猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋

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長崎新聞の記事紹介 16:51
今年4月に長崎新聞島原支局に赴任してきた村田記者から「島原の湧水について情報を集めています。速魚川の水質などについて取材できますか?」と先日電話があり快諾した。雲仙普賢岳噴火災害後の『まちづくり』に携わった際に入手した島原湧水の資料を渡して取材を受けた。「我々人間も含めた動植物の生命の根源である一番身近な【水】ですが、実は、まだ現代科学で完全に解明されていない不思議な存在なのです。」と、ある人から聞いてビックリしたのを覚えている。

 ★ ブログ【速魚川の水質について】Click! ⇒ 
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おめでとう!! マッキー! 23:41
            佐田まゆみ様

 拝啓、連日猛暑が続いておりますが、その後いかがお過ごしでしょうか?
 この度、ご結婚されるとお聞きしました。誠におめでとうございます!
 本当に、本当に良かった! 幾久しいお幸せを心より祈念いたします。万歳!!

 思い起こせば3年前、御父君のご病気の看護のため、急きょ仕事を辞めて
 東京から帰って来られたあなたは、まるで引き寄せられるように当店に立ち寄られました。
 店のレジの前でどのような会話をしたのか失念しましたが、急に涙ぐまれたので
 びっくりしたのを昨日の事のように覚えています。いろんな思いが交錯したのでしょうね。

 その後のあなたの眼を見張るようなご活躍は、島原のみなさんがご存知の通りです。
 地元ラジオ局・FM島原のパーソナリティー【マッキー】として多くの情報を
 持ち前の聡明さとユーモアで伝え、リスナーの心をいつも元気にしてくれました。

 そして、速魚川ギャラリーの数々のイベントでもMCとして随分助けて頂きました。
 サヴィニャック展、パリ祭in島原、二人展春らんまん、オータムプレビュー二人展、
 美術刀剣展・・数え上げたらきりがありません。
 あなたは、放送前やイベント前の打ち合わせでも入念にメモを取り、要点をまとめ、
 本番の時は、見事なプレゼンテーションでみんなを感動させました。

 あなたは、気取らず誠実で人情に厚く涙もろい(泣きべそ)とても魅力的な女性です。
 キャリアウーマンとして中央の業界で活躍していたあなたは、島原に帰って来たことで
 次第に結婚願望を抱くようになられたと推察します。そして執念(!?)で、ついに素晴らしい
 男性をゲットされました。聞くところによれば、高校時代の2学年先輩のラガーマンだとか。

 8月下旬には大阪で新婚生活が始まるそうですね。今まで独身で頑張ってきたのですから、
 ご主人にはおおいに甘えて可愛いお嫁さんになってください。
 でも、時々フラッと来店しては素敵な笑顔で楽しく面白い話をしてくれた≪娘≫がいなくなると
 やはり寂しくなります。きっとあなたのご両親と同じような気持ちだと思います。

 本日は、70年前に広島に原爆が落とされた日です。我々の今日の平和な日々は、先の戦争での
 多くの犠牲者の礎で成り立っています。夫婦の幸せは、平和と努力がないと実現できません。
 あなたは努力家ですから、きっとユーモアあふれる笑いが絶えない素敵な家庭を築くはずです。
 そして、盆正月に帰省した時は遊びに来てください。お待ちしています。  敬具

                                猪原信明拝


 
彗星のごとく現れ、3年間、我々を暖かく照らしてくれた佐田まゆみ氏への祝福と感謝の意を込めてささやかな宴を催すこととなった。内容は以下の通り。皆さん、是非ともご参加をお待ちしております!

  【 佐田まゆみ 輿入れ祝賀 in 速魚川

    ★ 日時:8月16日(日曜)午後6時から

  ★ 
場所:速魚川ギャラリー (電話:0957−62−3117

  ★ 会費:3000円 (祝福のお酒類の持ち込みは大歓迎です!)

 
※ 尚、本日のブログは個人情報が濃厚なので、ツイート、line、FBシェア拡散不可
    
とさせて頂きます。どうぞご理解ご協力お願いします。

 














































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『にっぽん氷の図鑑』日本初登場!! 17:25
4月6日に茶房・速魚川のかき氷取材に来店した『 株式会社 WATER&SKY 』・原田泉氏の本がいよいよ出版された! 原田氏は、タモリがストーリーテラーを務めたフジテレビ「世にも奇妙な物語」でプロデューサーとしてデビュー。その後、数多くのテレビドラマや映画を製作し、CMの演出家や映像作家としても業界で注目されている多才な人物である。そして今回の【にっぽん氷の図鑑】の出版で、かき氷写真家、かき氷評論家としてもデビューすることになった。

 ★『茶房・速魚川の新メニュー 2015』Click! ⇒
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『 洋画家 長尾淘太 』個展は7月5日(日曜)まで! 15:36
7月1日(水曜)は、定休日だったので長崎市の長崎歴史文化博物館まで足を延ばすことになった。梅雨特有のどんよりした雲から時折小雨がシトシト降ってくる。しかも平日の午後・・・小生にとっては絶好の美術館日和だ。















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『 洋画家 長尾淘太 』個展は本日より! 18:38
パリ在住の洋画家・長尾淘太氏は、年に1〜2回、奥様を伴ってふらりと来店される。長尾氏は、サロン・ド―トンヌ会員 / ル・サロン(仏国展)会員 / ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール会員 / フランス芸術家連盟会員、というフランス政府が公認する評価と実績をあげてきた洋画家である。彼は東京都出身であるが、ネイティブな関西弁で誰とでも気さくに話される国際人で、その博学多識ぶりには誰もが舌を巻く。奥様が島原市出身という事もあるのだろうが、キリスト教史からみた西洋と日本、とりわけ長崎や島原の歴史を詳細かつ重層的に聞かせてもらったことがある。









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『佐田の富士』 20:04
平成10年に茶房&ギャラリー速魚川を開設して以来17年、各界各層からいろんな人たちが来店したが、本日、角界(大相撲)から初めて関取が来店した。地元長崎県南島原市口之津町出身・前頭七枚目・佐田の富士関(30歳)。生後4か月の可愛い娘さんと夫婦水入らずの来訪だった。身長190僉体重195圓梁膩仁六里鮗尊櫃亡峩瓩埜ると、その迫力に圧倒される。この究極まで鍛えられた大男たちが土俵で思いっきりぶち当たるのだから観客はたまらないはずだ。大相撲の人気が時代を超えて続くのも理解できる。皆さん!佐田の富士の応援をよろしくお願いします!

生まれて初めてお相撲さんを見たのは小学生の頃だった。当時どこが勧進元(興行主)だったかは知らないが、島原に巡業に来るお相撲さんを一目見ようと、沢野ばあちゃん(祖父の妹・故人)に連れられて姉と島原駅まで行った。見上げるような大男たちが島鉄の列車から次々に降りてくる。夜なのに駅構内も駅前の広場もつめかけた市民でいっぱいだった。昭和30年代、白黒テレビが普及し始めた頃、NHKの相撲放送は国民の一番の楽しみで「巨人・大鵬・たまご焼き」と言われていた。日本はこの時すでに世界史上、類を見ない「高度経済成長期」に突入、東京オリンピック開催、新幹線開通など行け行けムードだった。

翌日、市内に6校ある小学校の児童全員、霊丘公園(市中心地)の野外常設土俵で開催された大相撲を観覧した。東の横綱・大鵬と西の横綱・柏戸が当時の大相撲黄金期を支えており【柏鵬(はくほう)時代】と呼ばれていた。まわし一枚のお相撲さんの肌はみな驚くほど美しく、特に大鵬の甘い端正な顔立ちと眼が覚めるほどの白い肌は、柏戸の精悍な顔立ちと筋肉質の男性的な肌の色と好対照をなしており、今も目に焼き付いたままだ。結びの一番はもちろん大鵬と柏戸の対戦だった。その攻防の激しさと迫力に会場は熱狂のるつぼと化し、地響きのような歓声に圧倒されたのだった。






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『春の別れ 2015』その2 23:38
 先月4月28日(火曜)、毎日新聞社島原支局の記者・古賀亮至氏が別れのあいさつに来店した。2009年4月に西部本社から島原に転勤以来、丸6年間をこの地で過ごした事になる。「明日、新任地・岩国に赴きます。長い間お世話になりました!」と元・アスリート(柔道家)らしく潔い挨拶をして、茶房・速魚川で最後のランチとぜんざいを注文した。古賀氏には当店の方がお世話になってきた。この6年間、いろんな出来事があった・・・

島原半島のいろんな情報を報道してきた古賀氏は、時々個人的なコラム『島じま』を毎日新聞に書いてきた。ある日、彼から手渡しでもらった一枚のコラムのコピーに心が激しく動いた。タイトルは【始末】。生物である我々人間は、誕生した瞬間に【死】が運命づけられる。そして仏教的にいう108の煩悩(欲望)を持ちながら生きていくことになるが、【死】が近づく人生の終盤にかかると、煩悩の対象となる物事を自分で【始末】しなければならない。煩悩(執着心)こそが【死】の拒絶と恐怖心の正体だからだ。「立つ鳥、跡を濁さず」・・・

理屈では分かっていても、自分が大切にしている物事をそう簡単に【始末】できるものではない。それどころか年を取るに従い、カネ、財産、地位、名誉、権力など物事に対する執着はより強くなるのが人間の性である。無位無冠、天衣無縫で “世のしがらみ” を捨て、飄々と自在に生きる達人たちを見て感動し憧れるのは、自分の中にまだ執着心が強い証拠なのだろうか・・・




「是非、記念写真を!」と、古賀記者を速魚川の入り口に強引に誘導し写真を撮った(上の写真)「刑事さんか組関係者にしか見えませんね。」と冗談を飛ばすと「随分あちこちで言われてきました」と笑った。社会の弱者に寄り添い、組織内で権力を握った人間たちの高慢や不正を徹底的に追及する正義漢であり、どこか不器用で純情さも併せ持つ愛すべきナイスガイ。

別れ際に、毎日新聞を一部プレゼントしてくれた(下の写真)。島原支局時代の最後のコラムである。我々人間は、相手と出会った瞬間に【別れ】が運命づけられる。「出会いは別れの始めなり」と先人も言っているが、出会いこそが自分の人生を創っていく。だからかけがえのないものだ。古賀さん、本当に有難うございました! 岩国ではいい人を見つけてくださいね。54歳、人生はまだまだこれからですぞ!














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『マッケルウェイ教授』 11:40
数年前のブログで、コロンビア大学ビジネススクール・シーナ・アイエンガ―教授の著書『選択の科学』を紹介した記憶がある。我々人類も含めた生物全般は、『体験すること』を目的に一瞬一瞬を自ら選択しながら生きている、という主旨だったと思う。国家や会社や家庭など所属する組織が個人の選択する自由(決定権)を一方的に奪った時、その個人は一体どんな状態になるのだろうか? もし、生きる目的が 自分自身の選択による体験 だとすれば、目的を喪失した肉体(物質)がただ存在しているだけという事になる。世界中の動物園で飼育されているアフリカ象の平均寿命が、過酷なサバンナで生きる野生のアフリカ象の3分の1以下という統計結果もうなずける気がする。目的を喪失した動物園のアフリカ象は、早く肉体を離れようとするのかもしれない。高村光太郎の詩『ぼろぼろな駝鳥』を連想してしまう。われわれ生物は【無辺大の夢】を見続ける宿命なのだろう。

          何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。

          動物園の四坪半のぬかるみの中では、

          脚が大股過ぎるぢゃないか。

          顎があんまり長過ぎるぢゃないか。

          雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。

          腹がへるから堅パンも食ふだらうが、

          駝鳥の眼は遠くばかりみてゐるぢゃないか。

          身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。

          瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢゃないか。

          あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢゃないか。

          これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。

          人間よ、

          もう止せ、こんな事は。



5月17日(日曜)に一人の米国男性が来店した。明るく爽やかで驚くほど流暢な日本語を話す見覚えのある男性は、コロンビア大学で日本美術史の教鞭をとっているマシュー・マッケルウェイ教授だった。一年に一度は来日するというマッケルウェイ氏は、7年前に長崎市興福寺のご住職と来店したことがあった。「7年も前だったのによく覚えておられましたね!」と褒められたが、12年前に来店した韓国人特派員・金 玉照氏と先日再会した時、すぐに思い出せなかったこともあり、苦笑いしてしまった。

世界の優秀大学十傑に数えられるコロンビア大学で、しかも48歳の若さで日本美術史の教授をしているマッケルウェイ氏は、日本の歴史や文化、習慣、風俗、骨董などあらゆる知識でわれわれ日本人を遥かに凌駕していた。中庭のテラスで島原半島の歴史について話が大いに盛り上がり、当店に残っている文政13年(1830年)の島原ー江戸間の参勤交代時に携行された道程手帳(ガイドブック)を見せたら、彼の眼の色が変わった。そして我々現代人には読むことが困難な185年前の草書体の毛筆文字をスラスラ読み始めたのだ(!?)。

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長崎市に帰る列車の時刻も迫ったマッケルウェイ氏は、店内で粉末ダイス鋼の舟行庖丁と肥後守ナイフを購入して別れを告げた。「二階の座敷に木箱に収納された昔の屏風があります。いつの時代のかわかりませんが四季の草花が描かれた二つ一組の屏風で、17年前にイベントで披露して以来そのままです。」「二曲一双ですか?四曲一双ですか?」「エッ!?・・・」「屏風に押してある落款を見れば鑑定が可能です。時には空気に触れさせて虫干ししてください。」「それじゃあ、一年後の来日時に、屏風鑑定のイベントでもしましょうか?」「一年後と言わず、早い時期にまた来ます!楽しみです」う〜ん・・・マシュー・マッケルウェイ・・・只者ではなかった。

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『春の別れ 2015』その1 12:49
紀友則の有名な古今集の和歌『 久方の 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ 』がピッタリはまる桜満開の島原。進学、卒業、就職、転勤と慌ただしい季節であるが、人々の旅立ちの時期であり運命が大きく展開する節目でもある。明日から雨という天気予報で「本日が桜の満開にして晴天。見納めの日ですぞ」と人から聞いて、慌てて今朝デジカメに収めてきた(下の写真)。さて、あと何回、桜を見れるのだろうか・・・・






上の写真は、先日夕方、母娘3人でお別れの挨拶に来店してくれた松尾家の長女・松尾侑紀(ゆき)さん。彼女は今春から佐賀西高校の『特色選抜』に通うことになった。受験倍率6.2倍の超難関に挑戦し見事合格を果たしたのだ。本当によかった!よく頑張ったねぇ、おめでとう!!
7年ほど前、当時小学3年生の彼女との鮮烈な出会いは当店のブログ(2012年6月7日)に掲載している。(以下抜粋)


数年前の初夏、地元の小学3年の女の子がひとりで当店を訪れ、緊張した面持ちで「ハカリ(計量器)について教えてください」と言った。 夏休みの自由研究だと言う。 親や先生に伴われて社会学習に来る小学生は多いが、親にも言わず自分の意思で来た子は初めてだった。 しかも初めての来店だったので不安もあったはずだ。

めまいを起こしそうな感動を覚え、店内のいろんなハカリを見せながら説明をし、ハカリの原型ともいえるフック(鈎)と分銅を使って計る「鈎つき棒はかり」を資料として渡した。 理科で習う「力のモーメント」つまり「支点・力点・作用点」の原理を理解するのには一番適したハカリである。

その後、本人からお礼のハガキが届き、夏休みが終わると彼女の自由研究が最高の賞をとったという報告とお礼文および自由研究のコピーが送られてきた。 内容を読んでショックを受けた。 小学生らしい絵と文章ながら明解で論理的、最後の結びでは度量衡(ハカリ)の社会経済における役割、意義などが書かれていた。 後日、再び両親と共にお礼に来てくれた。

「将来なにになりたいの?」と質問すると「学者になりたいです」と恥ずかしそうに答えた。 この時フッと、日本の未来は大丈夫だと確信した。 両親は全ての選択を子供自身に任せるという放任主義らしい。 感動しながら、わが子・三女との違いにこれまたメマイを起こしそうになった。

放任主義だけは一緒であるが、夏休みの自由研究でも分かるように人生に対する姿勢が正反対である。 三女の場合、夏休みが終わる2〜3日ほど前に自由研究が始まるのが慣例だったが、眼を覆いたくなる偽装工作と父親を共犯者に仕立て上げる姑息な戦略を駆使してなんとか毎年課題をクリアしてきたのである。


この松尾侑紀さんのご縁で、母親・真弓氏は『パリ祭 in 島原』(2014年6月開催)のファッションショーにおいてモデルを見事に務めてくれた(http://blog.inohara.jp/?eid=958286) また、雲仙観光ホテルで開催された『サヴィニャック展』(2013年3月)では、当時、島原市内『わかくさ保育園』の園児だった妹・佳映(かえ)ちゃんが『モン・サヴォン』『エール・フランス』『トブラー・チョコレート』の見事なオマージュ作品を製作し、主催者・山下純弘氏や多くの観客の度肝を抜いた。http://blog.inohara.jp/?eid=958195




県立島原病院・勤務医のご主人と長女・侑紀さんの二人を島原に残し、真弓氏は一年前から自宅のある佐賀市で長男(中3)と次女・佳映ちゃん(小3)と住んでおり、島原と佐賀を往復する生活が続いた。そして、ご主人が今春から佐賀の病院に転勤になったのを機に島原を去ることになったのだ。多くの素敵な出会いとドラマを松尾家から一杯頂いた・・・いよいよ別れの時が来た。本当に有難うございました! 息抜きにいつでも島原に遊びに来てください。待ってるよ〜!
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