猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
金物店の裏では喫茶店も営業しています。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
【えびはらよしえ ライブ 2013】 in 速魚川・その2 20:12
9月6日のコンサート当日、海老原よしえ氏が佐賀の溝口明美氏と車で当店に到着したのは午前11時半頃だった。約1年ぶりの再会だったが、そんな気がしないのはなぜだろう? 悠然と流れる大河と限りなく続く地平線を連想してしまう優しく穏やかな彼女の雰囲気が、そんな錯覚を抱かせるのだろうか・・・・

海老原氏は到着して再会を歓びあった後、すぐに金物店内を丁寧に隈なく眺め始めた。「道具類や古い金具類が昔から大好きなんです。」と、まるでコンサートではなく金物屋探索が目的みたいな迫力である。関東地区のファンの間ではカリスマ的な存在になっている彼女が、かつてネイティブアメリカン(インディアン)の部落で4年間漁師をしていたり、オーストラリア先住民の人たちと生活をしていた事がうなずける気がした。彼女の旺盛な好奇心と行動力は半端ではないようだ。  



店内をじっくりチェックした後、速魚川に移動し、川沿いに並べてある『石炭ストーブ』を発見して感激する海老原氏。「昔の在庫品で、戦後まで石炭を燃料にしていた時代のものです。メーカーの “トキワ ” は現在も健在で、鋳造の技術をいろんな商品にして立派に生き延びて来ています。」「その蓋を開けると、当時の取り扱い説明書がそのまま入っています。」(上の写真)

遅い昼食を済ませて、再び店内を散策した海老原氏は「まだ、ゆっくり見たいけど・・・」と言いながらコンサートの準備とリハーサルを一人で始めた。魂を優しく包み込むような美しい歌声を一年ぶりに聴きながら、夜が来るのを待ち遠しく思った。(下の写真)





完成した『神農(しんのう)』と台座が、鬼塚聖貴氏によって速魚川中庭の廊下に搬入されたのは午後4時過ぎだった。午後7時からのコンサートに間に合って良かった!! 台座は80kgほどあるので、男二人がかりで抱えてやっと運び込んだ。(上の写真)

いよいよライブコンサートが開演。「えびはら よしえ」の世界に酔いしれる観客の皆さん。知らず知らずのうちに頬に光るものが伝う人もチラホラ・・・・






速魚川の中庭の廊下に鎮座する『神農』の台座の前面には、献花などが載せられるように受棚が誂(あつら)えられており、その上に蝋燭を一本立てた。これで『神農』と床の間の『青龍の掛け軸』と海老原よしえ氏がトライアングル(三角形)を構成し、その頂点の先に観客がいる、という形を作りあげた。

1時間半のコンサートの予定が、いつの間にか2時間を超えていた。透明感のある美しい歌声と歌詞に懐かしさを感じ、心が熱くなってくるのは、恐らく我々観客の中に眠る “ 太古の記憶 ” が呼び覚まされ共鳴するからではないだろうか? 音楽は神々との交信であり、歌は「祈り」だと彼女に教えられた気がする。

『神農』に灯された1本の蝋燭は、コンサートがすべて終了するのを待っていたように、海老原氏が歌い終えたちょうど2時間で燃え尽きた。これで『神農』に音楽が奉納され、参加者全員の祈りが込められたことになる。


















 
| 【Yoshie Ebihara Live】in 速魚川 | - | - | posted by ino-haya - -
【えびはらよしえ ライブ 2013】 in 速魚川・その1 23:07
7月の初旬、佐賀の溝口明美氏より「今年も9月に海老原よしえさんのコンサートを予定してますが、速魚川もどうですか?」と電話があった。昨年の何とも不思議な感動の余韻が残っており、「また海老原さんの歌を聴きたいなぁ・・・9月のいつごろになるの?」と答えていた。

ネイティブ・アメリカン(アメリカ先住民)の魂が、海老原よしえの肉体を通して降りてきて、我々の内部に眠っている “太古の記憶” と共鳴する・・・昨年の9月29日はそんなライヴだった。

    えびはら よしえ ライヴ 2013 】 in 速魚川 

  
       
★ 日時:2013年 9月 6日(金曜) 午後7時〜 


 



| 【Yoshie Ebihara Live】in 速魚川 | - | - | posted by ino-haya - -
【Yoshie Ebihara Live】in 速魚川 15:32
9月29日(土)の午後7時から速魚川ギャラリーで【Yoshie Ebihara Live】のコンサートが開催された。 
市内在住の若い二人の女性・田中氏と高瀬氏のプロデュースである。

当日の4時頃、シンガーソングライター・海老原よしえ氏と前日の佐賀でのライヴ主催者・M女史の二人が速魚川に到着した。 初対面なのにそんな気がしない。 何の気負いも感じさせない自然のままの「大地」のような、一緒に居るだけでリラックスできる不思議な女性である。

夕方5時半頃から海老原氏は一人でライヴ会場のチェックと軽くリハーサルをして、あとは金物店内をゆっくり巡りながら展示された商品を眺めて楽しんでいた。 午後7時近くになり観客が会場に集まり始めた。 ライブ会場は照明を落として《地明かり》だけの状態にしてあり、ロウソクの灯りが数箇所で揺れている。

彼女の演奏する椅子は《地明かり》が当たる床の間あたりから少し外れたほの暗い位置に設置してある。 つまり演奏者と観客は《焚き火の灯り》を囲んで同じ目線で対峙する、という太古から人類が行ってきたコミュニケーション・スタイルになるのだ。 
  
 


海老原氏のCDアルバム『Hope』は数ヶ月前から時々聴いていたが、今回マイクも使わない生の歌声を聴いた。 魂に絡んでくるような艶のある歌声にうっとりしてしまった。 心を紡ぐような旋律と歌詞、ドキッとするような美しい高音域・・・・・10年前から歌を授かり始めた、という事だが、う〜ん・・・アンビリーバブルである。



ネイティブ・アメリカン(先住民)の歌い踊る映像を見た事はあるが、同じように鹿の皮を張った太鼓を叩きながら祈り語るように歌う海老原氏。 タンタンタンタン・・・と乾いた素朴な太鼓の音と彼女の歌声が共鳴しながら強烈に心に刻まれていく。 





           Yoshie Ebihara(えびはら・よしえ) プロフィール

 ★ 1985年、オーストラリアへ。 1988年、アメリカへ。
     ネイティブ・アメリカン(先住民)の抱える問題や知恵、価値観などを知る。
     このことがその後の人生に大きく影響を与える。

 ★ 1992年、帰国。

 ★ 2002年、二人の子供と共に、東京から長野県伊那市に生活の基盤を移す。
     その半年後から歌を授かり始める。 

 ★ 2003年、シンガー/ソングライターとして活動を始める。

 ★ 2004年、WPPD(世界平和と祈りの日)の実行委員長を務める。

 ★ 2005年〜
     各地でのライヴは年間30回ほど行われている。80曲ほどのオリジナル曲の中から
     その時の空気や、その瞬間思いを寄せていることによって選曲している。
     また、各地で”ウーマンズ.ティーピー”と呼ばれる女性の集いを開催し、
     心の中をシェアーしたり、うたう事を通じてイラクやチベットなどの子供たちを
     支援する活動を続けている。
 

                         私の思い

          ”日々の生活の中には様々な思いがわき起こります。
          美しいものを見たり、おいしいものを食べたり、すてきな香りがただよったり。
          私を取り巻くすてきな人たち。
           優しく私を支えてくれている人たの存在と新たな出会い。
          そんな日常の中でのこころの揺れは、歌になってわたしの元へ届きます。
          私はそれらの歌をただただうたっています。
          歌を通した私の中の風景と、
          歌を聴いてくださった方の中の風景は 多分同じではないんだけれど、
          何かが響き合うんだと思う。
          そして、そんな瞬間、私はすごく幸せにつつまれたり、
          涙がわき上がってうたう事ができなくなったり。
          私は、たぶんそんな響き合う瞬間のためにうたっているのかもしれません。” 
                       ...Yoshie ...
| 【Yoshie Ebihara Live】in 速魚川 | - | - | posted by ino-haya - -
| 1/1 |