猪原金物店・コラム明治10年に創業。九州で2番目に歴史の金物屋。
金物店の裏では喫茶店も営業しています。

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「逸品逸話」その42 17:15
間は哺乳類なので皮膚は毛におおわれている。毛には本来いろんな役割があるらしいが、人間に限っては各個人の価値観で毛を除去することが多い。その際の道具として【毛抜き】が考案された。【毛抜き】には刃先の違いでいろんな種類がある。例えば「うぶ毛抜き」「まゆげ抜き」「まつげ抜き」「ひげ抜き」「とげ抜き」など。また洋裁の「糸抜き」や料理の「骨抜き」とバラエティーに富んでいる。

そしてそれぞれの【毛抜き】には数百円のものから一万円以上するものまである。どこが違うのか? 精度である。【毛抜き】は毛を挟む二つの面が限りなくミクロ単位でピッタリ均等に合わさっていなければならない。この精度が低いと毛を抜く時に「毛切れ」を起こすのだ。しかも痛い。この精度を上げるためには熟練した職人の高度な技術と手間が必要になってくる。

下の写真は世界中が認める『日本の職人』による究極の【毛抜き】。千分の五ミリつまり5ミクロンほどのうぶ毛でさえ切ることなく抜けるように調整された逸品である。これを作れるのは日本人だけ。イタリアの有名店では一万数千円で飛ぶように売れているらしい。当店でも展示販売している。価格は8000円台から。たかが【毛抜き】と侮ることなかれ、親子三代、いや末代までも使用に耐えうる究極の逸品なのだ。



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「逸品逸話」その41 18:03
一昨日の夕方、有田の陶芸家・大石順一氏が来訪。 5月の連休に開催される有田の陶器市も無事終了し、やっと時間的余裕ができた大石氏は、いよいよ昨年から依頼されていた木彫【神農(しんのう)】の制作にかかり始めた。 「【神農】のデッサンを描き始めました。 まだ途中ですが猪原さんに見せようと思って持ってきました」とケント紙に鉛筆で描かれたイメージデッサンを見せてくれた。 

「うわぁ〜! すごい迫力ですね。」「まだ途中ですが、こんな感じで何枚か描いていきます。」「いつごろ完成する予定ですか?」「イメージデッサンが完成したらすぐに彫り始めますから、6月中には完成させる予定です。 彫るのが楽しみで今からドキドキしています。」「メイキングの記録の方はよろしくお願いします。 記録写真と例の【大石日記】をブログに載せたいので・・・」「わかりました。」「ブログのタイトルは【木彫・『神農』制作プロジェクト】でいきます。」

つのる話で盛り上がり話題がカメラになった。 「一眼レフのデジカメが欲しいんですが高くて手が出ません・・・」「カメラは田邊朗氏が詳しいんですが、彼によるとソニーのアルファNex・シリーズはミラーレス一眼なのでコンパクトだし操作も簡単で安くて評判が良いそうですよ。」と携帯電話のインターネット画面を見せてくれた。 「そういえば昨日の新聞でライカの試作機が2億2000万円で落札したとか出てましたね。」

「その試作機・ライカ0型のレプリカというか復刻版が当店に展示してあります。 1998年にドイツで4000台復刻製造されたうちの1台で未使用品だけど、これが本物だったら2億かぁ・・・・  でも、当節こんな超アナログ式のカメラを使いこなせるのはベテランのプロかオタクマニアしかいないだろうなぁ・・・」 






 
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【逸品逸話】その40 14:28
8月の下旬、横浜から来られた母娘のお客様から「鋳鉄の羽釜はありますか?」と訊ねられた。 「鋳鉄の羽釜は現在、広島のメーカーが唯一作っていますが、家庭用の小型は30年ほど前に製造を中止しています。 小型のサイズはアルミ製しか作らなくなったのです。」と説明した。

「一年前にもこの店に来て、同じようにお聞きしました。 小型はやっぱりないんですね・・」と落胆した様子で彼女がつぶやいた刹那、覚束ない記憶の中で何かがひらめいた。 「ちなみにお探しの羽釜のサイズは?」、「5合炊きです。」、「あります!! 5合炊きの羽釜だけは携帯用かまどセット用に作っています。 そのセットから羽釜だけを取り寄せた事があります。 あぁ・・・なんで一年前にサイズをお聞きしなかったんでしょうか! 私の手落ちでした。 大変申し訳ありません。」

後日、5合炊きの羽釜を横浜に直送したところ、お礼のメールと写真が送ってきた。(以下4枚の連続写真)  大石氏の土鍋の説明と同様に、鋳鉄製の羽釜も遠赤外線が発生し、究極の美味しいご飯が炊けることを彼女は知っていたのである。

      「 待ちに待った羽釜が届きました。
        大変お世話になり、ありがとうございました。
        とても嬉しくて、すぐに洗いましたが、まだ炊くところまではいっていません。残念!!!
        今晩、使います。
        出来加減などをメールできるといいな〜と思っています。
 
        ひとつお願いがあります。羽釜の底が丸くて、鍋敷きが必要です。
        手頃な物があれば、ご紹介ください。 」

     「 炊きたても、おしつで冷めても羽釜で炊いたご飯は家族にも好評です。
       ご飯の一粒一粒がふっくらと炊けていて、
       一粒一粒を感じながら噛んでいます。
       ほんのりとお焦げも楽しんでいます。
       炊き上がりに、【蟹の巣】と言いましたでしょうか?
       表面に穴が出来ています。
       それを見ると嬉しくなります。」

  








上の写真は、佐渡島で作っている手編みの「わら鍋敷き」。  展示販売して10年程になるが、根強い人気商品のひとつ。 これも手編みする人たちの高齢化で、いずれ消えていくアイテムである。 横浜の女性に直送して、「もしよろしかったら、鍋敷きに鎮座した羽釜の写真を送ってください」と要望したら、気持ちよくメールで写真を送ってくれた。(以下の2枚の写真) 有難うございました!!

            「  メール、ありがとうございます。
 
               昨日、鍋敷きが届きました。
               ありがとうございました。
               いろいろな経過があったようですが、
               新しいのが手元に来てくれて、
               嬉しく思っています。
 
                              写真や文のおほめのお言葉、
               くすぐったくなります。
               でも、嬉しいですね。
               ありがとうございます。
 
               鍋敷きの上で、羽釜が居心地よさそうにしています。
               娘が、「時代を遡っているね。」といいながら、
               ほほ笑んでいました。
 
               これからも、時々、コラムやホームページを拝見して、
               気になる物を次に帰省した時の楽しみにしたいと思っています。
               素敵な出合いが待っているような気がします。  」



                                  「  さっそく写真を撮りました。
                                       おまけが一枚あります。
                                       娘がふざけて持ってきたネコ。
                                       意外と可愛かったので撮ってみました。  」




上と下の連続写真は、先日コラムで大石順一氏の土鍋の紹介をした際に添付した生協雑誌『クリム』の記事。  当店も取材を受け、大石氏と同様に見開き2ページに渡って掲載してもらった。 プロの写真家に撮られると、それぞれの道具の表情が豊かになり、グーンと付加価値が増してくるから不思議だ。



















 


上の写真は、取材に来たフリーライター・富松由紀氏が、取材の合間に個人的に購入した当店自慢の「ウロコ取り」。
よっぽど気に入ってもらったみたいで、わざわざ別枠をとって紹介してもらった。  彼女はオールラウンドの釣りキチで、海、川、湖と年中あらゆるジャンルの釣りをしているらしい。 「釣りの合間に仕事をしているようなものです。」と語った豊松氏に、例の【大鯛釣り】の話をしたら卒倒するほど笑い転げて大受けだった。

「漁師は船釣りで大きな鯛を釣り上げると、その鯛がオスかメスかを慌てて確認するそうです。  大鯛はつがい(夫婦)で生活しています。  釣り上げた大鯛がもしメスだったら、同じポイントで愛する妻を探してうろたえるオスがいますから、二匹目の大鯛が釣れる可能性が高いそうです。  しかし、もし最初に釣り上げた大鯛がオスだったら二匹目の可能性はゼロ。  メスは子孫を残さなければならないので、次のオスを求めて速やかにその場から逃げます。  鯛の話とはいえ、男性にとっては身につまされるものを感じます。」 
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「逸品逸話」その39 18:09
昨年の夏に、横浜から来た女性の来店客が「焙烙(ホウロク)は置いてますか?」と尋ねた。   「以前は鋳鉄製の大きいものを置いていましたが、今はありません。」と答えると、「ゴマを炒るための焙烙です。 陶器の、しかも素焼きのものを探して全国を回っているけど、なかなかないのです。」とため息混じりに言った。

鋳鉄製の焙烙は、30年ほど前まで時々売れていた。  浅い平底の直径40センチほどの両手鍋だった。  当時まではほとんどの家に置いてあり、天日で乾燥させたお茶の葉っぱを炒る平鍋だ。  彼女の言っている焙烙は少し違っていた。

「ゴマ豆腐を作るんですが、金属製のゴマ炒り器で炒るとゴマ豆腐が黒ずむんです。  熱した陶器から出る遠赤外線じゃないと白いきれいなゴマ豆腐は出来ないんです。」とポツリとつぶやいた。  「・・・・恐らくどこにも置いてないと思います。   陶芸家に作ってもらったほうが確実だし探し回るより早いと思いますが・・・」とアドバイスした。

ということで、有田の大石氏にサイズや詳細のデータを渡し、先日出来上がってきたのが、以下の写真のホウロクである。  



上の写真は「素焼き」のホウロクに千鳥の陶印を施したもの。  右の取っ手には、手アカがつかないように釉薬をつけたそうだ。  器部の直径は120mm、高さは80mm、取っ手も入れた全長は180个筏淇椶曚匹離灰鵐僖トなサイズである。


上の写真は「素焼き」だけのシンプルなもの。   取っ手の穴は器本体に貫通しており、炒ったゴマや茶葉やコーヒー豆などが、傾けることでこの穴からまとめて出てくるように工夫されている。


昨年末、試作品が出来たので当店でストーブにホウロクをのせて茶葉を炒った。  5分ほどで部屋中に茶葉のかぐわしい香りが充満し、うっとりしてしまった。   続いて、ゴマも炒ってみた。  なるほど、横浜の女性が必死で捜し求めている意味が分かった。   陶器のホウロクは確かに逸品である。


数名のお客様から注文を受け、隠れた需要がある事を大石氏と確認し、当店に定番で置くことに決定した。  次の窯焚きで、何種類かのホウロクを焼くそうだ。  素焼きのホウロクには「龍」の陶印を施したら面白いですね、とかアイデアが浮かんで盛り上がった。   試したことはないが、恐らくコーヒー豆を炒るのにも最適ではないだろうか。

         ★  大石順一作  陶器の焙烙(ホウロク)   5000円(税込み)
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「逸品逸話」その34 10:55
添付写真は、左と中央の2脚の椅子が当店に昔から残っていた「木製折り畳み椅子」、右がその複製である。

 木工職人(一級技能士)・苑田義広氏に無理を言って複製を作ってもらった。   苑田氏は70歳代であるが、「職人としていろんな椅子を見てきましたが、こんな椅子は初めて見ました」と言われた。    いつの時代のものなのか?・・・誰が何のために購入したのか?・・・・・これだけの仕掛けとデザインの椅子は、一職人が考案してカスタムメイドで少量を製作したわけではないだろう。

 恐らく、ある時代に全国で大量に売りだされた「アイデア」ヒット商品だと推測できる。    そのレトロ商品を現代に復元して、当店の商品アイテムに加えようと企画をたてた。

 セールスポイントは、まず外観のレトロなデザインである。    床板と背もたれ板の丸い形が、なんとも単純素朴で心がホッとして癒される。    恐らく、大正時代か昭和初期頃のデザインだろう。    部屋の隅や玄関にでも置けば、ちょっとした癒しのインテリアにもなる。 

 第二点は、折り畳みの仕掛け、カラクリである。      まず、床板と背もたれ板をパタンと合わせて、後方に270度回転させるとピタリと脚の上部背面に納まる。    あとは、開いた状態の脚を畳むだけでキレイにはまり込んで、一応「平面」になってしまう。(添付写真の後方中央)    このカラクリは、小生みたいな中年族にとっては、ちょっとドキドキしてしまう。

 第三点は、素材。   今回は、「赤楠(あかぐす)」の無垢材を使った。    クスノキは、樟脳(しょうのう)という除虫効果のある物質を含んでおり、虫食いに強い。    これに柿渋を塗ったら、添付写真の左の椅子の色になり、レトロ調の効果は完璧だ。   おまけに、防虫、防腐、撥水(はっすい)効果は高まる。

 第四点は、添付写真の左の椅子の背もたれ板に「サクラ(?)」のデザインのくり貫き模様があるように、自分の好きな「彫り込み」が出来て、自分だけのオンリー・ワンに加工できるスペースが残してあることだ。    彫刻刀やノミや小刀、カッターなどで、自分の好きな絵やデザインや文字を彫る、あるいはペンキを使って好きなものを描く楽しみが加わることになる。

 第五点は、椅子の基本であるが、座り心地が良いという点だ。    人間の骨盤の大きさも考慮に入れてある。   また、同一形状の背もたれ板も、飾り的なものではなく、小さいながらしっかり背中を支持してくれる。    考案した人物は、かなりの試行錯誤を繰り返したのだろう。

 この椅子に【時空】とネーミングすることにした。    ちょうど、ギャラリーで諸田氏の「時空を超えて」の作品展があっている時に出来上がってきたので、本人の了承を得て、記念に名前をもらうことにした。        「時空を超えて現代に復活した椅子」という意味も込めてみた。

 レトロ調折り畳み椅子【時空】は、受注製作で一台が18000円(税込み・送料別)。    納期は約2週間。

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「逸品逸話」その33 11:15
「俺を踏み台にしやがって!!」とか、慣用語句としてちょくちょく「踏み台」は使われているが、その「踏み台」自体が家庭から姿を消して久しい。

 昭和30年代までは、食事をする時の円形のテーブル・卓袱台(ちゃぶだい)や足踏みミシン、アイロン、箒(ほうき)、ハタキなどの家庭用必需品の中に「踏み台」があり、押入れの上部にある収納庫などへの物の出し入れに活躍していた。

 100ワットの裸電球が切れた時や年末の大掃除の時などのあらゆるシーンに使われてきた踏み台が、実は子供達の格好の遊び道具だったことも忘れてはならない。    大人の発想は道具としての「踏み台」だけだが、子供達はミニハウスや紙芝居、自動車やバイクの乗り物、平均台、洞穴・・・と何にでも早代わりするのだ。

 当時の「踏み台」は、ほとんどが大工さんや指物職人、あるいはお父さんの手作りで作っていたから、各家庭で形やサイズはバラエティーに富んでいた。     一枚板の天板に脚が四本ついただけのもの(踏み台のことを「足継ぎ」とも呼んでいたようだ)、箱型の収納庫付きのもの、添付写真のようなステップ付きのものなど様々だった。      考えてみると、梅干や味噌や醤油、漬物などもほとんどが各家庭で作作られ、それぞれの作り方や味は、代々「その家庭の文化」として受け継がれていた。

 添付写真の「踏み台」は、小生が昔の怪しげな記憶を頼りに、苑田氏に作っていただいたカスタム・メイドのものだ。     ヒノキ製で、底辺が縦横約40cm、高さが48cmという頑丈なものにしてもらった。     昔のものは、もっと小ぶりで不安定だった気がする。    現在みたいにPL法(製造物責任法)なんてなかったし、「自己責任」が当たり前の時代だった。    それに、子供の頃のほとんどの時間をアウトドアでの「遊び」に使っていたから、当時のバランス感覚や運動神経などは、現代人とは比べものにならないくらいすごかったのだ。  

 天板に立っても、しっかり足が安定する現代人用の「踏み台」。   販売価格14800円(税別)。  
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「逸品逸話」その32 11:11
昨今は、「魚干し器」という言葉すら、聞いたこともない若者が多いと思う。

 アジのひらきなどに代表されるが、いろんな魚類を干して乾燥させると、「保存食」にでき、同時に魚肉自体が熟成し、グルタミン酸などの「旨み」が出てくるという一石二鳥の効果があることを、昔の人は知っていた。

 しかし、そのまま干すとすぐにハエがたかるし、鼻のいい猫などの獲物になるので、考案されたのがこの「魚干し器」なのだ。    直射日光に当てる「日干し」、日陰の風通しのいい場所で干す「陰干し」、「一夜干し」など、魚の種類や目的によっていろんな干し方のバリエーションがあり、味も違ってくる。

 また、魚だけではなく「ビーフ・ジャーキー」など、牛や鳥などの肉も乾燥することができる。     全ての動物の肉や果物類は、腐れる直前が一番おいしい、と何かの本で読んだことがある。     雉(キジ)にいたっては、軒下にそのまま逆さ吊りにして、放っておき、キジの肛門がピンク色から、紫色に変わった頃(腐って異臭を放ち始める頃)が一番食べごろだという(!?)

 10年ほど前まで、当店の斜め前に「市福(いちふく)」という老夫婦が経営する小さな料理屋があった。   ご主人は、滋賀県大津市出身の料理人で、究極の逸品を出していた。    島原の人間は、魚の味に舌が肥えていて、他所に行っても魚をおいしいと思わない人が多い。    有明海の中でも、島原湾といわれる海域で採れた魚は、確かにおいしい。    しかし、その舌の肥えた島原の人間でも「市福」の魚を食べると、他の店の魚はおいしいとは思えなくなるのだ。

一度、その理由をご主人に聞いたことがある。

「魚の選び方が第一です。    旬と鮮度と個体差を見抜くことです。   次が、熟成時間です。     ひらめ、鯛、さば、ふぐなど・・魚はそれぞれ絞めてから、食べごろになるまでの時間が異なります。    それを逆算してお客様にお出しするのです。     だから当店は、夕方5時から7時までの2時間しか暖簾(のれん)を出さんのですわ。」 

 もちろん、この店は天然ものしか出さない。    毎日のメニューは日替わりで、わずか5品ぐらいだった。    本当においしいものを食べようとするなら、人様に合わせるのではなく、魚に合わせなくてはならない、というのが持論だった。   そのご主人も高齢になり健康を害して店を閉めた。    今は、夫婦で隠居生活をしているが、「死ぬまで包丁を握りたかった。」が口癖である。

 添付写真の「魚干し器」は、小生が木工屋(苑田義広一級技能士)に頼んでカスタム・メイドしたものだ。    ヒノキ製で、網や蝶番、釘、針金などもすべて18−8ステンレス製(フックは真鍮)のこだわり。    親子3代は使えるように、そして親子間で「魚干し」が伝承できるように想いを込めてプロデュースした。    一台が9800円(税別)。(外寸は、高さ55cm×幅42cm×厚さ12cm。 表裏の扉付き) 
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その32 12:57
このコラムを書き始めたのが2002年の7月だったから、すでに丸2年間、続けたことになる。
更新回数は366回。平均して二日に一度、思いつきや気まぐれで書き込んだことになる。
そんなコラムを覗いて頂いている皆さんには、非常に申し訳なく、また感謝をしている。
「逸品逸話」をスタートした頃、日本最後の【日本剃刀】職人・市原清隆氏とその日本剃刀を紹介したことがあった。
兵庫県三木市の金物卸商・螢潺筌韻亮卍后三宅寛治氏から紹介を受けて、市原氏の日本剃刀を当店に展示販売し始めて3年目になる。
世界中で本体の「重み」だけで切れるのは、日本剃刀だけだといわれる。
ところが、今年になって市原氏が全国放送のテレビ(所ジョージの出ている)に紹介され、その驚異の切れ味にスタジオや視聴者は驚愕した。
放映後、三宅氏と予測はしていたものの、案の定、最悪の事態になってしまった。
全国から注文が殺到し、73歳の市原氏が過労で倒れたのだ。
当店には、日本剃刀は入って来なくなり、もう諦めているが、それより市原氏の健康状態が心配だ。市原氏に後継ぎはいない。
「逸品」と言われるものは、そのほとんどが、人間によって一つ一つ手作りで命を削って作られるものだ。
工場で機械を使って大量生産される便利な商品(消費財)とは、根本的に異なる。
またメディアを通して一時的なブームになり、その後、熱が冷めて消えていくモノではなく、細々とでも「ロング・セラー」を続けるモノでなくてはならない。
残念ながら、一億総サラリーマン化の時代になって、手作りの家内制手工業は次第に時代の波に取り残され、「名人」「名工」と言われる職人達が姿を消しつつある。
同時に彼らが作ってきた「逸品」も、次第に市場から姿を消し始めている。
そして、いつも言うが、世界に誇れる日本の伝統工芸が【二度と取り返しのつかない】消滅へと向っているのだ。
添付写真は剪定鋏を作り続けて50年、”大阪の鬼才”と言われた田中博氏の剪定鋏である。
大阪の鬼才といえば、「王将」で有名な将棋の坂田三吉をイメージしてしまうが、田中氏も昨年、80歳の高齢になり鋏作りをやめてしまった。後継者はいなかった。
添付写真の二丁が、当店に残された最後の鋏である。(15800円)
当店にある、ほかの手作りの剪定鋏と比べると、はるかに繊細で、張り詰めた職人魂がひしひしと伝わってくる。
握って動かしてみると、「切ることに特化する」とはこういう事なのかと納得ができる。
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その31 13:29
日産が30年以上の超ロングセラーを続けた「サニートラック(R−B122)」の生産を廃止したのは、平成5年3月である。
添付写真のサニートラックは、その最終年度・平成4年5月に購入した。
猪原金物店にとっては、4代目のサニートラックなのだ。
トヨタ、日産、ホンダ、三菱、マツダ、スバル、いすゞ、ダイハツ、スズキ、と次々に競い合って新車種を発売し、10年もしない間にどんどん古い車種が姿を消していく中で、日産がこの「サニートラック」だけをモデルチェンジもせず、廃盤にしなかったのは理由があった。
まず、安い!新車で約70万円(すべての手続き料も含め)。
排気量1200cc、車体重量720kg、最大積載量500kg、燃費は20km/1箸鬚罎Δ膨兇┐襪掘▲魯鵐疋襪魯僖錙Ε好討犬磴覆い韻鼻△瓩舛磴ちゃきれて、奇跡的な小回りがきく・・・・人気抜群で、関東を中心にロングセラーを続けていたのである。
平成4年の4月に日産サニー長崎販売(当時)の営業担当・飯田氏が「あの・・そろそろ・・サニートラックは買い替え時だと思うのですが・・・」と尋ねてきた。
「まだ6〜7年しか乗ってないでしょう?エンジンの調子も抜群だし、もったいないよ。」、
「車検証を見ていただければわかるでしょうが、10年以上経っています。」、
「エ!?・・・もうそんなになるの?・・・・」
その前年に、普賢岳災害で火砕流が頻発していた頃、配達を済ませて深江町方面から島原に向う途中で火砕流が発生し、水無川(みずなしがわ)の手前で30分ほど通行止めを喰らった。
真夏の暑い日で、トラックには当然クーラーは付いていなかった。
灰が当たり一面を薄暗くなるほどおおい、トラックの窓を閉めなければならない状況になった。
エンジンは停止していたが、室内は蒸し風呂状態だった。
「酸欠を起すか、熱射病になるか、灰を吸い込み咳き込むか・・・三択だなあ・・・」と思っている時に、通行止めが解除になり、車の列がようやく動き始めた。
九死に一生とまでは言わないが、ホッとした。
島原にたどり着いてすぐに日産サニーの飯田氏に電話をして、純正のクーラーを注文した。
クーラーが苦手な体質だが、このような特殊な状況では仕方がない。
その翌年に飯田氏の執念に負けて、新車のサニトラを購入しクーラーも移し替えた。
新車を買ったばかりだというのに、「いや〜、猪原さんも好きですねえ・・・こんな古い車に乗って・・」。
「新車ですばい!!ほら!シートにはまだビニールがかかっているでしょうが。」という会話を20回ぐらい繰り返した。
翌年の3月に飯田氏がやって来て「今月いっぱいで、サニートラックの生産を止めるそうです。」と教えてくれた。
少し寂しかったが、【最後の最新】を手に入れられたのは幸運だった。
ドアの窓から風を取り入れる「三角窓」。
そういう車種を、平成5年まで製造しているメーカーなんてどこもなかった。
エアコンは標準装備がすでに常識だったのだ。
例によって、日産の飯田氏が「もう、そろそろ・・・」と営業をかけ始めているが、もうトラックを買う気はない。
3メートルもある波トタンや針金、釘など建築資材の配達はほとんど無くなり、サニートラックの活躍する時代は終わろうとしている。
この金物店に来てから12年の歳月が流れ、もう充分に働いてくれた。
今は、店の看板、マスコット的な存在になろうとしている。
いつまでこの店にいてくれるのだろうか?
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その30 13:26
モノによって「逸品逸話」か「What is this ?」か、悩む時がある。
たとえば【女房】。本音は別にして、この場合に限り、絶対に「逸品逸話」に書き込むのが正解である。(哀しいほど大きくうなずく、貴殿の顔が、充分すぎるほど想像できるし、理解できる・・・・辛いのは、あなただけじゃない。)
しかし、「逸品逸話」か「What is this ?」か悩ませるようなモノは間違いなく優れものである。
得体が知れない程、既成概念をくつがえす凄い発想と形状を持ち、逸品と言える機能や性能を同時に併せ持つモノなど、そうあるものではない。
添付写真は、福岡県太宰府市在住のフェルト作家・松井ひかり氏の作品の一部である。
フェルトはウール(羊毛)100%で、毛糸になる前の綿状の原毛を手でこすり、圧縮加工して作る。
「フェルト」として市販されているほとんどのものは、ポリエステルでできており、本物のフェルトを見ることはあまりないはずだ。(世の中、石油で作ったニセモノばかりだ!!)
松井氏は高校を卒業後、資生堂美容学校を出て、外資系の化粧品会社でキャリアを積み、95年にニューヨークで、偶然立ち寄った手芸店の中に独特な色のハンドメイドフェルトを見つけ、フェルトの虜になった。
彼女は独学でフェルトを始め、会社も辞めて打ち込んだ。
多くの試行錯誤と、京都のハンドメイドフェルト作家(アメリカ人女性)にも福岡から通って師事し、とうとう、彼女独自のフェルトの世界を確立したのだった。
松井氏は、自分の苦労した体験から、初心者のための実用ムック「はじめての手づくりフェルト バックとこもの」を、日本ヴォーグ社から出版した(690円)。
また、2000年には自己ブランド「WOOL BABY」を立ち上げ、福岡市内の有名雑貨店(中央区警固1丁目、雑貨店ミュゼなど)数ヶ所に商品を置き、同市の姪浜、香椎、小笹など手芸店の教室5ヶ所で講師も務めている。
聡明で、センス抜群、行動力があり、人情味あふれる魅力的な女性だ。
マーケティング部門にいた豊富な経験から、いろんなプレゼンテーションもなんなくこなしてしまう。
実家(大宰府市観世音寺1丁目、市役所のすぐ隣)は福岡県内でもおいしい事で有名な「割烹まつい」である。
従って、門前の小僧で、料理の腕もプロ並みだ・・・・
一昨年前に、偶然に当店を訪れ、昨年から家族みたいなお付き合いが始まった。
気さくな性格のお嬢さんで、我が家では「ひかりちゃん」「ひかりねえちゃん」と呼んでいる。(福岡では、多くのお弟子さん達から「先生」と呼ばれて慕われているが・・・)
昨年、彼女は当店で知り合ったナイフ作家の松崎猛氏とコラボレーションを組んで、ナイフのケースをフェルトで制作して好評を博し、同じく友人のナイフ作家・川村龍市氏のナイフケースも制作している。
今月号(6月号)の「ナイフマガジン」に松崎氏のナイフと共にフェルトのケースが写真で掲載されている。
添付写真の丸いカラフルな球状のフェルトは財布(2000円)である。
当店にも展示販売しているが、若い女性達に抜群の人気がある。
後方にかすかに写っているのはハンドバック、左の帯状のものはショールである。
フェルトを使うと帽子や洋服など、何でも作ることができるし、シルクや和紙、コットンなどの異なる素材を組み込んで作ることも可能だ。
また、一度出来上がると、水洗いしても形崩れしない特徴を持っている(!?)。
あらゆる可能性を秘めたハンドメイドフェルトで、どんどん新境地を開いてゆく松井ひかり氏。
今年の9月には、速魚川ギャラリーで作品展の開催が決定した。
また、手づくり石鹸も制作し、福岡で売り出したらブレイクしたらしい。
2週間前から当店も展示販売を始めた。反応は良い。
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