猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
金物店の裏では喫茶店も営業しています。

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『馬文化新聞』16号届く! 11:59
数日ほど前に、北海道帯広市のNPO法人『とかち馬文化を支える会』から「馬文化新聞」15部ほどが入ったレターパックが届いた。2月の前回号(第15号)に引き続き、今回の第16号にはコラム欄に島原市内の左官業・佐仲忠敏氏所有の【金輪馬車】の記事が詳細に掲載されていた。コラムのタイトルは「時代と地域性を雄弁に語る【四輪金輪馬車】」とあり「『ブレーキ付き』しかも『四輪』という稀少品」「他にも『鑑札』『焼印』などチェックポイント満載」と大文字で表示してあり、このような金輪馬車は全国的にも少なく、幾重にも貴重な資料ということになる、と結論付けている。なんだか凄いことになった!

全国的にも稀少で貴重な【ブレーキ付き四輪金輪馬車】の所有者・佐仲忠敏氏と撮影を手伝ってくれた『島原半島サヴィニャックの会』主宰・近藤良明氏、撮影者・中村敦子氏(彼女は現在、フィリピン・セブ島にて語学留学中。7月に帰国予定。)の3名の協力で、『とかち馬文化を支える会』のサポーターになれたことを誇りに思う。でも、この金輪馬車は民族文化財に指定されている訳ではないし・・・いずれ、歴史の流れの中で朽ち果て消えていく運命なのだろうか・・・・


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| 『とかち馬文化を支える会』2015 | - | - | posted by ino-haya - -
『馬文化新聞』届く! 19:19
昨日、北海道帯広市『NPO法人 とかち馬文化を支える会』から封筒が届き、最新版【馬文化新聞】が送ってきた。昨年12月中旬に依頼を受け、今年1月に撮影して送付した写真が今回の新聞に掲載されている。金輪馬車の所有者・佐仲忠敏氏と初心者カメラマン・中村敦子氏と『島原半島サヴィニャックの会』会長・近藤良明氏と小生の4名による写真が、北海道の馬文化史の記録の一部に残された! 皆さん、大変お疲れ様でした!

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| 『とかち馬文化を支える会』2015 | - | - | posted by ino-haya - -
『とかち馬文化を支える会』って? 20:41
昨年の12月中旬頃、北海道のNPO法人『とかち馬文化を支える会』の女性から電話があった。「ネット上でお宅のブログを拝見しました。当方が探し求めていたブレーキ付き『金輪馬車』の全体写真が掲載してあり、ブレーキ部分の詳細な写真をご提供して頂けないかお電話をした次第です」聞くと2004年4月のブログだという。書いた記憶はあったが、10年前当時の写真をどこに保存しているのかは記憶になく「所有者の佐仲さんに現在も保存されているのかお聞きして、もしあれば写真を撮ってメールで送信します。撮影するポイントをメールで送ってもらえば助かります。」と答えた。佐仲氏に電話で確認したら、まだ納屋に保管していることが分かった。ちなみに、2004年4月に投稿したブログの写真と文章は以下の通り。


鏝絵職人で左官の佐仲氏が当店にやって来て、「家の解体現場で良い拾い物をしたので、見てみないか」と言われるので、その拾い物が預けてある現場まで一緒に行った。
馬車(?)だった。それもかなり保存状態が良い。
車輪は樫の木で出来ており、しっかりした鉄製の金輪がはまっている。
後輪には棕櫚(しゅろ)の木を使ったブレーキも付いており、「こりゃあ、えらい拾いもんばしたですね!?」と言うと「これば、なにかイベントの時に使って、子供達に見せたりしたら歓ぶじゃろなあ・・・」とおっしゃる。
荷台の側面に焼印がしてあり「長崎市五島町」とあった。
昭和の戦後ぐらいに作られたものだろう。
後部のプレートには「吾妻町0000」と許可書があり、恐らく吾妻町で農家が使っていたものと推測できた。
総重量は百数十キロ。大人二人でも持ち上げる事はできない。
「軽トラックには積みきらんかったけん、友達のユニック(クレーン付きトラック)ば借りて来て、ここまで運んだと。偶然見かけて、声ば掛けたけん手に入ったけど、黙っちょったら、今頃は家の廃材と一緒に壊されて埋められちょった。」
・・・・・また複雑な気持ちになった。
解体を請け負った業者にすれば、時間との戦いだから、捨てた方が算盤勘定に合う。
しかし、この馬車を今作るとなれば、数百万円はかかるだろう。
いや、もう作れる職人すらいないだろう。
確かに、実用的な需要はないので「無用の長物」かも知れないが、使い方によっては凄い価値を生み出すお宝だ。
「きれいに整備して、猪原金物店に置いておくね?イベントの時には、引っ張り出してすぐに使えるじゃろう?」
「そ、そうですね・・・ディスプレイに使えばおもしろかでしょうね・・・しかし・・そんなスペースがあるやろか?・・・」
てなことで、近いうちにお目見えする事になる・・かも知れない。乞う、ご期待!!



猪原金物店御中
先日から、何度も電話でお邪魔して申し訳ありません。
 NPO法人とかち馬文化を支える会の専務理事を務めております旋丸巴(つむじまる・ともえ)と申します。
 この度は、突然のお願いにも関わらず、金輪馬車の写真撮影をご快諾いただき、心より感謝申し上げます。貴重な「ブレーキ付き金輪馬車」を貴ブログで発見した時は、思わず歓声をあげてしまいましたが、写真のご提供までしていただけるということで、本当に私は果報者だと狂喜しているところです。
 さて、ご指示の「撮影ポイントについての希望」ですが、以下に列記してみました。
    1.ブレーキ全体が見える馬車後部の全景
    2.ブレーキの構造がわかるアップ(ブレーキと車輪の接触部分など)
    3.馬車の横からの全景
 こうした写真があれば、金輪馬車についての知識会務の方にも理解していただけると思います。
 なお、金輪馬車については、3月発行の馬文化新聞に掲載したいと考えておりますので、撮影は、お仕事の邪魔にならないお手すきの際にでもお願いできれば、と思います。
 また、当会と馬文化新聞につきましては、改めて資料を郵送いたしますが、馬文化新聞バックナンバーを見本として1面、添付いたしました。併せて、金輪馬車の画像も添付しました。これは、帯広競馬場で当会が行っている「馬文化祭り」でデモンストレーション運行したものです。これでも貴重なものなのですが、それでも、そちらにある馬車に比べると貧相ですし、勿論、ブレーキもついていません。
 そんな訳で、無理なお願いを申し上げますが、何卒、ご理解の上、ご支援の程、お願い申し上げます。
                           とかち馬文化を支える会  専務理事 旋丸巴拝


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ひょっとしたら国内で最後の一台かもしれないブレーキ付き『金輪馬車』の撮影は、1月8日正午に決定。一眼レフカメラの勉強を始めたA女史と、当日たまたま来店した『島原半島サヴィニャックの会』主宰・近藤良明氏の3名で、島原市内三会地区の佐仲氏の自宅を目指した。到着した時、すでに佐仲氏は仕事現場から帰宅し納屋から『金輪馬車』を引き出そうとしていた。10年振りに見る『金輪馬車』は、ホコリをかぶっているものの幸いな事に保存状態は極めて良好だった。昼休み中の条件だったので早速、撮影に取り掛かった。(曇天の柔らかい光が欲しかったが、この日はあいにく雲一つない晴天の直射日光という悪条件で撮影しなければならなかった。)


























   旋丸巴さま
 明けましておめでとうございます。
 年末に資料などを送付頂いておりながら、返信が本日になり大変失礼しました。
 本日、例の『金輪馬車』の持ち主である島原市内在住の左官・佐仲忠敏氏と調整がつき、
 写真撮影を実行することができました。
 一眼レフカメラを買ったばかりのA女史と、島原半島サヴィニャックの会・近藤良明氏
 の3名で正午に佐仲氏宅に出かけました。
 撮影の要点に沿って実行しましたが、なにせカメラの素人集団(笑)。撮影した写真の中から
 30枚を選んで送付します。一枚が6MBほどある重いものなので、一挙に送れるか?
 (何回かに分けて送付します。)
 
 ★馬車の荷台部分のサイズ 長さ2550 × 幅760
 ★車輪(前輪) 直径520弌× 幅50
 ★車輪(後輪) 直径660弌× 幅50
 ★ブレーキ部分(棕櫚の丸太)
     直径150弌× 長さ1100
 ★車高 670弌覆およそ)
 ★ハンドル部(馬との連結部)長さ1840
    二本のうち一本は切断してあった。
 ★製造者 長崎市五島町・電車通り
        長橋門三郎
 ★使用者 不明 但し『荷積牛馬車鑑札』と
        いうナンバープレートには
        「吾妻村199」とありますので
        現在の長崎県雲仙市吾妻町で
        使用されていたと推測できます。
 
 なお、佐仲氏は「とかち馬文化を支える会」がこの『金輪馬車』を保存して頂けるのなら、
 無料で譲っても良いとのお気持ちです。ただ、送料が半端ではないでしょうが・・・・
 
 以上で、ミッション終了です。遅くなり大変申し訳ありませんでした。
 そのうち当店のブログで紹介したいです。今後のご発展を心より祈念いたします。
                                                                                                     猪原信明拝
 
猪原金物店
 猪原信明様
大変お世話になっております。
 年始のお忙しい折に、たくさんの写真を有難うございました。無事24葉、画像を受信いたしました。
 と、冷静に書いているようですが、内心は……うひゃーーーーー!! という感じです。
 ブログのお写真を拝見しただけでも心躍ったのですが、いやはや、こんなに色々な角度から、しかも寸法などの情報までお送りいただき、何とお礼を申し上げて良いのやら……。もう本当に感謝の言葉もありません。
 事務所のスタッフともども、「ナンバープレートが付いてるよ」などと、ひとしきり盛り上がりました。
 荷物にかけるロープの引っかけるフックも面白いですね。
 お写真や寸法から、北海道で使われていたものより、かなり小さいこともわかりました。長崎では、在来種の馬(対州馬など)が荷物を運ぶのに使われていた由、聞き及んでいますが、この金輪馬車も、そうした小格馬に付けて使われていたのかな、などと想像が掻き立てられます。
 電話でお話しいたしましたように、インタビューの説明用に、ブレーキ付き金輪馬車の写真を1葉、馬文化新聞に掲載するつもりでいましたが、こんなにたくさんの写真のご送信に加えて、詳細な採寸までしていただき、添付写真だけでは勿体ない気がしてきました。また、別の号で、この金輪馬車についても少し記事を書きたいな、と、そんな気になっておりますが、そういう風にお写真を使わせてもらっても良いでしょうか?
 
 いずれにしましても、この写真を、相応の年齢の方々に観てもらって情報を仕入れるつもりですので、何かわかりましたら、また連絡させていただきます。
 なお、佐仲さんのお申し出、大変嬉しく、私としては、飛びつきたいお話しなのですが、おっしゃる通り、輸送の費用もあり、また、こちらの保管場所などについても制約があるので(本当は農機具博物館に、と思ったのですが、北海道の農機具以外はNGだそうです)、なかなか話が進みません。こちらも話が進みましたら、改めて、佐仲さんにご連絡させていただくということで、何卒、お許しください。
 何のお礼も出来ず、心苦しい限りですが、取材に行っていただいた皆様にも何卒、宜しくお伝えくださいますよう、お願い申し上げます。
                      とかち馬文化を支える会  専務理事 旋丸巴



上と下の写真は、1990年発行の写真誌『島原の今と昔〜島原市制施行50周年』より引用した。当店の二階倉庫に「蹄鉄釘」や「鐙(あぶみ)= 乗馬する時、足を掛ける金具」「銜(はみ)= 馬の口に含ませる操作伝達金具。轡(くつわ)」「蹄刀(ていとう)= 牛馬の蹄(ひづめ)を削り整える刃物」「馬鑢(うまやすり)= 蹄や蹄鉄を削り整えるヤスリ」などが残っている。自動車やバイクが普及する以前、牛馬が生活の一部だった頃の名残りである。

下の写真は、昭和32年当時の珍しい写真。解説には【 馬と耕耘機 / 馬を引き、後方では、“すき”を持って人馬一体となり、田畑を耕しているのどかな風景が、文明の発達に伴って、耕運機なる機械がボツボツと農業にも顔を出してきました 】とあり、二つの時代変遷の象徴が一枚の写真に納まっている。








上の写真は、『郷土史入門・島原いろはカルタ』の著者・榊原武之先生(右側・故人)とラリー・レイモンド・デイビス氏(左側・当時66歳)。
2003年4月4日のブログを再度掲載した。『とかち馬文化を支える会』の申し出に、条件反射的に協力したい衝動を覚えたのは、榊原武之先生のご遺志が自分の中に存在するからだろう。以下は、ブログの文章の一部。


会場は晶子夫人に任せて1時間以上二人で話し込んだ。
日本語や日本史、レジン工芸、伝統工芸だけでなくあらゆる事に非常に深い知識と熱い想いを持っておられ、
彼の話にどんどん引き込まれていく。
ラリー・レイモンド・デイビス氏・・・・只者ではない。
添付写真は会場に来られた武家屋敷の榊原郷土資料館館長・榊原武之先生とレイモンド氏のツーショット。
古いというだけでどんどんものを捨てていく日本人と風潮に怒り、教員を退職後、私財を投げ打って武家屋敷に郷土資料館を建てられ多くの来訪者に日本人の生活史と心を訴えておられる。
我々まちづくり仲間の精神的支柱でもあられる。
当然、レイモンド氏と意気投合され日曜日の午前9時に閉館中の資料館を観せてもらう約束が成り立った。
武家屋敷の水路なんてみたらレイモンド氏は仰天するだろう。
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