猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
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『マガジン【ポパイ】1977年』 10:56
昨日、各テレビ・ラジオ局は「映画俳優・高倉健が去る11月10日に悪性リンパ腫のため死去。享年83歳」と一斉に報じた。そして、今朝の新聞各社も含む全メディアは「俳優・高倉健の死去」の報道一色である。昭和を生きた日本人で「高倉健」を嫌いな人はいない。自分も小中高の思春期から高倉健の主演する映画はほとんど観たし、強い影響を受けた。深く感謝の意を捧げ、ご冥福をお祈りしたい。健さんの座右の銘『往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし』は、以前このブログで紹介した比叡山延暦寺の酒井雄哉・大阿闍梨から健さんが直接受けた薫陶だという。

 ★『生き仏になった落ちこぼれ』ブログ ⇒ http://blog.inohara.jp/?eid=612191

生前の高倉健と飼い犬が縁で知り合った山下純弘氏の話も、以前のブログで紹介した事があった(以下)。

日本人のアイデンティティーについて山下氏と話しているうち、奈良法隆寺の五重塔に話題が移り、面白い話が聞けた。 「世界最古の木造建築といわれる五重塔が千数百年間、そのまま建っていると思っている日本人が多いですが、実は戦時中に上から三層を解体し、奈良県生駒の山中にあった豪農の巨大な納屋に収納して隠し空襲から守ったそうです。」

「この事業を提案したのが当時、財閥だった鴻池(こうのいけ)氏で、三菱の岩崎氏や三井氏などの財閥と共同出資して、日本人の宝を守ろうとしたのです。 当時の財閥には武士道があった。利潤追求のためには手段を選ばない今の企業とは違っていたのです。」と話すと、「鴻池氏とは赤塚の地下鉄工事があってた当時に知り合いまして、現場事務所で飼っていたグレート・デンという大型犬の子犬を『工事が終わったので引き受けてくれ』と社長本人からもらったのです。」 

「飼い始めるとみるみる大きくなって子牛ほどになりました。 ある日その犬とペット同伴できるカフェでくつろいでいると、『お宅の犬はすごく頭が良いですよ!警察犬の訓練所に入れたらどうですか?』と隣に居合わせた愛犬家から勧められ訓練所に入れました。 時々面会に行くと、ビックリするほどやつれていて後悔しました。 よほど厳しい訓練だったのでしょう。」

「それからしばらくして、夜中に電話があり『高倉と申します。夜分遅く申し訳ありませんが、お宅の犬を譲ってもらえませんか?』と俳優の高倉健の声でした。 いくら高倉さんでもそればかりは、とお断りしましたが、後日再び電話があり『来年の東映の私のポスターに是非お宅の愛犬を』と頼まれ了承しました。 後で思えば高倉健さんにとってそのポスターが東映時代最後のものとなりました。」 訓練所にいた山下氏の犬に健さんは一目惚れしたのである。
 

先日、歯科医の清水康裕氏が「山下さんの紹介記事が載っている1977年の【ポパイ】をインターネットオークションで手に入れました」と持って来てくれた(下の写真)。1977年といえば、奇しくも『幸福の黄色いハンカチ』が封切上映され、第一回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を、この映画に出演した高倉健が受賞した年である。当時、東京から「住友」の入社試験を受けに来ていた高校時代の友人・K氏(東大生)と京都でこの映画を観に行った時の記憶が蘇った。K氏はその後精進し「住友」の経営陣の中枢までのぼりつめた。


1980年代に英国車であるミニ・クーパーが日本で大ブームとなった。モンテカルロ・ラリーで2年連続優勝を飾った英国の小さな自動車に感動した山下純弘氏が、東京でこの車に乗ってブームの火付け役の一人になったのだ。彼はレーサーでありメカニックでもあった。












上の写真は、山下氏から清水氏にプレゼントされた国内初のミニ・オーナーズ・クラブ【ミニ・バグパイパーズ】の復刻版・ステッカー。1970年代、創立メンバーの一人である鈴木誠男(のぶお)氏によるデザイン。

下の写真は、現在のBMW・ミニの前でオーナーの内科医・植木英祐氏と車について語っている山下純弘氏。ミニ・クーパーのレジェンド(伝説の人)から直接説明を受けて少し緊張気味なのかな?植木先生。





猪原様
 
お世話になっております。
 
先ほどコラム拝見しました。アップありがとうございました。
いろんなことがつながっていたとは・・。健さんとも・・・。
 
私のMINI(初代)と植木先生のMINI(2代目)の画像を
添付しますので、もしよろしかったら最後に追加画像アップして頂け
ましたら嬉しいです。
 
今はBMWのMINIも3代目になりました。ミニはやはり世界の中で
英国の次に売れている??のか、狭い日本にぴったりで、今では
たくさん見かけます。長崎は特に道が狭い、坂道が多い、所得が低い(笑)
ので安めの外車ミニが多いようです。でも今のミニはあれこれ付けたら
乗り出しは国産の上級車並みになります。若者はだから初代の中古車を
買って乗っているようです。賢いです。
実は・・初代のミニは良くできているし、クラシカルミニの良さを踏襲
しています。徐々にミニは大きくなってきていて、よく見たらコスト削減
が見えます。
                          清水康裕拝



1970年代に製造されたイタリア製のビンテージ・ロードバイクに跨ってさっそうと現れた清水康裕氏(上の写真)。サイクリングで秋の島原を満喫していた。

下の写真は、数年前から清水氏が趣味で手掛けているサビニャックのオマージュ作品。材料代数百円でアイデアを凝らし、好きなサヴィニャック・ポスターのキャラクターを立体化していく。今回は長崎の老舗カステラメーカー「福砂屋」とのコラボレーション・オマージュ。「3時でなくても・・・福砂屋のカステラ」のコピーが面白い。「福砂屋」のライバル「文明堂」の有名なテレビCM「3時のおやつは文明堂〜♪」のパロディーだ。





 
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