日速魚川の水で生活しているけど、物忘れはひどくなるし疲れは取れないし老眼も進んできているし・・・・・



              上と下の4枚の写真は、大石氏による『神農』のイメージデッサン。 昨年の秋からすでに半年が過ぎている。 注文したO氏は「ゆっくりで結構です。完成するまで楽しみに待っています。」と言ってくれたらしい。 『神農』のデザインつまりポーズや様式だけでなく納期も大石氏にすべて任せてあるのだ。

              その間、多くの作品展や有田の陶器市など多忙を極めた大石氏ではあるが、ちゃんと準備は怠っていなかった。 『神農』についての研究のため友人の金属彫刻家・田邊朗氏の紹介で、いろんな『神農』が展示してある唐津のある薬局を訪れ、実物を見せてもらったりしながら大石氏独自の『神農』のイメージを模索していたのだ。




              「イメージデッサンが完成したらすぐに制作にかかりますから、6月中には『神農』を完成する予定です。」と大石氏は言った。 大石氏が制作に入る、という意味は昼夜ほぼ睡眠もとることなく命がけで造り続ける、ということである。

              大石氏はO氏が『神農』の制作依頼をした真意および『神農』という神様を人間が崇めてきた理由や背景、教訓や哲学などを多角的に検討分析するために具体的に図書館やインターネットの膨大な資料を調査し制作年代の異なるいろんなスタイルの実物も観察してきた。 

              造形作家、今回は彫刻家・大石順一として『神農』をどのように捉え、どのように表現するか? しかもこれまでの粘土の「足していく」素材と異なり、木材の「引いていく」素材という修正不可能な木彫との対決である。 樹齢160年、角31.5cm×高48cmのクスノキの内部に『神農』が見えてくるまで、イメージデッサンは続けられる。  

               
              5月25日(金曜)夕方、有田の大石氏の自宅まで恒例の「ホタル狩り」に出かけた。 夕方4時半に島原を出て車で片道約2時間半のドライブである。 二人で夕食を済ませ、午後8時過ぎに自宅前に広がる畑の背後を流れる小川に乱舞するホタルを見に行った。  暗闇に展開する幻想的な風景は一種のカタルシスであり、日頃のストレスが一夜にして解消する。

              「ホタル狩り」から戻り、ウィスキーの水割りで乾杯。 深夜まで話し込み就寝。 しかし、大石氏は朝までデッサンをしていた(上の写真)。 早朝5時半に起こしてもらい大石氏が作ってくれた野菜ジュースを飲んで有田を出発。 8時半の猪原金物店の開店には間に合った。
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